動物園にて

「食っちまうのかい」

 ヤマアラシが問うと、バクは少し困ったように首を傾げてから、

「そうだね」

 と、短く答えた。ヤマアラシは、そうかい、と言って自分の顔が映った泉の水を少し飲んだ。

 空は青く、高く、どこまでも続いているようだった。途方もなく広い緑の草原は、端の方で空の青を溶かしこんでいる。その真ん中に春にれの木が立ち、木陰には小さな泉が湧いていた。

 ヤマアラシとバクは毎日この場所で会い、話をする。だが、それもどうやら今日で終わりのようだ、とヤマアラシは思った。

 ここは、ヤマアラシの夢の中だった。

 もう数え切れないほどたくさんの夜を、ヤマアラシは同じ夢を見て過ごした。それは、夢を食うバクが、このヤマアラシの夢を毎晩の仕事の拠点にしたからだった。バクはここから明け方に出発し、夢を食べる。

「随分長い間すまなかったね」

 バクはさっきと同じように困ったように首を傾げ、そう言った。何故謝るんだい、とヤマアラシは尋ねる。

「ぼくがこの夢を拠点にしてしまってから、きみはこの夢以外を見られなくなってしまったからね。さぞ退屈だったろう。すまなかったね」

 バクは心底申し訳なさそうに言う。ヤマアラシは、なんだ、そんなことか、と苦笑して、

「俺はあんたと話すのが好きだったからいいよ」

 と言った。とげとげしい身体に似合わない優しい声だった。バクはヤマアラシの言葉に少し驚いて、それから笑った。ありがとうと言った。

 バクは夢を食べる担当区域を移すらしく、拠点も他の誰かの夢に変えるそうだ。バクと会うことが楽しかったのは、本当のことだった。ヤマアラシは、だから、この夢が食われてしまうのが少し寂しくもあった。ヤマアラシはこの空が好きで、草原が好きで、春にれが好きで、泉の水が好きで、南風によく似たバクの声と、彼が話す、夢の話が好きだった。

「また会えるかい」

 ヤマアラシの問いかけに、バクは、

「目が醒めればいつでも会えるよ。同じ動物園にいるからね」

 と笑った。

 そうじゃあないんだよなあ、とヤマアラシは苦笑したが、バクのお腹が鳴ったので何も言わないでおくことにした。

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