ゲシュタルト崩壊

  コーヒーを飲むと蘇る、奇妙な記憶がある。
 小学生から大学生まで、ずっと一緒にいた女の子のことだ。
 記憶の中で、わたしは決まって校舎のどこかでしゃぼん玉を飛ばしている。小学生のときは校舎の二階の図書室の窓から。中学生のときは三階の音楽室の窓から。高校生のときは四階の視聴覚室の窓から。大学生のときは五階のゼミ室の窓から。わたしはぼんやりと飛んでいくしゃぼん玉を目で追っていた。
 隣には、いつも必ず彼女がいた。色が白くて髪の長い女の子だった。同じ図書委員で、同じ吹奏楽部員で、同じ放送部員で、同じゼミに所属していたと記憶している。
 だが、わたしは彼女の顔も名前も思い出せない。
 そもそも、小学校から大学まで同じだった同級生などいないはずだ。
 彼女はいつも、わたしの隣でコーヒーを飲んでいた。砂糖は入れず、ミルクだけをたくさん入れた苦いカフェオレが好きだった。特に会話をするわけではなかったが、彼女はわたしと同じようにしゃぼん玉を目で追っては、
「わたしも飛びたいなー」
 と言った。
「飛びたい?」
 わたしが聞き返すと、彼女は頷いて、
「飛びたい!」
 と、屈託なく笑っていた。

 大学を卒業して以降、彼女との記憶はない。
 どんなふうに別れたのか、彼女がどうなったのか、わたしは知らない。

 ミルクだけを入れた苦いカフェオレをひと口飲んで彼女のことを思い出し、それから、わたしはコーヒーが嫌いだったことにはたと気付く。いつもそうだった。彼女との記憶が蘇るまで、自分はコーヒーが飲めないことなどすっかり忘れているのだ。わたしはカップに残った明るい茶色の液体を流しに捨て、彼女は五階から飛んだのかもしれないな、と思った。
 ふと、壁に掛けてある鏡を見る。

 小学生のときから変わらない、色白の髪の長い女が、不思議そうにこちらを見ていた。


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