ウクライナ語文法シリーズその1:文字
ウクライナ語文法シリーズの初回は文字から行きましょう!何語を学ぶにも文字が読めなくては始まりません。
ウクライナ語の文字はキリル文字と呼ばれるもので、記号を合わせて全部で34文字あります。
文字は大文字小文字それぞれ以下のとおりです。
大文字:
А Б В Г Ґ Д Е Є Ж З И І Ї Й К Л М Н О П Р С Т У Ф Х Ц Ч Ш Щ Ь Ю Я '
小文字:
а б в г ґ д е є ж з и і ї й к л м н о п р с т у ф х ц ч ш щ ь ю я '
大文字と小文字ではほとんど形が変わらないのがわかると思います。
書体・フォントによる部分もありますが、大文字と小文字で形が違う文字としてとりあえずБ-бに気をつけておけばよいでしょう。
А-а や І-і、Р-р なんかは英語などのラテン文字と似たような発想なので違和感はないと思います。
逆に、М などは小文字でも形が変わりません。
また、以下がそれぞれの文字の名前と主な発音(IPA表記)です。
ここでは文字の紹介にとどめ、それぞれの文字が表す具体的な音については次回以降で紹介します。
А а アー [a]
Б б ベー [b]
В в ヴェー [ʋ]~[w]
Г г ヘー [ɦ]
Ґ ґ ゲー [ɡ]
Д д デー [d]
Е е エー [ɛ]
Є є イェー [jɛ]
Ж ж ジェー [ʒ]
З з ゼー [z]
И и ゥイー [ɪ]~[e]
І і イー [i]
Ї ї イィー [ji]
Й й ヨット [j]
К к カー [k]
Л л エル [l]
М м エム [m]
Н н エヌ [n]
О о オー [ɔ]
П п ペー [p]
Р р エル [r]
С с エス [s]
Т т テー [t]
У у ウー [u]
Ф ф エフ [f]
Х х ハー [x]
Ц ц ツェー [ts]
Ч ч チェー [tʃ]
Ш ш シャー [ʃ]
Щ щ シチャー [ʃtʃ]
(Ь) ь ムャクィー・ズナーク (軟音記号)
Ю ю ユー [ju]
Я я ヤー [ja]
‘ アポストロフ (硬音記号)
軟音や硬音とはなんぞや?というのも次回以降で説明します。
キリル文字は大半の日本人にとって見慣れず、文字を見ただけでうわぁとなってしまう方もいるようですが、ウクライナ語では発音は表記どおりで例外はほとんどありません。
英語の「a」がhaveでは「ア」に「エ」が混じったような音、gaveでは「エイ」、fatherでは「アー」と様々な読みがあり単語ごとに覚えるしかないのに対して、ウクライナ語では文字にそのような曖昧さはほとんどありません。頑張って覚えてしまいましょう!慣れてしまえば一瞬です!
英語のABCの歌と同じメロディにのせたウクライナ語アルファベットの歌がありましたので紹介しておきます。
ところで、俗説でたまに「キリル文字は作られた活字をスラヴ人の居住する現地に運ぶときに、転んで箱をひっくり返してしまったのでラテン文字(ローマ字)と逆向きの字ができてしまった」といわれます(俗説と言いましたが昔は大まじめにこの説が唱えられていました)。しかしながらこれは正しくなく、ほとんどの文字の起源が明らかになっています。
スラヴ人が文字を持ち始めたのは比較的遅く、9世紀頃と言われています。テサロニケ出身のキュリロスとメトディオスの兄弟がスラヴ人にキリスト教を布教すべく、文字を作り出しました。キリル文字の「キリル」というのはキュリロスの名前から取られたものですが、実際にこの二人が作成した文字は「グラゴル文字」というものです。グラゴル文字の形は複雑で起源のよく分からない文字が多いのですが、その後すぐにキュリロス・メトディオス兄弟の弟子がこれを改良し、10世紀初頭頃に今「キリル文字」と呼ばれる文字体系を作り出したと言われています。
キリル文字にはたしかにラテン文字を逆さまにしたような奇妙な文字が多くありますが、基本的にはギリシャ文字を元に作られています。ウクライナ語アルファベットのА В Г Е І К М О П Р Т Ф Х はギリシャ文字とほとんど全く同じ形ですね。
ただし、たとえば В(ギリシャ文字の「Β(ベータ)」)や Х(ギリシャ文字の「Χ(カイ)」)のギリシャ語における発音は、当時すでにそれぞれ英語の v、ドイツ語の ch のような音になっていましたから、キリル文字にもこれらの音を表す文字として導入されました。
しかしスラヴ語には、ギリシャ語での Β の元々の発音と同じ、英語の b のような音もあったので、この音を表すのに Β の異字形を採用したようです(「フェニキア文字」というギリシャ文字の更に起源となる文字体系では、Б に非常によく似た 「ベート」という文字があります)。
文字の形をギリシャ文字から少し変化させて取り入れられたものもあります。これは当時のスラヴ語が、紙や羊皮紙ではなく、白樺の樹皮に文字を記していた(白樺文書といいます)ことが関係しているのではないかと思われます。白樺文書は木目を横にして書かれましたので水平方向の線は見えづらく、判読しやすくするように線の向きをずらしたり、「ツメ」(セリフ)が発達することで文字の形が変わってしまいました。
例えば И はギリシャ文字の「H(エータ。当時の発音は「イ」)」を起源としますが、この Η の真ん中の横棒が少しずれて左下がりになり、それが最終的に左の縦棒の下端と右の縦棒の上端にくっついてしまいました。逆にギリシャ文字の N「エヌ」は、おそらく美的観点から И と鏡映しになるよう斜めの棒が両側の縦棒の端から離れて右下がりの横棒となり、それが最終的に真横の線になって Н になったのではないかと考えられます。
Д はギリシャ文字の「Δ(デルタ)」を起源としますが、底辺の横棒が見えづらく Л(ギリシャ文字の 「Λ(ラムダ)」を起源とします)との区別が難しいため、下方向のツメが発達しています。
また、今回は紹介していませんが、Т の筆記体はラテン文字の M m のような形になります。これは І などとの区別のため Т の横棒両端のツメが発達しすぎて ш を逆さにしたような形に近づいたことに由来します。
これらを踏まえるとキリル文字の順番がおおむねギリシャ文字の順番に合致していることが分かると思います。
そのほかのギリシャ文字で表せないスラヴ語独自の音を表すためには他の文字体系からも文字を取り入れたようです。
例えば Ш はおそらくヘブライ文字の「ש(シーン)」を、Ц も同じくヘブライ文字の「צ(ツァディ)」を取り入れたのではないかと言われています。
また、文字を組み合わせて作られた文字もあります。Щ は Ш と Т を上下に組み合わせたもの、Ю は見たまま І と О を組み合わせたものです。
このほか、ギリシャ文字では母音の「ウ」は二文字で OY/ου と表されますから、スラヴ語でもこれを取り入れて OY のような形で書かれていましたが、これを上下に重ねて一字の合字として表されることもあり、この合字が У になりました。
Я は、古いキリル文字に І と А がくっついた文字がありましたのでこれを起源だとする説もありますが、そうではなく現代のスラヴ語の大半で失われた「エン」という鼻母音を表す Ѧ の筆記体に由来するのではないかという説が有力です。І と А の合字は出現頻度が少なく、「エン」という鼻母音はウクライナ語を含む東スラヴ諸語では「ヤー」の音に変化していますから、説得力のある説です。
起源がよく分かっていない文字としては Ж が挙げられます。おそらくグラゴル文字で同じ音を表す文字がそのまま直接の起源ではないかとされていますが、先述のとおりグラゴル文字の字形の起源自体よく分かっていません。
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