ウクライナ語文法シリーズその14:属格、属格支配の前置詞
属格には非常に多くの用法があります。ここでは主なものを紹介しておきます。一部の用法は日本人にとって非常にわかりにくい、というか日本語と発想が異なるので感覚としてイメージがしづらいものもあります。
属格の用法
所有・所属関係
属格は典型的には所有・所属関係を表します。日本語の「~の」にとそのまま訳すとだいたいうまくいきます。この場合、通常の語順としては「AのB」のAが後に置かれます(後置修飾)。
時間を表す用法
また、対格と同様に時間を表すのにも属格が用いられることがあります。この場合、対格の場合と異なり下記のように「今~」、「先~」、「来~」などといった形容詞が必ずつきます。
部分属格
この用法はなかなか日本人が慣れるのに難しいものです。「部分属格」と呼ばれるもので、液体や物質などの不可算名詞が目的語になる際、その全体ではなく一部を表すときに属格となる、というものです。
まず以下の二つの例を見てみてください。
この二つの例は、英語であればそれぞれ直訳で「a cup of tea」、「a litre of horilka」になりますので、理解は難しくないでしょう。しかしこれもよくよく考えてみると、それぞれ「ポットなどにあるお茶から注いだ1カップ分」、「工場でタンクか何かからボトルなどに取り分けられたウォッカの1リットル分」を表していることがお分かりでしょうか。つまり、もっとたくさん量があるうちの一部分、という意味になっています。部分属格というのはこういう発想です。
厄介なのはウクライナ語では以下に示すように、「a cup」や「a litre」のような単位が示されなくとも、「もっとたくさん量があるうちの一部分」を表す時には部分属格が用いられるという点です。言ってみれば、英語で「of~」だけが目的語として使われているような状態です。
一つ目の例では、水といっても当然その場にある水を全部飲みたいわけではなく、自分が飲める分を飲みたいわけですから、部分属格となります。
二つ目の例では、食パン一斤か丸パンひとかたまりがある中で、一切れだか何切れだか、食べる分として切り分けられたパンをくれ、というニュアンスになります。
これに対して、以下の二つの例のように目的語に対格を使うと、その表す内容が変わってきます。
上の一つ目では、砂糖をスプーン一杯だとか角砂糖何個かだけをくれと言っているのではなく、砂糖が入っている容器ごとくれ、と言う意味になります。
二つ目は、食パン一斤だか丸パンひとかたまりだか、もしくは出された分の全てをひとりで食べてしまった、と言う意味になります。
否定属格
属格単独での用法として、最後に「否定属格」の用法を学びましょう。これもまた日本人には少し理解しづらいのですが、何かというと「存在しない」ものが意味上の主語や直接目的語になるときに、属格で表される、というものです。ふつう主格が主語に、対格が直接目的語になりますが、「存在していないもの」には主語や直接目的語になる資格などない!という発想なのかもしれません。
まずは意味上の主語が存在していない場合の例を見ていきましょう。これは通常、нема́є を用いた「~に~がない」の不存在を表す構文で出てきます。
ところで、нема́є は動詞 ма́ти 「持っている」の否定形から来ています。ма́ти は肯定文では「~は~を持っている」という意味も表しますが、「私には妹がいる」や「あそこに椅子がある」のように存在を一般に表す時は「в/у+人(属格)」、「в/у or на+場所(処格)」の形で用いられます。その場合、存在しているものが文法上の主語となるので、ма́ти は三人称の単数形もしくは複数形となります。
これに対して、不存在を表す文では、「存在していない=主語になる資格がないもの」が上述のとおり属格の形で意味上の主語となりますが、あくまで「意味上」の主語であり、「文法上」の主語ではありません。そのため、動詞は主語との一致ができず、文法上必ず単数中性形で現れます。つまり「存在しない」ものが単数だろうと複数だろうと、現在形では нема́є、過去ならば нема́ло が用いられます。
このように、ウクライナ語では文法上「よく分からないもの」は単数中性形として扱われる傾向にあります。
次に、否定目的語の用法を見てみましょう。
目的語(対格)のある文を否定するとき、その目的語が属格を取ります。
二つ目の文では、そもそも売る気が無かったのか、お客が来なかったのかは分かりませんが、いずれにしても「テーブルを売る」という行為自体がなされなかった、ということを表します。
これに対して、「この~」「あの~」などのように、目的語が特定の対象物である場合は、否定文でも対格となります。
この例の場合、ほかのどのテーブルでもなく、このテーブルに関しては売らなかった、という意味であり、実際に「売る」という行為が全くなされなかった、という意味ではない(というより論点はそこではない)ので、属格は使われません。
このように、目的語が特定されている場合は、その性質上、属格を用いて行為自体がなかった、ということは表せません。したがって、人名などの固有名詞に関しては、否定文でも対格が用いられます。
ただし、否定代名詞のнія́кий 「どんな~も~ない」などを用いて、以下のような文を表す際には、目的語が特定されず文全体が完全に否定されますので、属格になります。
ただし、目的語の場合は否定文だからといっていつでも属格が用いられるわけではありません。そのあたりは微妙なニュアンスの違いが生じますが、ネイティブでもあまり意識せずに否定文で対格を用いる場合もあります。
目的語に属格を取る動詞
このほか、動詞によってはそもそも目的語に属格を要求するものがあります。この場合は否定属格や部分属格などではないため、それほどニュアンスに気を遣う必要はありませんが、日本語では単純に「~を」となるところで属格を取るので、使う際には気をつけましょう。
いくつか主なものを挙げておきます。
属格支配の前置詞
ウクライナ語の前置詞の圧倒的多数が属格と結びつきます。数が多いので大変ですが、主なものを見ていきましょう。同じ意味や似た意味を表すものが多数あります。また、特に2~3音節以上あるものでは副詞的に用いられる語も多く、その場合さらに別の前置詞を伴うこともあります。
без 「~無しで、~抜きで」
英語のwithoutですが、日常的にも非常によく使います。
в/у 「~(人)のところに、~のそばに」
бу́ти もしくは ма́ти と共に、の「(人)のところに~がある、いる/ない、いない」もしくは、「(人)は~を持っている/持っていない」という構文の時に用いられます。英語の have を用いた所有の構造に相当します。現在形の時は動詞は省略されることが多いです。
また、存在・所有の意味以外に、「~のところでは(こうする、こうだ)」というような意味も表します。日本語で、たとえば、「うちの娘は●●なんですが、お宅ではどうですか?」などというときの「うちの」、「お宅では」の意味です。
こうした用法から、特に口語では、例えば「我々の/あなた方の/彼らの~では」というときには、所有代名詞を用いた「в/у+所有代名詞処格+名詞処格」という構造よりも、「в/у+人称代名詞属格+в/у+名詞処格」という構造の方が自然です。
また、「取る」や「盗む」といった動詞を使う際に、取った/盗んだ出所も у+属格で表されます。
від 「~から」
移動や動作の起点を表します。意味の範囲は割と広く、理由や感情の起点を表したり、何かから保護するためのモノ(日本語だとあえて言えば「~に対する」となってしまいますが)にも用いられます。
このほか、比較級と共に「~よりも」を表します。
з (із, зі, зо) 「~から」
こちらも空間的・時間的な起点を表します。від がある場所から離れていくイメージを持っているのと比べると、「~の中から」もしくは「~の表面から」という、より具体的な出所を示すニュアンスがあります。
(それぞれの形の使い分けについては、「対格支配の前置詞」で説明しています)
до 「~まで、~へ、~以前」
空間的な目的地や、時間的な到達点を表します。від や з に呼応することが多いです。移動の方向は「対格、対格支配の前置詞」で説明したとおり в や на でも表せますが、単純な目的地を表す際は до を使うことが一般的です。また、人のところへ行く場合にも до が用いられます。
今後の「与格、与格支配の前置詞」でも説明しますが、「~に(~する)」と言う行為の対象にも用いられ、その場合は単独の与格に置き換え可能です。
時間的な時点について「~まで」も表しますので、そこから「~以前」というようにも訳せます。
また、次に説明する для と同様に、「~用の」と言う意味に用いられることもあります。
для 「~のために、~用の、~にとって」、заради 「~のために」
通常は для がよく用いられます。「与格、与格支配の前置詞」でも説明しますが、「~に~してあげる」というように受益者を示す場合には、与格単体に置き換え可能です。また、「~のための、~用の」というように用途を表すこともよくあります。このほか「~にとって(~だ)」という意味も表します。
зара́ди は日本語だと「~のために」としか言えないのですが、より意味が強くなっています。英語で言うと、для が単に for、зара́ди は for the sake of に相当します。
крім 「~を除いて、~以外、~のほかに」
英語の besides に対応します。ウクライナ語ではかなり頻繁に用いられます。特に、「~以外は全員/全て」という言い回しをウクライナ人はよく使うほか、話が進んでいるときに名詞や代名詞と組み合わせて「また、さらに」のような接続詞的にもよく用いられます。
за 「~の時、~の時代」
対格や造格を支配する場合と大きく異なり、時間を表す語・句や権力者等の人名と共に、「~の時」や「~時代」を表します。
за́мість/замі́сто 「~の代わりに」
意味と用法自体はそれほど注意が必要なものではありませんが、日本語だと「~する代わりに」と動詞と組み合わさるような言い方の時も、ウクライナ語ではシンプルに 「за́мість+名詞」で表されることがあります。これに対し、動詞を用いて「~する代わりに」を表す時は、「за́мість то́го щоб(+主語)+動詞」という構造を取ります。
про́ти 「~に対して、~に向かって、~に反して」
英語の against と同様に、方向として「反対」、もしくは賛成反対の「反対」という意味のほか、何か固定されたものもしくはこちら向きの流れなどに向かって・逆らっていくニュアンスを表します。
пі́сля 「~のあとに」
時間的な意味を表します。日本語と異なり、「~したあとに」という際には動詞ではなく、シンプルに名詞が用いられることも多いです。動詞を用いて「~したあとに」を表す場合は、「пі́сля то́го як(+主語)+動詞」の構造になります。
その他の前置詞
以下、その他の属格を取る前置詞を一覧として挙げておきます。これらのほとんどは空間的な意味を表し、これまで挙げたものと比べると用法の範囲が狭く、注意すべき点も少ないと思われるので、まとめて列挙します。
・бі́ля 「~のそばに、近くに」
・побі́ля́ 「~のそばに、~の近くに」
・неподалі́к 「~の近くに、~からそう遠くないところに」
・близько 「~の近くに」
・поблизу 「~の近くに」
・впродовж 「~に沿って」
・зверх (зве́рху) 「~の上に」
・поверх 「~の上に」
・ззаду 「~のうしろに、うしろから」
・з-за (із-за) 「~のうしろから、~のせいで」
・позад 「~のうしろに」
・з-перед 「~の前から」
・спереду 「~の前に」
・з-понад 「~の上から」
・з-попід 「~の下から」
・з-під 「~の下から」
・з-поміж 「~の間から」
・з-проміж 「~の間から」
・з-посеред 「~の中から」
・посеред 「~の中に、~の間に」
・серед 「~の中に、~の間に」
・між 「~の間に」
・поміж 「~の間に」
・проміж 「~の間に」
・коло 「~のあたりに、~のそばに」
・навколо 「~のあたりに」
・мимо 「~を通り過ぎて」
・повз 「~を通って、~を通り過ぎて」
・напроти 「~の反対側に」
・поперед 「~の前に」
・поперек 「~のはす向かいに」
・поруч 「~のとなりに」
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