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【読書】『意味の深みへ』 井筒俊彦 著 岩波文庫 2019年

ずいぶん前、というより三十年以上前に井筒俊彦先生(なぜ先生なのかは最後で)「意識の本質」を読んだ。当時構造主義ってなんだろう、というところからスタートしてソシュールの言語学でこけて、「意識の本質」にたどり着いた。何度か読んで思ったことは。構造主義や言語学のことではなく、東洋思想(哲学)の諸論を縦横無尽に、かつ、押し寄せる波のようにこれでもか、これでもか、と迫り来る迫力であった。

 今回読んだ「意味の深み」は本書の「あとがき」で先生が書かれている通り、「意識の本質」と同じテーマについてアプローチを変えて取り組んだ論文と講演を集めている(P321)。
 あとがきを読んで知ったことだけど、井筒先生は慶應義塾大学で言語学を教えておられたのだ。冒頭に、ソシュールの言語学でこけて、と書いたけれど、この本の中でソシュールの言語学について簡単にまとめられており、今更ながらもっと早く(三十年前以上だけど)に先生の著書を読んでおけばよかったと悔やむ。
 いや、何より、先生は私が慶應義塾を卒業した時に名誉教授でいらして、もしかすると講義を受けることができたかもしれないのだ。井筒先生は、30ヶ国語を話すことができ、中でもアラビア語に堪能で(アラビア語入門を出版(Wikipediaより))、イスラム哲学を研究するためにイランに滞在中にホメイニ革命にあい、全ての研究を捨てて日本にもどられた(P332-334)。そして、「意識の本質」を執筆され、その後本書を世に出された。
 卒業するまで、体育会にはいり、登校拒否などとほざいて学校に行かなかった自分が当時の先生にお会いして、何の話ができただろうか。大学を卒業して、ローイング競技に触れる中で先生のご著書に会い、そして三十年以上たってやっと先生の偉大さが分かったのだ。
 先生は、その語学力を生かし、東洋の哲学をイスラム哲学、ヒンドゥー教、古代インドでのヴェーダ、中国古代思想、ギリシャ哲学等、幅広く研究されるとともに、フランスの脱構築で知られるジャック=デリダとの交流(本書にもジャック=デリダからの書簡が掲載)もあり、洋の東西を問わず宗教学、神話学、深層心理学、神秘学について学者が話し合うエラノス会議のメンバーでもいらっしゃった。

 本書を読んで分かったことは、今から三十年以上前にローイングを追求するにあたって、言葉で認識される向こう側に何かある、と思っていたことだ。おそらく、それはローイングが西洋で生まれたスポーツであるが、何とか東洋的なアプローチを目指してあがいていたことが関係する。
 一般的に目に見えないもの、と表現されることが多いと思うが、言葉、すなわち文化で規定される向こう側。無ではない、中国の「荘子」で述べられる「渾沌」に位置するところにある「何か」を、おそらくそれを捉えることができれば、ローイングを理解できるのではないか、という思い込みの正体がやっと理解できた。
 言葉の向こう側であるから、言葉では表現できない何か。
 考えすぎだ、と言われると思うけれど、あの時みたかったものを追い求めての彷徨の意味が、この本によってやっと理解できた。

 先生、とお呼びできる身ではないけれど、学んでみたかった慶應義塾の先生、もし時間を戻せるなら高校の終わりくらいに先生の本に出会えるだけの自分になりたかった、という思いをこめて井筒先生と呼ばせていただきたい。

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