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令和5年度司法書士試験受験記(3)

【商業登記法】


少しの間、試験とは全く関係ない昔話にお付き合いいただく。

もう四半世紀前。二十代の半ば頃、漫画家になろうと本気で考えていた。

大学卒業後、半年ほど引きこもりに近い生活を経て、友人の勧めで地元の新聞社の一年契約の非正規社員として働き、三回目の更新時にやっぱり漫画を描きたいと言って退職した。

大して絵が上手いわけでもなく、デザイン学校に入って勉強するわけでもなく、結局、その夢は叶わないままその後も幾つかの職を転々とした。

こんな漫画を描きたいというおぼろげな構想だけはあった。安倍晴明が江戸時代に奉行所勤めの同心となって転生し、妖艶な美女として同じく再来した宿敵蘆屋道満と新たな闘いを繰り広げるという伝奇ロマン、みたいなやつだ。扉絵としてのイラストと冒頭の1、2ページは描きかけたがお蔵入りした。

その、結局端緒にすら就かなかった作品の資料収集のために一時、陰陽道にかぶれた。
この世界は陰陽五行の理で成り立っている。太陽と月、夏と冬。昼と夜。男と女。
水は木を育て、木は火を生じ、火は土を生む。土は金を生じ、金は水を生む。一方でそれらはまた相克の関係にもある。
戯れに五行占いみたいなもので自分の本質を調べてみると、「炉中火」と出た。道理で水が怖いわけだ。子どもの頃から水難の相があり、三度ほど溺れかけたことがある。プール授業は拷問だった。

それはともかく、全ては表裏一体で、相生と相克の関係にある。全ては姿形を変えて関わり合い生々流転を繰り返していく。

理屈はあまり正確ではないかもしれないけれど、結局、言いたいことは、

「冬が終われば夏が来る」
「夜が明ければ朝が来る」
そして、

「難しい不登法の後には、
易しい商登法が待っている」

はずじゃないんかい!!
えぇ!?


遠いオアシス


ということで、突如本題。

誰もが考えたことだろう。
令和3年、不登はこまちはやぶさ名変分割譲渡地獄、転じて商登はさほどのトラップなし。
令和4年、不登は決して簡単ではないけど事案はわりと素直、からの商登まさかのエッフェル合同リターンズ。
と、いうことは…次は?

予想通り、いや予想以上に今年は不登が厳しい。やっぱり商登で点を取りに行くべき年なんだろう。
しかし、血みどろになりながらやっとのことで抜け出した甲乙密林の先に見えたのは、楽園でも温泉でもなく…広大な砂漠だった。
砂丘に鎮座する白いテントのてっぺんに監査等委員会設置の旗印が見える。うわっ役員書くのめんどくせぇぞ。
しかもチラ見したら補欠選んでるぅ、2回も。就任できるんか?こいつら(口悪過ぎ)。

定款に電子提供措置のアレもある。ここも改正放り込んできやがった。ということは、この規定を後でマイナーチェンジとかするんかいな。設定はともかく変えるパターンなんか知らんけど。
重要業務の取締役への委任のやつもある。何委任するんやろ。てか、委任できるできんの判断よーわからんで。

ページを最後までざっとめくってみる。めくる。まだめくる。けっこうな分量あるやないの。
吸収分割の文字が見える。うわわ。監査等だけでもめんどいのに、もう一社出てきおった。でもまぁいつぞやもこんなんあったっけ。えっ、ほんでこっちも役員改選あるの、うそーん。
おい待て、さらに募株発行まである。それに、そもそもあの答案用紙からすると、これまた議決権計算せんとあかんやつちゃうんかい。
ワイ令和2年は足し算間違えたせいで1点落ちしたんやで、それを知ってこんな仕打ちするんか、ええ?どんどん変な関西弁になってくやないかい。これ知らん間に口に出てるんちゃうか。

いかんいかん、最初からいっぺんに考えたらいかん。
とにかく冷静に、いつもの手順通り…
うわー何これ、注意事項多過ぎん?えっちょっ待って、こんなとこに過半数出席とか書いてるで、さっきの不登とおんなじや、揺さぶってきおる。形式いじるねキミらー。
鬼や。こっちも鬼や。萬田銀次郎より鬼や。

オアシスは…点が稼げるオアシスは…
蜃気楼のように遠くに霞んで見えた。

地獄でなぜ悪いとかいう映画か何かあったよね。
不登商登どっちも地獄で何故悪い。それが試験委員からのメッセージなのか。
てか、松井地獄なのか、こっからは。

松井先生とハンドブックと受験生


昨年度の結果の発表待ちの間、簿記の勉強をしていたと同時に、民法不登法改正や実務に関連する本を何冊か購入して折りに触れパラパラ読んでいた。
商業登記ハンドブックもその中の一冊だった。

受験生がテキストや参考書以外のこうした本を読むことに否定的な向きもあるということは認識している。
曰く、受かってもないのにイキってそんなもん読んで。実務書読むヒマあったら過去問解けば?云々。
ツイッターでたまに表紙写真をアップしたりしたので、陰でいろいろ言われていたかもしれない。被害妄想かしら。まぁどうでもいいけど。

しかしそんな外野の声(あるとすればだが)など塵芥の如く吹き飛ばして余りある価値が商業ハンドブックにはある。受験生にとっても。
令和5年度の試験委員名簿に著者の松井  信憲先生の名前が登場するに至り、それは決定的なものとなった。

各予備校の商業登記法のテキスト答練、模試その他の教材に出典として商業ハンドブックの書名が登場しないものなどあるだろうか。無ければそれはもぐりだろう。知らんけど。
言わずと知れた商業登記バイブルであり、もはや辞書といっても過言ではない至高の存在。
松井先生はある意味、神。知らんけど。

ぶっちゃけ、予備校の記述解答例や添削にブレがあり信用できないと思うことがたまにあったため、ハンドブックで記載例などの裏を取ったりすることがあり、直前期までそれは続いた。

中でもハンドブックを買って良かったと思ったのは、商登のキモでありながらなかなか覚えられない取締役・代表取締役の印鑑証明書と就任承諾書の表が、これまで使ってきたどんなテキストの表よりわかりやすかったことだった。

もちろん、これまでの勉強の積み重ねがあったからこそ、この表が理解できるようになったのだとは言えるし、究極的には表の視覚記憶などに頼らずとも呼吸をするかの如く役員の添付書面は当てはめできるようになって然るべきだろうけれど。

まぁそんなこんなで、もちろんメインテキストとしてではないがハンドブックを時たま捲って雛形の確認をしたり、時に枕元に置いてランダムに読みながら寝落ちしたりしていた。ずっしりしたハードカバーなのでちょっとした鈍器にもなる。イヒヒ。何がイヒヒや。


世界の中心で自分に愛を叫ぶ


あまり長々と書いても読んでくださる方の目をブルーライトで疲れさせるだけなので、思いっきり端折ってここでまず結果だけ先に申し上げると、
商業登記は第1欄はほぼ書けて大きなミスは無し、第3欄は途中で時間切れでざっくり半分の出来。記憶違いがなければ、ではあるが。
第2、4欄は白紙。
ついでに不登法は前回述べたように及ぼす変更を書くべき欄が0点だろうし他にも表現ミスや添付漏れ多く半分超いけば御の字だと考えている。

不登法は姫野先生の記述講義を受講してなければ今年のあの問題で最後までどうにか折れずに検討できたかどうかわからないし、商業も完全消化とまでいかなかったが受講して本当に良かったと思っている。
合否に関わらず、先生と、先生の記述講座を推しまくりまたそれを私にお伝えくださった元年合格者のお二人には心からお礼を申し上げる次第です(今のところまだこの場だけで)。

そして、自分自身にもまた、ありがとうを言いたい。
というのも、この受験記の(1)で少し書いたように、商業の講座は試験直前の時点でまだ理論編も実践編も途中、実践編に至っては復習問題はおろかテキストの2/3程度しか終わっていなかったのだ。

本試験の一週間前あたりから、半ベソかきながら懸命に残りの講義を聴き、問題を解いた。
もちろん、記述ばっかりやるわけにはいかない。今年は択一で60問超えが自分の中での絶対条件だった。時に水モノとも評される記述に全体重預けて、択一で散るようなことは決してあってはならない。

毎日、だいたい午前と午後の早い時間中に本試験の出題時間に応じた科目(午前は民法メイン、午後は手続法メイン)をやり、夕方に記述を一時間程度やるという習慣を続け、それはほぼ最後まで変えなかった。
超直前期にはそれにプラスして寝る前に解きかけた問題の続きを早朝やったり、検討だけして雛形は空き時間にブツブツ声に出して呟いたりしていた。

その、限られた時間、そして残された最後の数日で、商業登記の記述の中で私が必死に挑んでいたのは、…

「補欠」の監査役
「会計監査人」
だった。

テキストの巻末に近いあたりにこれらの項目が配されており、もちろん講義配信はとっくの昔に終わっているのだが自分の学習が遅れに遅れていたため、偶然にも本試験の直前に取り組むことになった。

特に補欠についてはテキストでは監査役としての論点だったが監査等委員である取締役にも応用が利く。内容については言うわけにいかないが補欠の就任について相当多くのパターンを練習させられ、正直、ここまでやる必要あるのか?いやもちろんスケジュール通りならやるべきだろうけど、果たして今の自分が時間を割くべきは補欠役員なんだろうか?と自問自答もした。
それでもやはり、これがもし本番で出て判断できなかったら自分を恨むだろうと思い解説を全て聴き頭に叩き込んだ。
今これを脳内ハードディスクに容れることで代わりに供託の閲覧と証明のホニャララとかその辺りの何かが幾つかすぽんと抜け落ちることになるかもしれないな、と思いながらも。

(ちなみに、何故こんなに補欠のバリエーションについて手厚いのだろうと思い商業ハンドブックを見てみると、補欠の監査役だけで実に9ページにもわたる解説がされていて激しく納得したのだった)

会計監査人については、鉄板論点ではあれど本番直前に一度でも触れてなければ自分の場合は重任に気付けた自信は全くない。
何せ過去の答練では3回に1回ぐらいは忘れていたし、そもそも商業記述の勉強を本格的に再開してからあまり日が経っておらず、役員関連のカンが全く戻ってきていなかった。筋トレをサボったなかやまきんに君みたいに、誰がどう見てもお前それヤバいやろ、テレビ出たらアカンで状態だったのだ。いや別にテレビへは出んけど。きんに君筋トレサボらんやろし。

自分への感謝(最早ただの自慢だと思われそうだがそれでもいい)はまだある。仕上げに解く大問を集めた実践総合編というものがあり、これまた殆ど未消化だったのだが、焦りが極まってきた本試験4日前にたまたま解くことになった問題が監査等委員会設置会社の組織再編問題だったのだ。

詳細はもう省くとして、ベタな、本当にベタな言葉ではあるけれど、今年ほど身に沁みたことはない。


「何があっても決して諦めたらアカン。諦めたら、そこで終わりや」

…結局、関西弁やね。


憧れの時間切れ

こんな書きぶりだと何だか商登征服したぜみたいな感じに受け取られそうだけど、先述したように後半は書ききれなかったし幾つか痛いミスもしていた。
その中の一つが印鑑証明書だ。

今年の商業の問題の中で松井先生率いる(と勝手に私が思ってるだけだが)試験委員が問いたかったテーマの柱は、機関設置の対比、すなわち取締役会の設置と非設置の違いではなかったかと。

第3欄、主役に見える吸収分割と募株発行は案外、派手な目眩ましみたいなもんで、一見地味な役員の就退任がキモだったんじゃないか、との考えがよぎる。
片や公開大会社、片や非大非公開の非設置会社。両極にある当事者の小さい方の会社が吸収分割では承継会社になり、社名もカタカナでどっちがどっちかわかりにくくあたふたしているうちに、サニーの方が取締役会を置いてないことをうっかり見逃し、あるいは気付かなかったのは私だけではなかったのではないかと思いたい。

令和2年と昨年(令和3年は大きなミスはなく30点付いた)の反省を踏まえ、今年は役員だけは死守するつもりだった。
何があっても、株式その他のあらゆる論点で躓こうとも、役員だけは、添付書面含めて完答できる状態に本番までには仕上げてやる。そんな意気込みを持ってはいたのだが。

言い訳するようだが、先ほども書いたように組織再編の当事者双方ともに役員変更が生じるパターンというのは予想外で、油断していたということもあった。
その最たる象徴が、印鑑証明書。
非設置で取締役が新たに選任されているのを見た瞬間に添付書面欄に印鑑証明書を置きに行っても良かったのだ。
ついでに言うと、取締役Nの退任も、役員チャートにはメモしたが答案用紙に書いた記憶がない。
後半まで集中力がもたなかったといえばそれまでだが、悔しい。
株式数と資本金の額の計算を間違えなかったことだけは救いだった。第3欄の免許税までは手が回らなかった。

結局、非設置の取締役の就任処理がまだまだ体に馴染んでなかった。あのハンドブックの表も、覚えはしたものの脊髄反射できるほどには到達していなかったのだろう。
あらためて、記述問題の奥の深さと、極めるまでの道のりの果てしなさを思わざるを得なかった。

役員全般に関して言うと、問題全体の重量に比して役員変更は実は複雑怪奇でも何でもなく、わりと基本的なことを問うていたなと後になって気付いた。監査等委員会設置会社での論点をカバーするに充分な員数配置で、予備校の問題のように無駄に大人数で襲ってきて受験生をイラつかせるような設定ではなかった。

技のデパートみたいにこれでもかと数々のパターンが繰り出されたあの記述演習で練習した補欠の就任も、初見で恐れたような変な出し方ではなく最初の一人を素直に就任させてあげれば済む設定だった(もちろん、予選の期限が切れていないか、員数が足りなくて補欠が出る幕があるのかといった確認は怠らなかった)。

砂漠の中のオアシス。点が取れるオアシスは、実はそう遠い所にあるわけではなかったのだ。

ただ、それに気付くまで、別紙14枚を行きつ戻りつ回り道してるうちに、体力を消耗し、水いや脳内ブドウ糖が尽き、砂漠に倒れ伏してしまう。
そもそも、不登ジャングルで時間と労力をあそこまで使わずに商業砂漠に来られさえすれば、表裏それなりの答案を書けたはずの受験生は少なくなかったのではないだろうか。恨みは尽きない。


時計の針が午後4時を差し、試験監督が終了の声を上げた時、私は第3欄の添付欄を全力で埋めていた。

今年から、受験案内の注意事項中の「試験終了後に筆記具を使用する行為は、不正受験となる場合があります」との記載が太字になった。
過去には、前の席の方で答案用紙を回収している間に後方の受験生がまだ書いていたなどという話もあったようだが、もうそんなことは通用しないだろう。

あと2秒ペンを動かせば、簡易分割の要件に該当することを証する書面※の「1通」が書けただろうけれど、それはしなかった。そんなリスク、不正受験の烙印を押されてしまうようなリスクを犯すのは真っ平御免だった。

けれど、昨年一昨年と、最後に何故か時間が余り、その余った時間を有効に使えなかったことが消化不良感を助長させており、今年は、最後は右手が動かなくなるまで書きまくりながら終えたいと思っていた理想に近い姿を実現できた。

答案用紙が回収され、枚数が合わなかったのか試験員が寄り集まってチェックにかなりの時間をかけているのを待っている間、ずっと机に突っ伏していた。
脳と右手の疲労と、寝不足とが一気に襲って来ていたが、反面、やりきった充実感は決して悪くはなかった。



こうして、令和5年7月の長い長い第一日曜日が終わった。
前にも書いたが、今年は終わってからも答え合わせも何もするまいと、試験の前から思っていた。

その翌日。


(次回へ続く)


※ハンドブックの記載を確認すると表現が違っているのでどちらにせよ点は付かなかったと思われる





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