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第一回ニート会議 ~君たちはどう生きるか~

某日・都内某所、そこには3人のニートたちが集まっていた。
これから公開されるのは、その会議の一部始終を書き下したものである――。
 

■ イントロダクション

A お集まりいただきありがとうございます。主催のAです。今日は「ニート会議」ということで、思う存分語り合っていきたいと思います。それでは、まず簡単に自己紹介からお願いします。
B はい。Bです。大学を卒業してからずっと実家で暮らしているガチモンのニートです。26歳。お願いします。
C Cです。自分は一応バイト&副業をしてますね。だから正確にはニートじゃないっていうか、いわゆる寝そべり族(最低限だけ働いて生きていくスタイル)ですね。31歳です。よろしくお願いします。
A お二人ともありがとうございます。申し遅れましたが、私はAと申します。2年前まで働いていたのですが、適応障害で退職しました。それ以降は貯金を削りながら生活しています。28歳です。よろしくお願いします。
B おなしゃすー。
C よろしくお願いします。
 

■ 働きたくない

A それでは、早速ですが、お二人はなぜ働かないのでしょうか?
B やってられないから(笑)。
C (笑)。まあ、Bさんの言いたいことも分からなくはないですね。45年間もフルタイムで働き続けるのはしんどいっていうか、それで人生終わっちゃうじゃないかと。
A なるほど。お二人の気持ちもよく分かります。とはいえ、全員が我々のように働かなくなってしまったら、社会はダメになってしまうのではないでしょうか?
B うーん。まあ普通の人は金稼いで、贅沢して、セックスして、みたいな生き方を一番望んでるんじゃないですか? だから、回答としてはちょっとズレてるかもしれないけど、そもそも前提の「みんな無気力ニートになる」ってことがありえない。
C 僕もわりとBさんと近いスタンスかもしれませんね。多様性っていうか、モーレツに働いている人がいるなら、その一方で、だらーんと生きている人がいてもいいよね、っていう。
A なるほど。
B そういうAさんはどうなの? 今は働いてないみたいだけど。
A 私としては、サラリーマン生活で苦しんだ経験があるので、人類全体の労働時間を削減したいという考えですね。
B 「人類」とは大きく出たね(笑)。
C ブルシット・ジョブ(ムダで無意味な仕事)とか話題になりましたもんね。
B でもさー、そんなこと実現可能なんですかね? 別にバカにしたいわけじゃないんですけど、おれにはどうにも週5の8時間労働が改善される未来が見えないんですよね。
A それは地道に活動していくしかないと思っています。
B うーん。おれとしては「今」。「今」なんですよ。今この労働に耐えられない。だから悠長に社会が改善されるのを待ってられないというわけですわ。
A その気持ちもよく分かります。とはいえ、そういった個人主義的な態度は、社会人とニートの分断を生み出す原因にもなると私は考えています。
B とはいってもさ、話を戻すと、実際せかせか働いてくれる人がいるからこそ、おれらはニートできるわけじゃないですか? だから、Aさんみたいに「みんなで働くのをやめよう」って意見は、個人的にナンセンスなんだよね。
A 「やめよう」ではなく「減らそう」ですね。そこは重要です。
C まあまあ。一旦整理すると、「働きたくない」と言っても、Aさんは社会へのアプローチを考えていて、Bさんは個人的なアプローチを望んでいると言った感じかな。
A そうですね。
B Cさんはどっち派なの?
C うーん。どちらかと言えば、Bさんの方かな? 「働かなくていい」っていうのも、「働け!」という押し付けの裏返しであるように感じてしまうというか……。その一方で、僕が実践している最低限バイト生活はAさんの理想を実現しているような気もするね。
A ちなみに、なんのバイトをされているんですか?
C 農家の手伝いです。
A それはすばらしい。
C とにかく、僕としては、お二人とも「働きたくない」というのは一緒なんですから、協力しつつやっていく道を模索するべきですよ。個人派は社会活動をないがしろにしない。社会活動派はニート個人を見下さない。そんなところじゃないですか?
B そうかもしれないっすね。とはいえ、こういうお行儀の良いまとめられ方も、個人的にはあんまり好きじゃないんだよなあ。
A Bくんってなかなかの"こじらせ系"ですね。
B それはお互い様(笑)。
 

■ お金の問題

A では、みなさんお金の問題はどうしているのでしょうか?
B 無収入っすよ(笑)。まあ、おれは実家なんで親に食わせてもらってます。
C 僕はバイトと副業で安アパートに暮らしてますよ。月8万。まあ、ギリギリですね。貯金もあんまりないです。
A なるほど。そういう私もサラリーマン時代の貯蓄を削りながら、実家で細々と暮らしているのが現状です。みなさん将来はどうするんですか?
B それ、みんなにキくから安易に聞いちゃダメなやつね(笑)。
C 野垂れ死にもありえなくはない話ですよねえ。
B まあ、最悪生活保護があるでしょ。日本には。
C とはいえ、実際心理的なハードルがあったり、水際作戦が行われているという現実もありますよね。
B おれはいざとなったら全然使うけどね。みんな気負いすぎなんですよ。
A 私も生活保護の利用には賛成的です。けれども、一方的に保護されるような生き方は、人間としての自尊心を削いでしまうような気もしますね。
C ああ、言いたいことも分かります。
B じゃあ、「親のすねかじり」「貯金」「生活保護」以外だったら、どう生きていくんですか?
A うーむ。私としては、「働かされる」のではなく、やりたいことをやっていたら、「いつの間にか食っていけるようになった」というのが理想だと思うのですが。
B なんか抽象的だな(笑)。やりたいことっていうのは、イラストとか、作曲とか、個人的な趣味ってこと?
A もちろんそれもアリなのですが、他者貢献というか、人々との関わり合いも含まれていますね。
B おれは1人で過ごしているのが好きだけどね。働いてないと不安になるとか意味不明ですよ。
C 僕も1人でいるのは好きだけど、なんだかんだ人間は人間と関わらずには、存在(い)られない気がするな。SNSで見かける孤独主義者とか、厭世主義者も、結局「孤独な自分」や「世の中のくだらなさ」を他者と共有したがっているじゃん、っていう。
B なるほど、言いたいことは分かりました。でも、それで具体的におれらはどうすればいいんですかね?
C うーん。これはポジショントークになってしまうかもしれないけど、やっぱり最低限バイトするっていうのが、誰にとっても再現性が高いんじゃないかな。社会との関わりを維持しつつ、空いてる時間で「やりたいこと」もできるしね。
A Cさんの生き方は否定しないんですけど、実際問題として、将来の不安はないんですか?
C 不安がないと言えば噓だけど……やっぱり自由と安定ってトレードオフというか、仕方ないかなという納得感はありますね。まあ、あとはいつ死ぬか分からないし。
A なるほど。今を生きるって感じですかね。
C まあ、かっこよく言えば(笑)。
B おれはそもそも「働けない」から、「働きたくない」だけのCさんとはちょっと壁を感じちゃうね。
A バイトでもダメなんですか?
B なんかダメなんすよね。すぐに辞めたりバックレたりしちゃう。別にバカにしてもらってもいいすよ。
C いや、Bさんの気持ちもわかるよ。そんな卑屈にならないで。
 

■ ニートから"ニートさん"へ

C 前に「どうすればニートのまま生きていけるんだろう?」って考えてみたことがあるんですが。
A はい。
C ニートから"ニートさん"というポジションを狙うのはどうかと思って。
B どうゆうことすか(笑)。
A あー……。つまり、"お坊さん"のような?
C その通りです。リスペクトされる地位について、施しを頂く、というイメージですね。
B なるほどな。でも、街に立って托鉢でもするんすか?
A それは厳しそうです。
C そこはインターネットを活用しようと思って。ブログとかツイッターでいくらでも発信できるじゃないですか。
B 投げ銭とかAmazon欲しいものリストを貰うわけね。
A 確かに、過去の時代でも隠者にアドバイスを貰いに来る人は多かったらしいですよ。
B でもさー、ニートがどうやってリスペクトを集めるのかって話だよね。普通はバカにされておしまいなんじゃないですか?
C そういう「バカにしたい」けれど、「働いてないのは羨ましい」みたいな、捻じれた魅力があると思うんですよね。ニートには。
A なるほど。「蔑み」と「憧れ」が同時に存在するアンビバレンツな魅力があるというわけですね。
B まあ、キャッチーさには困らないと。でもさ、結局ありがちなのは「持たざるものだからこそ、世の中の真理を分かっちゃってます(笑)」みたいなセルフブランディングだよね。坊主もどきみたいな。
C 坊主もどき、結構よさそうですけどね。僕は現代にも聖や沙弥みたいな半僧半俗の存在が必要だと思いますよ。
B 全てを否定するわけじゃないんですよ。でも結局はビジネス化っていうか、挑発的な書き込みしてネット炎上狙ったり、その流れでnoteや書籍を売ったり、みたいな過激化に行き着くんじゃないの。すでにレンタル屋とか奢られ屋とか、そういうニート系インフルエンサーたちがいるよね。
A ちょっと話がズレますけど、前に「ツイッター坊主のバズ煩悩」という書き込みをネットで見たことがあります。
B 本職でも「バズりたい系」の人いますもんね(笑)。
C Aさんも「ニートの"ニートさん"化」には反対ですか?
A いや、私はどちらかと言えば肯定派ですね。
B ええ、意外っすね。Aさんこういう個人的な処世術には批判的だと思っていました。
A そもそもの主義・思想として、私は「人生の分業化」に強く反対しているんですね。
B なんかおもしろワードが飛び出してきましたね。人生の分業化とは?
A 分業が人間の疎外を生み出している……と表現するとマルクス的ですが、私は1人1人が自分の人生に実感を持って、生き生きと暮らすべきだと考えているんです。だから、オフィスでどうでもいい書類を打ち込みながら、自身の生や死について無関心でいるような在り方には反対なんですね。現代人は生死の問題を宗教家に"委託"してしまっている……そういう問題意識を私は持っています。
C なるほどなあ。確かに、世間の人々は自分がいつか絶対に死ぬとか、そういうことを知らん顔で生きてますよね。
B Aさんとしては、「半僧半俗」の「非分業性」を肯定しているんですね。
A そういうことになります。
 

■ 半〇半俗の可能性

C お二人ともご意見ありがとうございます。「ニートから"ニートさん"へ」にも色々と課題がありそうですね。ただ、補足しておくなら、別に僕は「半僧」でなくてもいいと思うのです。
B というと?
C 例えば、僕はバイトをしながら、趣味でイラストを描いているのですが、それも1つの「半〇半俗」であるというか。
B 「半イラストレーター半俗」ってわけですね(笑)。
C その通りです。それにAさんがおっしゃっていた「非分業」に当てはめると、別に「半」じゃなくてもいい気がしませんか? 例えば、「1/4芸術家・1/4小説家・1/4作曲家・1/4俗」とかでも。
A まさに私はそういった人間の在り方を理想としていますね。
B でも、それって現実的に考えたら、「売れない芸術家志望のフリーター」と何が違うんすかね?
C うーん、あんまりギラギラしてないってところですかね。「絶対売れてやるぞ!」と意気込むのではなく、ゆるく細々とやっていくというか。
A 根底にニートマインドがある、ということでしょうか。
C そんな感じですかね。
B ちょっと言いわけっぽくてダサい気もするけどな(笑)。
A その辺の競争意識からの離脱も含めて、ニートマインドなんじゃないですか?
C あとは、Aさんがちょっと前に面白いことをおっしゃってましたね。昔の隠者は知識人としてリスペクトされていたとか。
A はい。
C 僕はこういう知識人路線もありだと思うんですよね。
B それはCさんがインテリ系だからできることだと思います。
A この中で地味に一番高学歴ですもんね。
C いやいや、そういうことではなくて、「サブカル知識人」みたいな方向性もありなんじゃないかと。別に古典を通読しているとかじゃなくて、漫画やアニメに詳しいとかで全然いいんです。
A なるほど。有り余る時間を生かして、"教養"を身に付けると。
C 広く浅くでもいろんなネタを持っていると、人に親しまれる確率も上がると思うんですよね。そういう人との繋がりというか、愛され力みたいなものは、ニートとして地味に重要なスキルなんじゃないでしょうか。
A はい。やっぱり他者との関わりは生きていく上で必要になってくる気がします。
B まあ、職業という肩書がない故に、ダイレクトで人間としての総合力を試されている感は否めないっすね。
C これからのニートに必要なのは、総合的な人間力ではないでしょうか。
 

■ 稼げない。そして、モテない

B あのー、ぶっちゃけた話をしたいんですけど、みなさん恋人や結婚相手はいらっしゃいますか?
A いないですね。
C 僕も今はいないです。
B なるほど。恋愛に興味がないとか、性欲が全くないとか、そういうことではないですよね?
C まあ、そうですね。別にガツガツしているわけじゃないですが。
B とは言っても、惨めになったりはしないんですか? 結婚できないとか、子供が残せないとか。
C 僕はそんなに気にしてないですね。結婚も別にどっちでもいいっていうか、子供もそんな欲しいわけでもないです。
A ……。うーん、私は正直結婚したいですかね。こんな状態(ニート)なんで結婚できる気はしないですが。
B はい、それが普通だと思います。でも、稼げない男ってもう恋愛の対象として論外じゃないですか。これって男女の不平等性が現れていますよね。
C 「ヒモ」的なアプローチもあるんじゃないですか?
B それはCさんのキャラだからできるんですよ。おれみたいなただのニートは初めから何も相手にされないってわけ。
A なるほど。Bくんの苦しみも分かります。けれども、女性だけ楽だってことはないんじゃないですか?
B いや、「理解のある彼くん」(女性は社会不適合者でもパートナーを得やすい、ということを揶揄したネットスラング)とか話題になりましたよね。そういうことですよ。
C うーん、それはちょっとインセル的すぎないかい? パートナーを得られない女性もいると思うけどね。
B インセル的っていうのは、「レッテル張り」の「ズラし」ですね。おれはただ現実の話をしているだけです。
A じゃあ、Bくんは結局どうなったら満足なんでしょうか? そこまで言うのだったら、理想を教えてほしいですね。
B ……働かない男でも、恋愛対象として認めてほしい?
C だったら、相手に養ってもらうわけでしょ? それこそ「中身」というか、さっき話題になった「総合的な人間力」が必要になってくる気がするね。
A さっきBくんが「女性は収入の高い男と結婚したがる」と言っていたけれど、Bくんだってかなりの理想家であるように見えますね。無条件で自分を受け入れてくれる女性を求めているわけですから。
B そうやっておれのことを批判するけどさ、女性は存在しているだけで、美しさとか子供を産む能力とかで重宝されるわけじゃないっすか。それに対して、男は常に自分の価値を提示しないと社会に存在が認められないわけ。この苦しみを訴えたいだけなんですよ。ニートのお二人なら少しは分かってくれると思ったんだけどな。
C それで言うなら、「結婚しろ」「子供を産め」というプレッシャーは間違いなく女性の方が強い気がするけどね。とはいえ、Bさんの言う「男の苦しみ」も分からなくないよ。
A 「男らしさから降りる」というのが、ニートにとってもキーワードになってくるのかもしれませんね。
B おれがうさんくさいと思っているのはまさしくそれなんですよ。男らしさから降りて……それでおれらは人間扱いしてもらえるんですか? ただ、「キモくて使えない男はどっかに行け」というのを言い換えただけなんじゃないですか?
C んー。僕は別にBさんのことが嫌いとかそういうわけではないんだが、ちょっとキツい言い方をすると、そういう"こじらせ感"が女の人にとっては、更に"キモい"んだろうな。だから、そういう問題は一旦忘れて、さっぱりしたニートになった方がいい。おそらく、その方が最終的に恋愛できる可能性が上がると思う。
B たぶん、Cさんの言っていることはテクニックとしては間違ってないんですよ。それは認めます。でもそれが本質的な解決法になっているとはあんまり思えないですね。Cさんは良い人だと思うけど、そういうところは誠実さに欠けると思います。
A まあまあ。私がこの手の問題でいつも思うのは、発言者の切り取り方によって、どうにでも捉えられてしまうということですね。男のつらい部分だけ見れば、男だけ損して、女だけ得しているように思えるし、女のつらい部分だけ見れば、男だけ得して、女だけ損しているように見える。お互いの視点を持つことが大切だと思います。
C 恋愛や性の話はこれぐらいにしておきますか。
B そうっすね……。分かりました、イキってスミマセン。
 

■ アウトロダクション

A さて、長々と議論が続いてきましたが、そろそろ締めに入らせてもらいたいと思います。
C お疲れさまでした。
B 流石に疲れてきたっすね。
A 何か印象に残ったワードや議論はありましたでしょうか?
C やっぱり……「人間的な総合力」ですかね(笑)。
B 職業がない故に、直接試されるという。
A 私の理想である、「人間が人間らしく生きる社会」でもそれは必要なスキルですね。
B 人類全体の労働時間が削減された世界ね。
C なんだかんだAさんの荒唐無稽なスケール感も嫌いじゃないな、って思っている自分がいます。
B それはちょっとバカにしてるでしょ(笑)。
A 私は本気ですけどね。
C あとは「"ニートさん"路線」「半僧半俗」「サブカル知識人」でも、結局「人間総合力」が試されるってことになりそうです。
B あと、Cさんの「ヒモ理論」的にもね。
C まあ、そうですね……(笑)。
A 結局、どんなに職業(かたがき)を失っても、私たちは人間であることからは逃れられないんですよ。ニート生活で私はとことんそう思いました。
C なるほど。ニートをすることは、人間を見つめることであると。
B なんか急にテツガク的になってきましたね。
C 「働く」……というよりは「人間をやっていく」に焦点をズラした方がいいんでしょうね。それが結果的に生き延びることに繋がると。
B そうですね、そう考えた方がなんだか気楽です。
A 世界を、人間を捉え直す。そういうアプローチはありですね。
C うんうん。では、この辺でお開きにしましょう。
B どーもです。
A はい。みなさん今日は本当にありがとうございました! また、お会いしましょう。
 
 
録音の記録はここまでである。
彼らがその後どうなったのか?
無事に生活することができるようになったのか?
再び三人で再会することができたのか?
それは誰にも分からない。
ただ彼らの幸福を祈るばかりである……(完)。

※この記事はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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