間違いなく神様だった子の話

あの子は神様だった。

無宗教らしく信条がない私も、神様がいた。本当にアホらしい。何年か前の話だから時効としてもちょうどいい。

その子は前髪を切るタイミングをよく逃していて、鍵が開けっ放しの私の家によく家主不在の間入り浸っていた。猫背。服はアレしか見たことがない。蓄積された深い知識を持つ。嘘をつくと目が泳ぐ。笑ったときに見える犬歯が綺麗だった。纏う光が暖かい。ちゃんと地上を歩いていて、よくみんながいうこの世の人ではない雰囲気は纏っていない。でも目を離したら何処かに飛んでいってしまいそうで。いくら仲良くなっても野良猫との関係のような微妙な距離感を保つ。すぐに誰とでも仲良くなる癖に。

初めて目を輝かせているところを見たのは冬の日。雪の日だったから、私は昼になっても毛布を頭まで被って静かにしていた。その後、私の家に半分住み着いていた神様は私の部屋でこれからの理想を話し始めた。あの冬は部屋着としてそれをずっと着ていたのにこのトレーナーいいねなんて突然言われた。ボロボロの毛玉付きだったのに。その後、私のことを少しだけ話したら神様の目が変わった。何がそうさせたのかはわからないけれどグータッチをした。それからは結構近くで夢の一部分を私に見せてくれた。あの子が神様だということにまだ気が付いていなかった私は、時に顔を背けた。だから罰が当たった。

一年が過ぎて、また雪が降った頃に神様はある言葉を投げた。きっかけはそれだけだった。神様があの言葉を選ばなかったら、きっと私はいつまでも縋るものがなかった。伝えられた言葉は少しばかり期待していた愛でも何でもなく、私に関わることではない。それでも何かグチョグチョしたような呪いになった。紛れもなくあの顔を見てあの子は神様なんだと思った。会話の途中に挟まる苦笑が綺麗だった。これまでの無礼を静かに悔やむ。

夏は会えない。いつもそうだったから。冬、雪の日にだけ会える神様だった。雪が降ると決まって私はドアに鍵をかけなかった。なんとなく来てくれる気がしていたなんて今考えると頭がお花畑である。そこらへんの高校生に話しても同じことを言うだろう。

夜、一度だけ神様と雨の日を歩いた。何度行っても都会の喧騒に慣れることは無く、友人と呼べる友人は片手で数えるほど。私が神様と同じなんて厚かましい。



それから何年か経つ。あの後は間違って神様に春にも夏にも会ってしまった。これが間違いだった。冬しか会えない人だと知っていたのに。強欲な私は、神様は私のお願いを無碍にしないと知っていたので過ちを侵した。神様が私の信条になるのは決まって冬。他の季節は他の子の神様をするのに忙しい。何も隠すことはないよ。1つも悪事なんて働いていないんだから。それでもいつもと違う神様を見て、呆気にとられた。なにそれ。

神様の選んでいた炭酸飲料をいつか飲んでみたい。あの日が境だと思う。あの日から神様は私の知らないところで沢山の人と生きる。私がそれを覗くことはない。神様は私の知らないことを沢山知っている。薄っぺらい知識じゃ対抗できない。野良猫みたいに人の懐に入っていく力だって誰にも負けないと思う。

もう覚えていない。あの日の神様にもらった言葉。吸っていたタバコ。セブンスターだった時期は確かにある。吸えないのに1本もらった。神様は咳き込む私を見かねて2本を一度に咥えて吸っていた。でも今は違う。

私は神様のいる街で暮らすことを辞めた。辞めたというか諦めた。神様にはなれないことがわかった。周りの大人達は神様のことなんて知らないから、私の小さな諦めを親孝行としか考えなかった。だから良かったねなんて言われた。良くない。今も良くない。どうせなら神様が今生きている街に産まれたかった。別の出会い方をしていたら今だって神様は神様だった。あの子みたいに器用に笑えていたら私も誰かの神様だった。

神様はいなくなってしまった。

不思議な縁があって、あれからも神様が住んでいる街には何度も足を運んでいる。あれから神様のことは知らない。神様はあの街で私の知らない言葉を話す。私が1歩を踏み出せなかったから神様は神様じゃなくなった。全てがエゴだったから。私の頭に住んでいた神様はきっとあの子のそのままではないから。これだから自分の思考が嫌になる。

神様がいる街に産まれた人はきっと私よりも上手く今を生きている。

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