身延町で暮らすこと
身延町 2 回目のフィールドワークでお話をうかがった小林あゆみさん。2018 年に身延町へ移住した方だ。山梨県甲府市出身で、身延町に移住するまでは横浜で約 10 年間保育士として働いていた。その後3年ほど日本を転々と旅してきた中で、たまたまの出会ったのが身延町であったという。今回の note では、小林さんにうかがったお話のなかで、主に移住するまでについてまとめる。
暮らす旅
小林さんは横浜で約 10 年間保育士として働いた後、働きながら住まわせてもらう「滞在」というかたちでいろいろな地域を訪れた。これは、新たにまたいろいろなことをやってみたいという節目が保育士 10 年目にあったそう。同じ場所で雇われてしまうとその場所でしか物事が見えなくなってしまうという。この「滞在」は「暮らす旅」として、この人に会いたいというイメージでいろんな日本点々と会いに行く旅をしていた。
この「暮らす旅」で訪れた島で、小林さんは刺激を感じたそうだ。島の人たちから、生きる力、知恵や知識というものを体感したという。ないものをないなかで暮らしていく島の人たち、知恵の中で生まれてくるもの。それらは人間性を高めるという。
身延町を知る方法
「暮らす旅」のなかで訪れた身延町。そして身延町に来た当時、どうやって町を知るか考えた小林さん。それをクリアできるのは宅急便だという考えに至り、まず宅急便で働いた。地域をまわる、人当たりがわかる、お金をもらえる。さらに、観光業にも興味があっ たため下部ホテルでも働く。このように働き町を知っていくなかで、出会った方々がとても温かかったという。そしてこの町でもっと暮らしたいと思い、フィットしたのが地域おこし協力隊であった。この地域おこし協力隊は、小林さんの働き方や考え方を変えるものとなったそう。
住み続ける理由
この地域おこし協力隊の任期の 3 年を超えても身延町に暮らしたいと思ったのも、身延町の人や空気感が理由のひとつにあるという。そしてもうひとつが、小林さん自身が地域に誇れる場所を持ちたいという思いがあった。小林さんが旅の中で出会った人は皆自分の町に誇りを持っていて、その地域のことをしっかりと自分事で語ってくれたそう。自分が行きたい、会いたい人のとこに行くように自分のもとにも来てくれる人の場所をつくりたかったと小林さんは語る。
まとめ
小林さんにインタビューをさせていただき、移住だけでなく生活や人との関わりに関しても素晴らしいお話をうかがえた。小林さんは移住においてだけではなく、生活や仕事など、様々な場面で人との関わりを大切にしてきたように感じる。小林さんが人との関わり を大切にしてきたからこそ、出会った身延町の人も温かく迎えてくれたのだろう。
このように実際に移住した人のお話を聞いて、移住についても、自分の考えについても 新たな発見が多くあった。これらを今後の活動にも活かしていきたい。
(担当:高野)