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早川町の自然教育 “BEANS”

はじめに

 前回の記事では、早川町の自然環境とその活用について述べてみた。本記事では、前回記事でも取り上げた自然教育“BEANS”について、主に南アルプス生態邑所長大西信正さん、早川町立早川北小学校卒業生・在校生の方へのインタビューをもとに、詳しく述べていきたい。

1. 南アルプス生態邑×早川北小学校=“BEANS”

「日本一人口の少ない町」早川町に、早川町立早川北小学校という、全校児童20名に満たない小さな学校がある。そんな早川北小学校で、豊かな自然環境と少人数という特徴を活かした特色ある教育が行われているという。それが、“BEANS”である。

早川 川

2. “BEANS”の意義

 “BEANS”は、大西さんが所長を務めている南アルプス生態邑が運営している野鳥公園と、早川北小学校が共同で行っている授業だ。
 “BEANS”の由来である“BEcome A Natural Scientist!=自然科学者になろう!” (また“BEANS”は豆、そこから転じて“科学者の卵”という意味も込められている)の言葉通り、自然科学の研究を子どもたち自身が行うことによって「地域の自然を深く知ることで、児童たちに地元や自然への愛着を深めてもらうとともに、その過程で生まれた興味や疑問を科学的思考のもとに調査することを通して『生きる力』を伸ばしてゆくこと」(南アルプス生態邑スタッフブログ『南アルプス邑通信』より)を大きな目的としている。他には  「科学的思考」・「課題解決力」・「物事を自分の言葉で説明する力」・「コミュニケーション能力」などを養うことも目的としており、それぞれが相互に作用することで上記の大きな目的の達成へとつながってゆく。また大西さんによれば、子どもたちが自分たちの住む地域の自然を自分たちの力で解明した調査の結果は、早川町の財産にもなっていくという。

3. “BEANS”の1年間の流れと、教育の工夫

 “BEANS”は、学校の総合学習の17コマほどを利用し、1年間という長い時間をかけて取り組まれている活動だ。開始は春、5月・6月に3年生から6年生の児童たち全員が森などで実際に疑問を見つける。11月ごろまで月に1~2回ほど野外に出、自然についての地図作成・記録・写真撮影などを行う。12月から翌年2月ごろまでは月に2~3回ほどパソコンなどを用いて資料をまとめる時間をとり、2月の末にその研究の成果を発表する。
 先述した通り、“BEANS”は野鳥公園と早川北小学校の共同で行われているが、授業の組み立てや児童への指導は北小学校の先生たちが中心となって行い、調査・研究における専門的な支援を野鳥公園スタッフが行うという分担で実施している。また、児童たちそれぞれにも取り扱うことができる研究の難易度など様々な違いあるため、誰にどのようなアプローチ・サポートを行うかなどを合議して決めているという。
 この野鳥公園スタッフによるサポートにも、児童たちの成長を促すための工夫があるようだ。児童のなかには、自然の中からうまく疑問を見つけ出すことに慣れていない子や、調査過程で壁にぶつかる子も当然出てくる。そのようなとき、野鳥公園スタッフは疑問の発見・調査等の最低限のサポートは行うが、できるだけ児童の自発的な行動を尊重しているという。大西さんはこのことについて、「聞いただけのことはイメージがしづらい。そこで、五感・感情・知識欲などを生み出す“体験”を大事にしている。我々が行うのは、そういった体験のサポートだということを意識している」とおっしゃった。

4. 児童たちにとっての“BEANS”

 ここまで3項にわたって“BEANS”の概要と意義、一年の活動内容について述べてきた。ここからは“BEANS”をすでに終了した早川北小学校の卒業生、参加中の在校生、来年度に参加を控えている在校生の声をお届けしていきたい。

4-1. “BEANS”を終えた卒業生
 まず一人目は、一年前に早川北小学校を卒業したAさん。児童たちそれぞれが一つずつテーマをもって研究をすることが特徴の一つでもある“BEANS”だが、Aさんは3~6年生まで主に木の実について、4・6年生では木の実を食べる鳥類についての研究も行っていたそうだ。Aさんの場合は四年間一貫したテーマで研究を行っていたが、なかには途中でテーマを変更する児童もいるという。
 “BEANS”の活動について尋ねてみると、Aさんは「すごく好きだった。専門の研究者の方と調査をできることが楽しかった。」と教えてくれた。ただ、“BEANS”の活動に積極的かどうかには個人差もあるそうだ。
また、4年間にわたる“BEANS”の活動を終えたAさんは、“BEANS”を通して得たことについて「物事を調べる際の手順や方法についての知識が広がった。日常生活でも物事に疑問をもって、それを調べることが楽しい。」と話してくれた。

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4-2. “BEANS”参加中の在校生
 二人目は、現在も“BEANS”の活動に参加している早川北小学校在校生のBさん。3年生であるBさんは、今年が“BEANS”初参加で、野生動物の食べものについて研究しているという。
 さっそく“BEANS”の活動について尋ねてみると、「調査活動は楽しい。でも、嫌なこともある。」と話してくれた。1人目のAさんでは出てこなかった“BEANS”の嫌なところについて詳しく聞いたところ、「山での調査は楽しいけれど、動物の掘った穴や木の根などに足を取られることや、クマやイノシシのような野生動物に出会う危険もある。ヒルがいるのもいやだ。」ということだった。早川町の豊かな自然を活かした“BEANS”だが、そのような環境での活動ゆえの危険も潜んでいるようだ。

4-3. “BEANS”を控えた在校生
 最後の一人は、“BEANS”への参加を今後に控えた早川北小学校在校生のCさん。2年生であるCさんに、来年度初参加となる“BEANS”について尋ねてみると「あまり楽しみではない。」という。さらにそのわけを聞いたところ、「ヒルがいるから、少しいやだ。友達もそう言っている。」ということだった。“BEANS”参加者にとって、ヒルという存在は、未参加の2年生にも知れ渡るほどに深刻な問題であるのかもしれない。

5. “BEANS”の未来

 最後に“BEANS”の今後の展開について、スタッフとして児童たちに深く関わってきた南アルプス生態邑所長 大西さんに伺った。
 大西さんは、現在の“BEANS”の基本である「活動を通して、子どもたちが様々なことを発見する」というかたちは継続していくとし、まだ実現できていないこととして、「研究の引継ぎ」と「世代を超えての共同研究」を挙げた。
 「研究の引継ぎ」とは、例えば“BEANS”最終学年である6年生があるテーマの研究をし、後に下級生が同様のテーマの研究を引き継ぐことで、前代では解明されなかった疑問点などの解明を目指し、一つのテーマから世代を経るごとに大きく発展していくというものだ。もう一つの「世代を超えての共同研究」は、異なる学年の児童たちが同じテーマをともに研究するというものだが、現在の“BEANS”の設計では「一人ひとりに1テーマ」という縛りがあるために、まだ実現できていないという。
 今後は、学校の先生と相談して上記の実現を目指すとし、「いずれは“BEANS”の活動によって、早川町の自然全体や生態系の解明がなされるようになっていくとよい」と大西さんはおっしゃった。

6. “BEANS”について、私の所感

 本記事では、早川町の自然環境を活用した活動として、早川町立早川北小学校で行われている自然教育“BEANS”について取り上げた。
 私はこの活動について、早川町の自然との距離の近さ、そして早川北小学校の少人数小規模という特性を、うまく組み合わせた活動であると感じた。豊かな自然環境が近くにあるということは、容易に自然学習を行うことができるという点ではよい。しかしそれは、5-2で“BEANS”参加中の在校生の方がおっしゃったように、身近に多くの危険が存在するということでもある。“BEANS”では児童3,4人にスタッフ1人がつくという形で安全が保たれているが、大人数の小学校であれば、そう上手くはいかないだろう。少人数であることで、生徒一人ひとりに注力して活動を行うこともできると考えられる。
 また“BEANS”の活動目的の一つとして、「郷土愛を育む」という要素があることも印象的だった。今回惜しくも紹介することのできなかった早川北小学校のもう一つの取り組み“わらべどんぐりまつりの民話劇”(早川町内の民話などについて、子どもたち自らが情報収集を行い、劇に仕立てるもの)は、早川町の文化や歴史を学ぶことのできる場となっている。早川北小学校では、“民話劇”による文化面、“BEANS”による自然環境面という二方向から、郷土愛の形成が図られているのではないだろうか。
 そして6でも述べたように、“BEANS”は現在のものが恒久的なかたちであるというわけではない。現行の制約などを解消することができれば、今後も「研究の引継ぎ」や「世代を超えての共同研究」と、さらなる展開が予想されるだろう。「研究の引継ぎ」や「世代を超えての共同研究」では、高学年生がスタッフに代わって低学年生に教える、あるいはその逆の機会もあるかもしれない。今後の“BEANS”では、「スタッフ-児童」という「大人-子ども」のコミュニケーションとはまた違った、異年齢の「子ども-子ども」のコミュニケーション能力を養う場としての性質も強くなってくるのではないだろうか。また、一つのテーマに対して同時に複数の視点から調査を行うことで、より充実した研究活動を行うことが可能になるとも考える。
 私はゼミ活動での調査を通して、早川町の自然教育“BEANS”が自然の学び場というだけではなく、科学的思考や他者とのコミュニケーションなどの様々な力を育むことのできる場だということを知ることができた。また、その経験や成果が学校のうちで留まることなく、子どもたちや町の財産となってゆくことにも感銘を受けた。「“BEANS”によって早川町の自然や生態系を解明できるようになったら」という大西さんの言葉の通り、子どもたち一人ひとりの疑問が互いに繋がり結びつき、早川町を囲む大自然の全てを解明する日が、いつか来るのかもしれない。“BEANS”という活動にはそんな可能性が秘められていると、私は感じる。(文責:内山)

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