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僕が人生の学校(Life School)を作る理由 序章

【自己紹介】
山本 浩彰 (通称 山田)
1991年 大阪生まれの見たままの乙女座
合同会社Y-PU 代表
つまらないボケを連呼する乙女です。

僕が人生の学校(Life School)を作るきっかけについて

パチンコ、飲み会、ボーリングなどに明け暮れていた大学生活。
3回生の夏、地元の友人が現場の親方になったり、飲食店を経営したりという話を聞いて危機感を感じた。

「何かしなければ、やりたいこと見つけないと」と。

そこからネットで「やりたいこと」と検索をかけたり、無い知恵を絞ったりしていたが何も見つからなかった。

ある日、友達のおかんに山田くん(友達のおかんにも山田君と呼ばれている)昔DJとか幹事やってたんやからイベントやってみたらと言われ、勢いでイベントサークルY-PUを立ち上げ、ひたすらクラブ系のイベントや交流系のイベントを開催していた。

来てくれた人たちの楽しんでいる姿を見たり、終わった後にありがとうと声をかけてくれるのが非常に嬉しくてイベントに熱中していた。

当時イベントには必ずアーティストを呼んでいた。(シンガー、ダンス、DJ、漫才など)ステージ場でスポットライトを浴び、自分の好きな事を表現する彼らがとてもキラキラしていてその姿を見るのが好きだったのだ。

そしてイベントをやるに連れて仲間が増えてきたが、ある事に気がついた。
目標を持っている人や、やりたいことがある人が少なかったのだ。
この頃自分は天狗だったのかもしれない、やりたいことをできていると人だと思っていたと思う。この人たちのやりたいことを一緒に見つけ、形にしていきたいと思い、個人個人でディスカッションを重ね、コンテンツを作りまくった。

そしたらびっくりすることが生まれたのだ。
「人は目標ができるとアーティストみたいにキラキラした顔をする」
ステージやスポットライトなんてどこでも作れるじゃないか、
人間誰もがアーティストで、この世がステージで、チャンスがスポットライトではないか。

興奮とワクワクが止まらなかった。
前向きな人をたくさん生み出したい。そんな人に囲まれたコミュニティーはくそおもろいじゃないか、Y-PUはそういう場所でありたいと。

そんなことをしていたらある人が人生の学校みたいやねと呟き
それだ!!!俺らは人生の学校を作ろうとはじまったのだ。

これがLife School のはじまりである
つづく。