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竜の主砲ダヤン・ビシエド選手今シーズン限りで退団へ。ドラゴンズを愛し、そしてファンに愛されたナイスガイ。9年間ありがとう…!!

2024年ペナントレース、ドラゴンズはまたしても最下位に終わり、立浪和義監督が率いた3年間はまさかの3年連続最下位という球団史上ワーストとなる見るも無惨な結果となってしまい、立浪和義監督は退任となりました。

そして立浪和義監督の退任セレモニー後、ドラゴンズを支えてきた偉大な選手が一人、今シーズン限りでの退団が発表されてしまいました。


9年間ドラゴンズを支え、ファンに愛された偉大なる助っ人。ダヤン・ビシエド選手が今シーズン限りでの退団が発表されました。


ダヤン・ビシエド選手とは?

生年月日 1989年3月10日(35歳)
出身地 キューバ
2015年オフに中日ドラゴンズ入団
右投右打
一塁手
今シーズン成績
15試合 打率.209(43-9) 1本 2打点 OPS.563

得点圏打率.154 0盗塁

通算成績
958試合 打率.287(3524-1012) 139本 549打点
OPS.812 得点圏打率.277 15盗塁

個人タイトル
首位打者(2018年)
最多安打(2018年)
ベストナイン(2018年、2019年)
ゴールデングラブ賞(2020年、2021年)

ダヤン・ビシエド選手はキューバ出身ながら、キューバからイカダで決死の亡命を経てアメリカ合衆国に渡り、ドミニカ共和国の移住権を得たという、日本人にはあり得ない海外事情での超苦労人。

その後はMLBに挑戦し、見事メジャーデビューを果たしメジャーリーガーとしてMLB通算66本塁打を放つ長打力を見せつけ、自身26歳となる2015年のオフシーズンに主砲を担える新助っ人として中日ドラゴンズが獲得しました。

来日1年目となる2016年シーズン、開幕4番打者としていきなり開幕カードの阪神戦で3試合連続本塁打を放つというドラゴンズで衝撃的なデビューを果たし、来日1年目の新助っ人ではセ・リーグ史上初となる同年の3・4月月間MVPを受賞する等、見事な大活躍を見せ、
119試合 打率.274(416-114) 22本 68打点 OPS.838
得点圏打率.232
と来日1年目から見事竜の主砲として活躍しました。

2年目となる2017年シーズンは7月に月間MVPを受賞しましたが、アメリカ合衆国の市民権取得のため一時チームを離脱したり、また8月14日のヤクルト戦の死球により骨折しシーズン絶望となり、
87試合 打率.250(332-83) 18本 49打点 OPS.771
得点圏打率.196
と不本意なシーズンとなりました。

それでも3年目となる2018年には前年の不本意なシーズンの鬱憤を晴らすかのように打ちまくり、8月にはなんと当時のセ・リーグ新記録となる月間47安打を放つ等、3年連続月間MVPを受賞し、キャリアハイとなる、
135試合 打率.348(512-178) 26本 99打点 OPS.974
得点圏打率.350
という圧巻の成績を残し、自身初の個人タイトルとなる首位打者と最多安打、ベストナインを獲得する等、NPB屈指の助っ人となりました。

4年目となる2019年には4番打者として抜群の安定感を見せ、自身初となるシーズン全試合出場を果たし、
143試合 打率.315(534-168) 18本 93打点 OPS.870
得点圏打率.314
と2年連続ベストナインを受賞し、名実共にドラゴンズといえばビシエド選手と言われるほどとなりました。

5年目の2020年には開幕から安定した成績を残していたのですが、7月21日の巨人戦で菅野智之投手から左肘に受けた死球から一気に成績が低迷。
なんとか規定打席到達となりましたが、
109試合 打率.267(409-109) 17本 82打点 OPS.776
得点圏打率.287
という成績となりました。
しかしながらそれでも竜の主砲としてドラゴンズでは2012年以来となる8年ぶりのAクラス入りの原動力となり、自身初のゴールデングラブ賞を受賞しました。

6年目となる2021年シーズンは打線全体が大不振となりながらも、大島洋平選手と共に4番打者として獅子奮迅、孤軍奮闘の活躍を見せ、
130試合 打率.275(480-132) 17本 70打点 OPS.766
得点圏打率.275
という成績を残し、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞しました。

そしてオフには3年契約、推定年俸3億5000万円の超大型契約を結びました。

7年目となる2022年シーズンは3年連続開幕戦で本塁打を放ち、さらに7月30日の広島戦では自身初となる1試合3本塁打を放ち、さらにオールスターゲームでは本塁打を放ち敢闘選手賞を受賞しました。
しかしながら8月月間で全試合4番起用ながらも長打1本、4打点と自慢の打撃に陰りが見え出してきました。
それでも9月には見事復調し、9・10月月間MVPを受賞と自身4度目の月間MVPを受賞し、
129試合 打率.294(483-142) 14本 63打点 OPS.792
得点圏打率.308
という成績を残しました。

8年目となる2023年シーズン。年齢も34歳とベテランの年齢域となったためか、開幕一軍で主軸として起用されるも開幕9試合で打率.280ながらも0本塁打0打点と勝負所での打撃不振に陥り、4月13日には怪我以外では自身初の二軍落ちとなってしまいました。
そして5月4日には再び一軍復帰しましたが、やはり年齢の衰えが顕著になってしまったのか、
91試合 打率.244(315-73) 6本 23打点 OPS.641
得点圏打率.205
と一気に成績が低迷してしまいました。
それでもなお国内FA権を取得したことにより、助っ人選手ながらも扱いは日本人枠となりました。

そして9年目となる今シーズンの2024年。復活を期待したいシーズンでしたが、2023年オフになんと同じファーストの選手に中田翔選手を獲得という大補強した煽りを受け、OP戦から中田翔選手との併用、競争となり、結果OP戦では
13試合 打率.133(15-2) 0本 0打点 OPS.388
と大不振に陥ってしまい、自身初の開幕二軍スタートとなってしまいました。

そして二軍で打撃を復調させ、結果を出しながらもなかなか一軍に昇格しないもどかしい日が続いていましたが、5月16日の阪神戦でようやく一軍復帰となりました。
しかしながら、二軍で復帰した打撃は一軍では精細を欠いてしまい、結果
15試合 打率.209(43-9) 1本 2打点 OPS.563
得点圏打率.154
というキャリアワーストの成績となり、6月9日に二軍落ちとなりました。

そして以降は二軍の主軸として
72試合 打率.300(233-67) 8本 31打点 OPS.859

得点圏打率.259
という好成績を残しながらも、一軍昇格することはなくペナントレースが終了し、そして今シーズン限りをもっての退団が決定となりました。


~感想~

やはりこうなってしまったか…
しかしながらこれもプロ野球の常。国内FA権を取得し、日本人枠になるほどドラゴンズを長年支えてきた助っ人選手でしたが、結局は助っ人選手という立場。おそらく高齢と高年俸、そして成績低迷を受け、ドラゴンズ退団となってしまいました。

これに関しては契約社会のためファンがとやかく言える問題ではかりません。

ただそれでもビシエド選手以上にドラゴンズを愛し、ファンから愛された助っ人選手は長年ドラゴンズを応援してきましたが見たことがありません。

助っ人選手といえば結果や実績が全てであり、ビシエド選手の実績も超一流のものですが、真にビシエド選手がファンから愛される理由はその人間性でしょう。

その愛されるエピソードの一つとして、なんとビシエド選手は2020年に日本の自動車運転免許証を取得しています。

国際運転免許証なら分かりますが、助っ人選手が日本の運転免許証を取得することは異例中の異例。
本当に身も心も日本を愛していることが分かります。

そして極めつけは助っ人選手はペナントレースが終了したら帰国するのが常なのですが、ビシエド選手にあってはファン感謝祭にまで参加したり、さらに12月半ばまで名古屋で過ごし、年末年始は帰国しますが、年明け早々日本に来日したりといったりと、本当に助っ人選手でありながらも日本人かのような振る舞いを見せてくれました。

他にも和服で家族写真を撮ったり、愛犬に「富士」という名前を付けたり、ビシエド選手の息子さんを名古屋の少年野球チームに入れたり、そして「ドラゴンズで引退したい」と発言したりと、本当に本当に本当に日本を、名古屋を、そしてドラゴンズとファンを愛していたことが分かります。

しかしながら今シーズンは二軍で結果を出しても一軍に上がることがない二軍暮らし、悪い言い方をすれば飼い殺し状態にあり、その心境をサンデードラゴンズの特別インタビューで答えたりすることもあり、ファンも心を痛めてきました。

それでもビシエド選手は二軍で腐ることなく懸命に練習に励み、その姿を見て井上一樹二軍監督や森野将彦打撃コーチは感銘を受け、他の若手選手にビシエド選手の姿勢を見習うようにと指導するほどでした。

そしてビシエド選手も自ら若手のフォローに入ったり、ミスをした若手を励ましたり、若手に指導したりと、まさに最高のお手本として若手選手を鼓舞する存在となっていました。

そのため、二軍戦でありながらもドラゴンズファンはビシエド選手目当てにナゴヤ球場に駆けつけ、二軍戦では異例の超満員となることもありました。

私自身もビシエド選手目当てでナゴヤ球場にも行きましたが、ビシエド選手が打席に入る時の歓声、そしてビシエド選手の打席での佇まいは何故二軍にいるのかと疑問がつくほど、他の二軍選手とは比べものにならないくらい別格のものでした。

打席に立つビシエド選手


そんなビシエド選手でしたが、今シーズン限りでの退団となりました。

ただそれでも、立浪和義監督の退任セレモニーの後になんとビシエド選手がグラウンドに姿を表し、ファンに向かって帽子を取り手を振る姿がありました。

これについてもビシエド選手自身が「ファンへ感謝の挨拶をしに来た」と発言しており、本当に最後までドラゴンズファンを愛していた素晴らしい選手でした。


ビシエド選手は本当に素晴らしい選手。退団してほしくない気持ちのファンが大多数であり、事実、ビシエド選手退団が発表された直後にはXでは「ビシエド」というワードが日本のトレンド1位になるほどでした。

ただそれでも長年プロ野球を見てきた上では、年齢、年俸、成績面を見たらビシエド選手のドラゴンズでの来季の契約はされないのも分かります。

事実、過去の事例でもドラゴンズでは球団史上最強助っ人のT.ウッズ選手が2008年に35本塁打を放ちながらも高齢、高年俸を理由に来季の契約は結ばれず、ドラゴンズを退団しています。

ビシエド選手はドラゴンズを長年支えてきた名選手ではありましたが、これは受け入れなくてはいけません。

それでも2年間成績低迷していたとはいえ、ビシエド選手のこれまでの活躍やビシエド選手の人間性には本当に本当に本当に感謝しかありません。


ビシエド選手、9年間ドラゴンズを支え、そしてドラゴンズを愛してくれてありがとうございました。


もし他球団がビシエド選手と契約し、復活すればそれは本当に嬉しいことです。

ただ現実は厳しく、もしかしたらビシエド選手を取る球団がいない可能性も0ではありません。

それでもプロ野球はNPB以外にも独立リーグもありますし、そして日本に限らず韓国野球、台湾野球、そしてメキシコリーグ、さらにはアメリカ独立リーグと野球をできる場所はいくらでもあります。

なお韓国野球はかつてのアルモンテ選手が2020年オフにドラゴンズ退団後に挑戦したり、台湾野球にはなんと現在元ドラゴンズ、オリックスのモヤ選手が活躍しています。

またメキシコリーグには去年までドラゴンズに在籍したアキーノ選手が活躍しています。

ビシエド選手がこの先どのような道に進むかは分かりませんが、ドラゴンズを愛しファンを愛したビシエド選手をファンが見捨てることはありません。

ビシエド選手が現役引退するまで、どこでプレーしようが最後までビシエド選手を応援します!!

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