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葉桜の季節から

「うん。新緑だね。五月だね」

 五月晴れ、乾いた陽気に人誘われて公園には幾組かの家族連れがある。腰に手を当て桜を見上げた少女は一人で同じ言葉を繰り返す。

「うん。新緑だね。五月だね」

 頷き、手を、目を、顔を、口を、脚を、大きく広げて彼女は言う。青いワンピースにぴかぴかの革靴、おさげは左右に分けて一つずつ。そばかすだらけの顔で、鼻先とほほにどこかでつけてきた泥汚れが白い斑点になっている。少女はみんなの注目の的だ。みんなは彼女を指差しくすくす笑う。

「ピンクが緑になったよ」

 彼女はみんなに教えて回る。ジャングルジムをよじ登って、ブランコに揺られて、すべり台で転がって、大声を出して、あるいは「秘密だよ」と耳元で囁いた。彼女が駆けると風が吹いた。小さな体で空気を切った青色の風。それは泥汚れの土臭さと彼女が踏みしめた雑草の青臭さがする。彼女が横切るとみんな目を閉じてその匂いを嗅いだ。公園の常連である老人が言う。

「夏が、来るんじゃなあ」

 縦横無尽に走っていた彼女がぴたりと止まり、足元から何かを拾う。薄く、茶に枯れた一枚の花びらだ。丸っこい指がその端と端をつまんで、彼女はそれを太陽の光にかざす。急な大風がワンピースをはためかせる。神様の霧吹きがほんのりそこに加わって。つまり、にわか雨。

「ピンクは茶色にも、なるんだね」

 少女は鼻をふくらませて何度もまばたきをした。それから何度もその場で跳ねて言った。

「うん。茶色も新緑だね。五月は来たよ。葉桜の季節だよ」

 彼女に見とれていた男の子がそばに駆け寄っていきながら空を指した。もう片方の手で今まで動かなかった脚をぎゅっとつねって。

「虹だよ。五月には虹だってあるんだ」

 葉桜がまた風でざっと揺れて、男の子が気を取られていると、もう少女はどこにもいなかった。舞い上がった桜の花びらが青空に散っていくのが見えるだけだった。

#原稿用紙二枚分の感覚

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