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生死を分けた伊豆旅行⓵

毎年夏になると父の友達とうちの家族で、海か山へ1泊2日の旅行に行くのが定番だった。

父の趣味は多岐に渡るが、基本的には自然に親しむタイプの人だった。
親しむと言っても野草を愛でたりバードウオッチングしたりという親しむではなく、キャンプは山奥。野グソは常識。川の水飲むのは当たり前(湧水に限る)。海に行けば素潜り上等。焚き火はその辺の木を拾ってきてかまどを作って…という感じで、サバイバル感満載な遊びが父は好きだった。

この日は、父の友達のテレビ会社に勤めているTくん、ステンドグラスの教室をやっているO夫妻と、うちの家族で、南伊豆吉田というところへ行った。
昼は海岸で遊び、素潜りでとった魚を近くの民宿で捌いてもらい夕食にするという、自然満喫プランだ。

吉田海岸は岩場だったが開放感にあふれ、背の高さまで伸びた雑草、空の青さと海の青さのコントラスト、どこまでも続く地平線という絵に描いたような場所だった。
海岸近くに民宿があったのでそこで荷物をおいて、ついでに水着に着替える。母はパラソルやチェアを持ち、私は浮き輪とタオルを持って浜辺に行くが、この時点からすでに父がいないことに気づいた。

「あれ?お父さんは?」

母に聞くと、重い荷物を両手に抱え、斜めになった麦わら帽子の向こうからサングラスを直しながら
「とっくに海に行ったわね」と、げんなりした顔で答える。海パンとシュノーケルだけ持って、家族の荷物すら持たず一人行ってしまう父。母も私もいつものことなのでなんとも思わなかったが、それをみたO夫婦とTくんは苦笑いをして母の手伝いをしてくれた。

浜辺に着くと母はパラソルをたててから、O夫婦とおしゃべりタイム。Tくんも素潜りに行ってしまい、私は浮き輪をして膝丈ぐらいの浅瀬で一人、バシャバシャと遊んでいた。砂浜半分、岩肌半分という感じで泳ぐにはちょっと大変だし、生き物がいる感じでもないしという浜辺だった。
しばらく遊んでいると、海の中からカッパか半魚人か…何かがヌッと出てきた。が、それは案の定うちの父で、Tシャツと短パンのまま泳いだのか、服はびしょびしょで頭にシュノーケルをつけ、満面の笑みを浮かべて

「あっち!この岩場の向こう側!プライベートビーチみたいになってる!」

と叫び小さい半島を指差した。
そこには、小さい岩の島のようなものが陸続きにあり、岩山の上は木々が鬱蒼と茂りこんもりとした島肌?(山肌?)をしている。高さはマンション4階建て相当、長さは沖まで約50mぐらいはあるだろうか。見た目はミニ伊豆半島という感じだ。
父はそのミニ伊豆半島を超えて向こう側へ行こうと言っているのだ。

父のその提案に笑い出すO夫婦、興味を示して腕組みながら半島を眺めるTくん、嫌な顔をしてうんざりする私と母…。
半島は岩場を登って木々の間を通っていくルートと、沖までビーチボートで泳いでぐるっと回るルートがあるらしい。ちなみにビーチボートには荷物を乗せるのでだれも乗れないから、泳ぎに自信のないものは、ビーチボートに捕まっていくのだ。
父はこの短時間で両方試して上を登るルートは険しすぎるから私とうちの母(運動音痴でカナヅチ)は絶対無理だと思い、後者のルートを選んだ。母は猛烈に拒んだが、私の浮き輪をしていけば大丈夫だと父が言い出し、母が「それだとうましおちゃんが!」と拒み、しばらく小競り合いをしていたが、結局ボートに捕まって母も行くことになった。

ちなみにこのときわたしは小学四年生である。

つづく

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