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「至近要因」と「究極要因」:進化心理学のメスで人間社会を解剖する方法 〜 アニマルとしてのサピエンス、その心に潜む隠れた動機(Hidden motives)───心のわけを解き明かす「進化心理学/EvoPsy」とは何か:これからの時代を切り拓く50の思考道具 tool.4-1

己を知る? 私が己を知ったら、きっと逃げ出すだろう。”  - ヨハン=ウォルフガング=フォン=ゲーテ
私と狂人の違いはひとつしかない狂人は自分が正気だと思っている。私は自分が狂っていると知っている。”  - サルヴァドール=ダリ

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・今回のイメージソング:Fall Out Boy - My Songs Know What You Did In The Dark(俺の歌はお前が闇の中で何をしてたか知っている)



tool 4 : ✔️至近要因と究極要因(Proximate/Ultimate Cause)


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────さあ、またまた、進化心理学(Evolutionary Psychology)をやる上で、3本の指に入るほどの重要概念のお出ましだ。

至近要因と究極要因。


この概念は、動物行動学の研究によって、1973年にローレンツらとともにノーベル賞を受賞した、ニコ=ティンバーゲン(進化生物学者リチャード=ドーキンスの師だ)によって提唱された。

これは現在、マクロからミクロまで、全ての生物学研究の土台となっている枠組み(フレームワーク)だ。

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あらゆる生物学的事象に関する「なぜ(Why)」には、ティンバーゲンのいう「至近要因 / Proximate Causation」と「究極要因 / Ultimate Causation」という大きく2つの異なるタイプの説明が与えられる。


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ん、「なぜ」の説明が2通りあるってどういうこと?


カッコつけて難しく語るほどの概念じゃない。2秒で説明しよう。

たとえば、

Q.孤独はなぜつらく感じられるのか?


❶「至近要因」からの回答 ▷ 脳が社会的な痛みに反応してネガティブな情動反応を引き起こすから。


❷「究極要因」からの回答 ▷ 孤独を「つらい」と感じるような個体だけが自然淘汰を生きのびて進化してきたから


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────お分かりだろうか?

ようするに、至近要因とは「メカニズム」の説明、究極要因とは「なぜそんなメカニズムがあるのか」の説明である。

(違いがわからない?ちょっと待って)

「究極の理由」は、「至近の理由」が説明する「脳がネガティブな情動反応を引き起こす」ことの“理由”を問うているのだ。────そして生物学者は、その “理由” は「進化(Evolution)」だと考える。


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────「その理由は進化だ」とはどういうことか? 

tool.2「盲目の時計職人」でも説明したように、あらゆる生命体は「進化の生成-テストアルゴリズム」によって「機能的にデザインされた設計物」だと捉えられる。

(盲目の時計職人/the blind watchmakerは、現代の進化論の先導者、リチャード=ドーキンスによる造語だ)



そして、そのような「機能的にデザインされた設計物=サピエンスなどの生命体」については、そのようにデザインされた理由を見出すことができる。

“盲目の時計職人” は、いったいなぜ、そのように生命体(たとえばサピエンス)をデザインしたのか?────これが「究極の理由/Ultimate cause」である。


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なぁに、難しい話じゃない

───考えてみればクソほど当たり前の話なのに、俺たち生命体は進化によってデザインされている(=遺伝子のヴィークルとしての役目を必然的に担わされている)おかげで、「本能的盲目」に陥ることになっている。

俺たちサピエンスなどの「生命体」は、いわば “進化のマンハッタン計画” 遂行員としてのドント・ニード・トゥ・ノウ(=知る必要のないことを知らされない)な存在なので、自分の行動や振る舞いの「究極の理由」について、日常ではほとんど意識することがない。


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“「例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。成功を祈る。なお、このメッセージは5秒後に自動的に消滅する」”


────なんかSF映画じみた話に聞こえるだろうか。俺のおしゃべりに対して「何言ってんだこいつ…」と感じたキミは、いたって生命体として正常で、いたって生命体として健康だ。

なぜなら、生命体に与えられている「究極の理由/Ultimate cause」をひとたび意識してしまうと日常の世界がすっかり変容してしまうからだ。

はたしてそれは、映画「Matrix」でいう赤い薬(=真実の世界の姿を知ることができる薬)を飲むようなことなのだろうか?

────いいや。およそ、生命体にとっての "真実" とは、「究極の理由」を知らない世界線にある。

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(そして俺はなぜこんなに多くの比喩、メタファーを用いて「進化」を説明しようとするのか?:それは、このような“メタファー”こそが、サピエンスの脳に“概念認知”という作業を可能にしている────実際に脳の内部の処理において用いられている────ことが、近年示唆されてきているからだ。研究者は、これを「概念メタファー/Conceptual Metaphor」と呼ぶ。)


クソが、意味不明な話しやがって。”──そう感じてもらえたら嬉しい。この話(至近要因と究極要因)を知らない人に、はじめて聞かせる際の俺のメンタリティはいつも、完全にサルヴァドール=ダリなのだ。


(冒頭に加えてもう一発。)

私と狂人の違いはひとつしかない。私は狂っていない。」(The only difference between me and a madman - is that I'm not mad. )─ サルヴァドール=ダリ


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”生命体にとっての "真実" とは、「究極の理由」を知らない世界線にある。”


そう、tool.3「ウムヴェルト」でも説明したように、サピエンスを含め、生命体は通常「至近の理由/Proximate cause」の世界に生きていて、「究極の理由/Ultimate cause」の方を意識することはない。

────それはつまり、進化心理学者のヴィクター=ジョンストンに言わせれば、こういうことだ:

もしも、腐った卵が嫌な臭いを発し、身体組織が傷つくと痛みが感じられ、砂糖は甘いのだとすると、それは硫化水素ガスが嫌な臭いを有しているからではなく、皮膚に針が刺さったときそこから痛みが放出されるからではなく、砂糖分子の属性が甘いからなのではない。”
そうではなくて、人間の脳が、「遺伝子の存続」にとって有利であったり不利であったりするこの世界の出来事について、一般的な快感とか不快感というものを形成できるような神経組織を進化させてきたからなのだ。”

(V.Johnston 2000)

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「ウムヴェルト」に関しては以下を参考に


──────さて、狂ったトーンの話はこのへんでおしまいにして、当たり前の話をしよう。当たり前の話でも、狂人に語らせれば奇妙な話に思えてくる

そんな弊害が出る前にバトンタッチをして、進化心理学の概念を俺たちパンピーにわかりやすく教えるのが大得意な進化心理学者・ダグラス=ケンリックに、このnote稿のテーマ、「至近要因と究極要因」についてお話をしてもらうことにしよう。

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* * *



# 行動の〈至近の理由〉と〈究極の理由〉


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──────進化心理学者・ダグラス=ケンリックヴラダス=グリスケヴィシウスは、著書『The Rational Animal:How Evolution Made Us Smarter Than We Think / 邦題:きみの脳は「愚かな選択」をしてしまうのか』において、「至近要因(Proximate cause)と究極要因(Ultimate cause)」について説明する。


たったいま5ドルでトリプルチョコレートファッジブラウニーを一つ買った友人がいるとしよう。きみは友人がこの買い物をした理由が知りたい。そこで「どうしてそれを買ったの?」と尋ねる。友人は「お腹が空いたから」とあっさり答えるかもしれない。もし友人がもっと分析的な気分なら、チョコレートの風味が大好きで、焼きたてのブラウニーのたまらない香りに負けてしまったと話してくれるかもしれない。”
友人が自分の行動についてした説明は、生物学者が〈至近要因〉と呼ぶものに当てはまる。「至近」に当たる単語、proximateは「近いこと」を意味するproximityと同族の単語だ。至近要因は、比較的身近ですぐそばにある影響────たとえば、自分がいま感じたり考えたりしていること────の証拠となる。”

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至近要因は重要だが、物語のうわべしか語っていない。もっと深い問い、つまり、そもそもなぜブラウニーは美味しいのか、という問題には迫っていない。この深い問いが求めているのは、生物学者が〈究極要因〉と呼ぶものだ。究極の説明はもっと内面まで掘り下げ、行動の直接のきっかけではなく、その進化上の役割に焦点を当てる。”
〔究極要因では、〕ある傾向が祖先にとってどんな目的にかなっていたかが問題になる。ブラウニーの例なら、われわれ人類は、糖質と脂質が豊富な食べ物を見たり、においをかいだり、口にしたりするたびに、ぱっと明るくなる脳をもっている。ブラウニーをありがたがるメカニズムがあるのは、栄養豊富な食べ物など乏しいのが当たりまえだった環境で、祖先にとって高カロリーの食べ物に引きつけられることが、エネルギーを蓄え、生き残るのに役立ったからだ。────これこそが、もっとずっとヘルシーで低カロリーで無脂肪のケールより、脂肪と砂糖がたっぷりのブラウニーにほとんどの人が引きつけられる究極の理由だ。”

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“ きみの友人がトリプルチョコファッジブラウニーに5ドル出した至近の理由は、かぐわしい香りを好きだからかもしれないが、究極の理由は、脂肪と砂糖の多い食べ物を好むことが、生存という重大な進化上の課題を解決する助けになったからだ。”
あらゆるタイプの経済学者と心理学者が、ヒトの行動を考える際に主として至近の理由だけに関心を向けてきた。至近レベルでは、ヒトがほかでもない、ある特定の行動をとるのは、よい気分になりたいからだ。喜びや幸せや満足を得ようと努力し、痛みや悲しみや落胆を避けようとする。経済学者に言わせれば、すべての至近の目標は「効用(=utility, 満足度)」をもたらすことだ。ヒトが何かした理由を経済学者に問えば、返ってくる答えは例外なく効用だ。”

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“ たとえば〔経済学者の考えでは〕、わたしが200ドルをつぎ込んでオーストラリアのカフェ・シドニーで豪華な食事をしようと決めた場合、シドニー港の息をのむ景色や、繊細なスパイスを味わえる巧みに盛りつけられた多国籍料理や、ハンター・バレー産の極上のセミヨンから得られる効用のほうが、マクドナルドで10ドルを20回支払って得る効用より大きいと判断したことになる。”
意思決定に関する大量の科学文献を丹念に調べれば、人の選択がほとんど至近の理由で説明されているのがわかるだろう。その一方で、物語のあとの半分───行動の究極の理由───は、見事なまでにすっぽり抜け落ちている。行動の究極の理由はつい見落とされがちだ。見えづらいことが多いし、まして表面下でもっと何かが起きていることに気づいていなければなおむずかしい。”

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行動の至近の理由と究極の理由との結びつきが一目瞭然の場合もある。ブラウニーの例なら、「空腹だったから」などの至近の説明は、生存のためにカロリーを得るという究極の目標と明らかに結びついているため、ふたつの関連を意識するのはむずかしくない。────けれど多くの場合、行動の至近の理由と究極の理由との関連は、それほど明らかではない。”
渡り鳥が毎年移動するわけを考えてみよう。至近の理由は、日が短くなるからだ。日の長さが直接の合図となり、鳥の旅立ちの衝動を誘発する。しかし、鳥が渡りをする究極の理由は、日の長さとはなんの関係もなく、むしろ、最高の餌場と生殖地が季節によって変わることが関与している。”

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ムクドリモドキは、毎年恒例の米国メリーランド州ボルチモアからコロンビアのボゴタへの旅行へ出発すると決めるとき、日の長さと季節と生存と繁殖の関係を知っている必要はない。──────これと同じで、野鳥観察をするわれわれヒト科の動物も、自分の決定のきっかけとなった至近の誘因と、その背後にある進化上の究極の理由との関連に気づくことはほとんどない。”

(ここで先ほどの狂人が口を挟む)

──────ほらな、俺の言った通りだろう?

” 俺たちサピエンスなどの「生命体」は、いわば “進化のマンハッタン計画” 遂行員としてのドント・ニード・トゥ・ノウ(=知る必要のないことを知らされない)な存在なので、自分の行動や振る舞いの「究極の理由」について、日常ではほとんど意識することがない ”。


いま、ここで意思を決定するのに、自分の選択が祖先の成功とどう結びついているか理解する必要はない。エンジンキーをまわしてスーパーまで運転するのに、自動車の歴史や内燃機関の原理を知る必要がないのと同じことだ。
“ ──────とはいえ、自分の行動の究極の理由にいつも気づくとはかぎらないからといって、それが潜在意識レベルできみの選択に影響をおよぼしていないわけではない。”

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──────ここまでのケンリックの説明で、なんとなく「至近要因」と「究極要因」という生物学的概念の輪郭がつかめてきただろうか?

この概念を把握することは進化心理学 / Evolutionary Psychologyの超・超・超キソでもあるので、ぜひともしっかりおさえておいてほしい。

さて、ケンリックはここで注意を呼びかける。

通常の心理学者が(しょーもないアンケートとか取って)研究する「至近の理由」と、進化心理学者が注目する「究極の理由」は、けっして矛盾しないのだ

(心理学者が生物学をまったく無視したバカげたことを言っていたら別だが──────たとえば、”死への欲求”とか。)

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究極の説明と至近の説明は矛盾しない。だれかがブラウニーを買った理由について、空腹だったから(=至近の理由)か、砂糖と脂肪の豊富な食べ物が祖先にとって生存という進化上の課題を解決するのに役立ったから(=究極の理由)かを議論するのは無意味だろう。"
" むしろ、ふたつのレベルの説明は互いを捕捉しあう。至近の説明は、表層で起きていることを説明する。究極の説明は、より深い進化レベルで起きていることを説明する。"
" なぜヒトの選択の究極要因を気にする必要があるのだろう。ひとつには、本人による至近の説明からは、ヒトの行動について、不十分でときに不満の残る理解しか得られないからだ。たとえば、排卵期の多くの女性がセクシーなドレスを買うのを観察した経済学者が、月経周期のその時期の女性はセクシーな衣服がとりわけほしくなるのだと推論するかもしれない。けれど、この事実だけでは理由について何ひとつわからない。”

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本人による至近の説明からは、ヒトの行動について、不十分でときに不満の残る理解しか得られないからだ ”──────これについてはサピエンスの脳に進化的に備わっている「インタープリター」という装置(M.Gazzaniga 1985)についての説明をのちの稿で行うことにしよう。


もっとはっきり言えば、従来の大半の科学者なら、女性の購買決定が排卵周期に左右されるかどうか調査することすら思いもよらないだろう。万一、購買決定と排卵周期の関係をたまたま発見したとしても、排卵期にセクシーに振る舞うのは不合理だ(Irrational)と結論づけるかもしれない。────というのも、表層レベルでは、現代の女性買い物客もストリップショーのダンサーも、妊娠することに自覚的な関心がまったくない可能性があるからだ。実際に起こっていることを十分に理解するには、内面まで掘りさげなければならない。”

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" 内面をのぞき込み、われわれの行動の根底にある究極の理由について考えることは、そのままでは奇妙に見えかねない決定を理解する有用な手がかりになる。たとえば、行動経済学者は、意思決定の無数の誤りやバイアスやゆがみを明らかにしてきた。しかし彼らは、失態を連ねた長いリストをつくってみせるだけで、ヒトがそのような失敗を犯す根底にある要因についてはなんの理論も用意していない。"
" 一方、進化心理学は失敗の理論を提示している。本書で述べるとおり、この「失敗の適応説」は、無分別(Irrational)に見えかねないわれわれの決定に隠された知恵を正しく認識するのに役立つだけでなく、ヒトがどんな失敗を、いつ犯すか、前もって予測することも可能になる。"

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(D.Kenrick & V.Griskevicius 2013『The Rational Animal:How Evolution Made Us Smarter Than We Think / 邦題:きみの脳は「愚かな選択」をしてしまうのか』より)

* * *



# 俺たちが住む現代の情報社会には、進化心理学が扱う「究極の理由/Ultimate Cause」ではなく、「至近の理由/Proximate Cause」ばかりが溢れている


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────さて、俺たちが住む21世紀の情報社会には、生物学における「至近要因」と「究極要因」のうち、前者の「至近要因 /Proximate Cause」からの説明だけが、これでもかと溢れている

サピエンスという動物に関するアレコレは、たいてい「究極要因」からは説明されない。


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────その一因に、近代医学や生理学のすさまじい発展があるかもしれない。

20世紀の生物学界は、華やかな化学や医学の影響を受けて、究極要因よりも至近要因(=化学的/生理学的なメカニズムなど)の解明を目指す流派(=ミクロ生物学)が多勢を占めていた。

20世紀のミクロ生物学者たちは、「生物学」とはいいながら、一般人がふつう「生物」と聞いて思い浮かべるものとはまったく違うジャンルにごっそりハマっていた。

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────彼らは顕微鏡の中の「細胞」を四六時中眺めることに時間を費やした。それは化学的なシステムで、難しい化学式によって記述することができた。

ミクロ生物学者たちは、ダーウィンのように「アニマル」への興味を持たなかった。実験室の外に出て、フィールドワークをするなんてめんどくさい。白衣を着て、毎日実験をして、難しい数学や化学を振り回していた方が、サイエンティストとしては価値ある道だと信じたのだ。

(実際そうじゃん!ノーベル賞には医学・生理学賞はあっても、生物学賞とか進化論賞なんてもんは無いぜ!!)

それに、20世紀のミクロ生物学者たちは「進化論」の威力を過小評価していた

────ただの結果論(afterthought)にどんな意義があるっていうんだ?

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彼らは浅はかだった。

自然選択による、生と死────あるいは安定と崩壊────という"結果"(=いいかえれば"統計")こそが、この宇宙でもっとも強力なエンジンになっている

という哲学的な観点から、物事を突き詰めることができなかったのだ。

この言葉を再び上げておこう:


“ 進化心理学者のレダ・コスミデスとジョン・トゥービーの言葉を借りれば、進化は「現実世界でありえたデザインの選択肢それぞれの行く末を無数の世代にわたる無数の個体について調べ上げ、その統計分布によってそれらの選択肢を評価する」。”

“ …こうして進化は直近の過去に何が成功したかについて全てを知る。それは誤った結果や教書的な結果を捨て去り、当て推量や推論、あるいは過度の理想化に訴える必要がない。実際の生物が実際に遭遇する環境における統計的結果に基づいているからだ。” 

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(M. Ridley 2015)

(そう、それが「究極要因/Ultimate cause」だ。)


────だが、そういった究極要因の学問である進化論とまさに正反対のポジションに座する学問体系の代表が「医学」なのだ

"至近要因"を解明する学問である)。

医学は"メカニズム"についての学問だ。メカニズム(Mechanism)とは"機械装置の仕組み"のことで、医者は人体メカニズムの仕組みを熟知している。

そんな彼らに言わせれば、

「なぜ」とは、「メカニズムがどうなっているか」という疑問のこと


になるのだ。


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────たとえばいま、小学生になった気分で、医者に「なぜ涙がでるの?」と聞いてみよう。

医者は、涙がでるメカニズム(=情動性の涙が生じる生理学的&神経科学的メカニズム)をくわしく教えてくれるだろう。


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きみはその難しい話を一通り聞いたあとに、

メカニズムはわかった。それじゃあ、なぜそんなメカニズムが人間に備わっているの?

と質問してみよう。

医者からは、

わからない。とにかくそうなっているんだ

と返ってくるかもしれない。

(ここで物理学者が口を挟む:「よくやった!パーフェクトな回答だ!!!」)


────さぁ、話は終わりだ。面倒臭い「なぜなぜゲーム」はもうおしまい!良い子は寝る時間だよ!!


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ふざけるな。俺たちは駄々っ子だ。なぜなぜをまだまだカマしてやろう:

"寝る時間って?なんでこんなに早く寝なきゃいけないの?!!"

えっ、なんでだろう?

────「あなたの体に悪いからよ

:いいや違う。

────「(あなたがいつまでも起きてると)わたしの都合に悪いからよ

:正解。もちろんそうだ。

親は子ども専属のナースなのだ。ナースは面倒くさい患者にはさっさと意識を失ってもらいたい(=寝てほしい)と思っている。:────午後9時だって?!まったくイカれた消灯時間だが、そういえば修学旅行でもそうだった。

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# ちょっと寄り道:サピエンスが行う「理由を提供しあうゲーム」


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(:のちに説明するが、サピエンスという動物はその認知特性から、つねに社会において「理由を提供しあうゲーム」を行う。これはウィルフリッド=セラーズが “理由の論理空間/the logical space of reasons の創出” と呼んだサピエンス独自の活動で、それは種の神経系の特質と、ミーム=文化特性の両方に由来する)
(:上述の理由から、俺たちサピエンスの社会にはなんの説明にもなっていない理由がはびこっている。なぜ、サピエンスはなんの説明にもなっていない理由が提供されても、それに "納得" してしまうのか?答えは、"納得" することが目的だからである。そこに理由らしきものがちゃんとあると分かって、「理由の不在」という、サピエンスが進化によって独自に有している小さな不快感────だから子どもはなぜなぜゲームをやりたがる────が "解消" されれば、サピエンスの神経系は快を得る。)

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────このことをスタンフォード大のアリソン=ゴプニックは「説明欲求/the drive for causal understanding」と呼び、赤ん坊にもこれが生得的に備わっていることが確認されると言う。

サピエンスの大脳は、外界から得られる無数の情報からたえず仮説形成&理論構築を行うが、それ(=その生物学的行為)を可能にしている生物学的基盤こそが「説明してほしい」という欲求、あるいは不快感の存在なのだ。

なぜ雷はゴロゴロなるの?────神様が怒っているからだよ。

:なるほど。(満足)

(おっと、思いがけず、宗教の登場だ!)

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参考:アリソン・ゴプニック:赤ちゃんは何を考えているでしょう?(TED)


(:例を挙げよう。一緒に食事をしていた相手が、いきなり「ちょっと失礼します」とだけ言って席を離れると俺たちは不安を覚える。その不安を解消するには?────「なぜ」の理由が見つかる or 与えられることだ。:しかし、ここで、その理由はなんでもいい。たとえ相手が席を立ったじつの理由が「浮気がバレて怒り狂っている彼女へのLINE対応」であっても、「すいません、ちょっとお手洗いに」とかの定型フレーズをもらえれば良いのだ。────なぜなら、理由もなく席に残された状況の俺たちにとっては、ただ、"理由の欠落"という不安を埋めたいだけだからだ。)

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(:なぜ俺たちサピエンスの脳のシステムは、理由の欠落を埋めたがる[ように進化してる]の?────きみもなぜなぜゲームが好きだね。tool 14: インタープリターの回で説明することにしよう。)
(:サピエンスという動物が「説明」を与えられてそれに"納得感"を抱いて満足するとき、その一連の生物学的活動は、きちんと結実することもあれば、"空回り"に終わっていることも多い。:これは性欲に喩えると分かりやすい。ムラムラしたら、それを "解消" したい。女の子とデキれば最高だが──「結実する」が────、大抵の男は右手でさっさとそれを解消したいだけなのだ。:“ 理由 ” をさっさとこしらえてその不快感がおさまればそれでいい。)

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(:────だからこそ、サピエンス社会にはお粗末な理由が溢れている。それはお粗末なシコネタが繁茂しているのと同じく、サピエンスの脳のニーズを手っ取り早く満たすためだけに提供されており、3分で出来上がるカップヌードルだ。: さあもう寝なさい。なんでこんなに早く寝なきゃいけないの? あなたの体に悪いからよ。)


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────さて、「理由(Reason)」というものを取り扱うメンドくささをご理解いただけただろうか。


サピエンスの脳は「理由」が大好きだが、多くのサピエンスは“ 理由の不在 ” という欠落感を手っ取り早く埋めてくれるものならどんな説明でも満足する(=彼らは結局のところムラムラを解消したいだけなのだ)ので、それがまるで物事の本質的な説明にはなっていなくとも、十分に足る「理由」として受け容れる。

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────はじめの話を振り返ると、「孤独はなぜ辛いの?」と問われたとき、至近要因から物事を説明するタイプの科学者は、

“ 脳の背側前帯状皮質という身体的な痛みに反応する部分が、社会的な痛みに対しても同様に活性化することがわかっています。神経系の活動の結果なんですよ (N.Eisenberger, M.Liberman, & K.Williams 2003) ”

と答えたりするかもしれない。


そしてそれは「メカニズム」の説明だ。

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────たしかに、俺たちはそういう説明を聞けば、理由の欠落が(見かけ上は)埋められて、「はえ〜、そうなのね」と満足するかもしれない。

しかし、そこでムラムラを手っ取り早く解消してしまうのではなく(ムラムラをただ解消するように動機付けられているのだからこれは難しいが)、もっと本質にまで踏み込むことが大切だ。

────それがさっき言った、「なぜそんなメカニズムが俺たちサピエンスの脳に備わっているのか」の問いにまで進むということ、すなわち「究極要因/Ultimate Cause」の領域に踏み込むということなのだ。


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繰り返し述べているように、医学や生理学(そしてもちろん化学や物理学)は、「至近要因/Proximate Cause」を探る学問だ。物事のメカニズムが内部でどうなっているのかをただ解明するだけなのである。

しかし、生物学の分野では、そういった研究はおもにミクロが担当する(生化学や分子生物学など)領域だ。

ダーウィンにはじまるマクロな生物学(進化生物学、動物行動学、社会生物学、行動生態学、霊長類学、進化人類学、比較認知科学など)は、至近要因よりも、おもに究極要因の方に重きを置く

(そして社会科学はどうだろう────?)

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ここまで聞いても、至近要因と究極要因(あるいは至近の理由と究極の理由)の違いがさっぱりわからない、という人がいるかもしれない。

それは俺の説明がへんに回りくどいせいかもしれない(いや俺マジ親切)。誤解を恐れず、手っ取り早く端的に言おう。:

至近要因からの説明とは「How?(どのように)」に答えるものだ。他方、究極要因からの説明とは「Why?(なぜ)」に答えるものだ。


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物理学や化学の世界には "How "しかない。物質世界に存在するのは、「とにかくそうなっている」ということだけだからだ。

しかし、生物学の世界には、"Why "と呼べるものが存在する。────そのことは、tool.2の「進化医学」の説明からすでに示した。

「進化医学」という新しい学問分野は、その代表的な啓蒙書である「Why We Get Sick/邦題: 病気はなぜあるのか」のタイトルが示す通り、病気という生物学的事象を前にして、そのHowではなく、Whyを研究する

なぜWhyが存在すると言えるのか?生物学者は「生物とは"盲目の時計職人"によってデザインされた機械だ」という見方に立つからだ。


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生物界には、創造論者がいうような「インテリジェントデザイナー」は存在しないが、進化生物学者のリチャード=ドーキンスや進化論哲学者のダニエル=デネットが言うように、” 進化の生成-テスト・アルゴリズム”がそれ(=デザイナー)と似た働きを実行する

物質界には生死はないが、生命界には生死が存在し、その「生きのびるか死ぬか」は"ランダム"には決まらない。────生命界のサイコロには「当たりの出やすさ」が存在し、ふるい分けアルゴリズムに掛けられつづける中で、テーブルの上には最終的に、何らかの意味で「仕組まれたサイコロ」だけが残っていく

────これが自然選択(=淘汰)である。

(カジノで勝ち続けてるヤツは、腕が良いか、仕組んでいるかのどっちかだ。それは"仕組まれた結果"であって、ただのラッキーではない)

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(▲リチャード=ドーキンスのバイオモルフ)


勿論、俺たちサピエンスも進化の産物だ。しかし俺たち自身は、まさか自分が「仕組まれたサイコロ」だなんてことには気づいてない。;だが、そうなのだ。


────それを嬉々として暴露しちゃうのが進化心理学者たちである。(きみの心は仕組まれている!!気づいていないでしょう?)

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さて、キッズは問う。

Q.「なぜ人間は雨が降ると傘をさすの?

大人は答える。

A.「雨に濡れるのがイヤだからよ

────キッズは理由の不在が満たされて、キモチよくなって満足するかもしれない。しかしもうちょっと探求的なキッズならさらに追撃するだろう。

Q.「なぜ雨に濡れるのがイヤなの?

さて、これより先の大人の回答は3分どころか3秒で作られたカップヌードルである。大人たちはそんなことを普段考えたこともないのだ。

大人たちはなぜなぜキッズに呆れてこう思う:「はぁ、ウゼエ。。。とっさのでっち上げでこのガキを言いくるめるしかねえな

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────ちょっと待って奥さん!その疑問、生物学が解決しますよ!


ここで21世紀に生きる現代の生物学者には二つの選択肢がある

至近要因から「雨に濡れる=不快」という感情を生じさせる体内のメカニズムを説明するか、究極要因から「進化という原因」を語るかである。

・参考:これについては以下を参考に。(世の中の親っさん!キッズは究極要因からの説明を求めているんだよ)> 昆虫学者・丸山宗利先生の『子ども科学電話相談』での心がけ「質問に対し至近要因的な説明ではなく究極要因的な説明をする。小さいお友達はそれを求めていない。



さて、至近要因からメカニズムを説明するか、究極要因から「進化という原因」を語るかという選択において、後者の方針を人類史上初めて採用した人物こそ、かのチャールズ=ダーウィンだった。


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────えっ、そうなの?と思う人がいるかもしれないが、当たり前だろう?;

だって後者の選択肢は、まさにダーウィンがつくりだしたんだから


「雨に濡れるのが不快」といった生理メカニズムが、なぜ、あるのか?────それは「セックスするのが快感」といった生理メカニズムが存在するのと同じ理由だろう。

すなわち、進化だ。


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自然選択(=淘汰)の結果として、雨に濡れるのを不快と思うホ乳類個体のほうが、そうは思わないホ乳類個体よりも(体温の維持を図って生きのびやすいという意味で)生存戦略上は有利になるのであり、世代を超えて、相対的に子孫をいくらか多く残すことになる。

(俺はさらに、雨になると一般に人々の気持ちが憂鬱がちになるのも、洞窟などの雨に濡れない場所=家にサピエンスを閉じ込めておくための適応だと仮説を立てているのだが、だれか確かめてほしい)


注意。ここで、生物個体そのものは、「雨に濡れることを嫌う合理的な理由」を理解しているわけではない

(俺たちサピエンスだってふつうはそうだろう?:理由を理解する前に、理由が先立っているのである)。

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ダン=デネットが強調するように、進化史においては、「(生きのびるための)有能性/Competence」が先に発達した

一方、「理解力/Comprehension」というものは、比較的最近になってから、俺たち人類やその他知的動物の登場によって進化的に遅れて発達した。

────その結果として、自然界には、自分がそうすることの「Reason(理由)」は知らないけれど、何をすべきかは知っている(=いや、知っているというよりは、たんに「出来る」)という存在が跋扈しまくっている。


たとえばバクテリアは、進化の結果、クオラムセンシングなどの非常に複雑な生物学的生存戦略を駆使するようにできている。

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・参考:クオラムセンシング


しかしもちろん、このようなバクテリアが有する「有能性/Competence」には、俺たちサピエンスが有するような「理解力/Comprehension」は伴ってはいない。

クオラムセンシングの「やり方」や「ロジック」をアタマで理解しているバクテリアなどいないのだ。────それは、地球上における「理解力=ロジックを解する力」の権威、俺たちホモサピエンスですら、後追いで追いかけているものなのだから。

バクテリアがクオラムセンシングについて、その「やり方(How to)」を理解していなくともクオラムセンシングを実行できるというのは、母国語の文法のロジックを理解していないくせに喋りはじめる赤ん坊がいるのと同じだ。

・参考:言語獲得装置(LAD: language aquisition device)Chomsky 1965

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生命界には、生命体がみずから「説明」することはできないが、「実行」することは可能だというタイプの、複雑なアクションが無数に存在する。


たとえば「代謝 / metabolism」という、体内で行われているアクションを理解するのは非常に難しい(=たいていの人はそのやり方を説明できない)が、だからといって、代謝のハウツーを理解できない人間が、代謝を実行できないわけではない。

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(もしそんなことになったら、みんな生化学の授業に必死に取り組むことになるだろう────理解できなかったら、死ぬしかないんだから!)


 




──────以下、Part.2に続く。







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類人猿の一種・サピエンスの行動生態の考究。ダーウィン進化論と進化心理学の知見からHuman Mating Strategyを構築する (motto:Rage, against the dying of the light )