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今から俺が本当に異世界へ行った話をする

 実に困った状況になった。隆のヤツとはぐれちまったんだ。ヤツは昆虫型の異星人のあとを追いかけていて……。いや、申し訳ない。話が飛躍し過ぎた。いきなりこんな話をされても一体なんの話だ?ってことになるよな?俺もテンパって、話す順番がめちゃくちゃになってた。少し時間を戻そう。どうして俺たちがこんなわけのわからない世界に迷い込むことになったのかについて。……一応、断っておくけど、結構信じられないような内容になると思う。

               一

 俺が隆のアパートに遊びに行ったのは、こんなふうになる前の二日前だった。べつに何か特別な用事があったわけじゃない。ただなんとなく遊びに行ったって感じだ。夏休みで、特にやることもなくて、それでふと思いついたのが隆の家に遊びにいくことだった。

 少し順番が前後するようだけど、隆っていうのは俺の大学の友達で、たまたま授業で席が隣同士になったことから親しくなった。

 えっ?俺がどこの大学に通ってるかって?自慢じゃないけど、全然有名な大学じゃないよ。多分言ってもわからないだろうから、一々ここには書かないけど、少なくとも東大とかみたいに、へー。すごいねぇ!って、みんなが目を見張って感心してくれるような大学じゃない。……まあ、要するに三流大学ってことだ。で、俺と隆はその三流大学の経済学部に通ってる。ついでに説明しておくと、俺と隆は同い年で二十一歳。ルックスは可もなく不可もなくってところ。芸能人に成れる程容姿が整ってるわけじゃないけど、でも、まあ、そんな、劣悪って程でもない。過去には言い寄ってくれる女の子もいたし、彼女だっていたこともある……隆もだいたい俺と似たような感じなんじゃないかな?少なくとも、醜男ってことはないと思う。背の高さは俺が百七十六千センチで、中肉中背。隆はちょっとやせ形で、背の高さは百七十センチくらい。髪の毛の長さは、隆が、前髪が眉にかからないくらいの長さで、それを少し栗色に染めている。俺はかなり髪の毛は短くしていて、ほとんど坊主頭に近い。染髪はしていない。もう少し付け加えておくと、隆はどちらかというと女の人のように綺麗な顔立ちをしている。目はぱっちりとした二重で、色は白い。多分、男に生まれるよりも、女の方に生まれていた方が良かっただろう。少なくとも、その方が、今よりも異姓に持てていたはずだ。一方、俺はというと、醤油顔っていうんだろうか?所謂日本人風の顔立ちで、目も鼻も小さい。そして目は一重で細いから、いつも怒っているのかと間違われる。

 で、何の話をしていたんだっけ?かなり話が脱線してしまったようだが、とにかく、その日、俺は隆の家に遊びに行ったんだ。暑かったから、近くのスーパーでアイスを買ってそれを手みやげにして。俺は隆の家までチャリで向かった。確か、俺が隆の家を訪ねて行ったのは、多少暑さもやわらいだ夕方頃だった思う。

 俺が隆の家のインターホンを押すと、隆が部屋のなかから眠たそうな顔で姿を表した。実際、俺がラインでこれから遊びに行っても良いかってメールをしなかったら、隆はこれから昼寝をしようとしていたところだったらしい。

 俺は手みやげに買って来た、ガリガリ君の入った袋を隆に手渡すと、早速の隆の家のなかに上がらせてもらい、部屋の中央に鎮座するようにある、カリモクの二人掛けのソファーに腰を下ろした。隆の家にはもう何度も遊びに来ていて、隆の家は半分我が家みたいな感じになっている。隆の部屋は北欧風のインテリアで統一されていて、なかなかにオシャレだが、しかし、そんなことはどうでも良く、ただただ今は隆の部屋の涼しさが有り難かった。何しろ俺は夕方になって多少マシになったとはいえ、気温三十度を超える炎天下のなかを、二十分近くも自転車を漕いでここまでやってきたのだ。隆の家に辿り着いた頃には全身汗ばんでいて、不快度指数はリミッターを振り切りそうになっていた。だから、隆が部屋の冷房をガンガンに効かせてくれていたのはマジで有り難かった。まるで灼熱の日差しが照りつける砂漠の世界から、一瞬にして、氷点下四十度の氷の世界へ移動したような感じ。すずしーいー!って叫びたくなる。もちろん、そんなことをしたりはしないが。それまで全身に吹き出ていた汗の粒もまるで逃げ惑う虫たちのようにどこかへ退散していく。俺はしばしのあいだ目を閉じて、隆の部屋の涼しさを味わっていたが、ふと思い出して俺は閉じていた目を開いた。隆は部屋の冷凍庫のなかに、俺の買って来たアイスをしまい終わったところだった。

「なんか飲む?」

 隆は俺の方を振り向くと、訊ねて来た。俺は頷いた。

「何がある?」

 俺は確認してみた。

「コーラとアイスコーヒーがあるけど?」

「じゃ、コーラで」

 俺は即答した。

「了解」

 隆は俺の顔を見て微笑してそう答えると、グラスを準備して冷蔵庫を開き、そこからからペットボトルに入ったコーラを取り出した。それから、ペットボトルの蓋を開け、さっき準備したグラスのなかにそれを注ぐ。すると、その途端、シュウっていう、炭酸の弾ける涼しげな音が部屋のなかに微かに響いていった。その音を聞いているだけで、俺は口のなかに、柑橘系の、さわやかな感じのする味が広がって行くのを感じた。隆は再び冷蔵庫の扉を開けてコーラの入ったペットボトルをしまうと、グラスに入ったコーラを手に持って、ソファーに腰掛けている俺のところまで歩いて来た。そうして、その手に持っていたグラスを、ソファーの前にある茶色のテーブルの上に置く。

「サンキュー」

 俺は隆の顔を一瞥してそう言うと、隆の用意してくれたコーラを、一息に半分程飲んだ。美味い!って、ちょっと感動した。体が水分を欲していたせいか、その飲んだコーラはいつも飲んでいるコーラの百倍くらいは美味しく感じられた。大げさかもしれないが、まるで体中の、乾いてパサパサになっていた細胞が潤って、蘇っていくような、そんな感覚を覚えた。と、そんな感動が表情に出でいたのか、

「やけに美味そうに飲むね」

 と、隆は俺の顔を見て、可笑しそうに口元を綻ばせて言った。

「なにしろ、外は暑かったからね」

 俺は隆の顔を見やると、苦笑するような笑みを浮かべて答えた。

「文字通り、暑さで溶けるかと思ったよ」

 隆は俺の言葉に愉快そうに少し笑うと、近くのフローリングの床の上に直接あぐらをかいて腰を下ろした。

「で、今日はなんか用事があって来たのかい?」

 と、隆は改まった口調で訊ねて来た。

「いや」

 と、俺は短く答えた。

「べつに特にこれといった用事はないよ。暇だったから、ふと隆の家に遊びに行ってみようかと思って」

「なるほどね」

 と、隆は俺の顔を見ると、少し困ったように口元の両端を軽くつり上げた。

「遊びに来てくれるのはべつに構わないけど、でも、ここへ来たから来たからといって、特に何か面白い体験ができるわけじゃないよ?」

 俺はそんなことは承知しているというふうに短く顎を縦に動かした。それから、無言で手にしていたコーラを少し飲む。

「今日は何してた?」

 俺はそれまで手にしていたグラスをテーブルの上に戻すと、隆の顔に眼差しを向けてなんとなく訊ねてみた。

「べつに何も」

 隆は俺の問いに困ったような微笑を浮かべた。それから、ちらりと勉強机の方へ視線を向ける。俺は隆の視線の先を辿ってみた。すると、勉強机の上にはノートパソコンが置かれていて、それはついさっきまで使われていたことを示すように電源が入っていた。今、パソコンの画面は、スクリーンセーバーになっていて、緑色と青色の光がまるでダンスでも踊るように揺れている。

「パソコン使ってたんだ?」

 俺は見たまんまの感想を述べた。

「うん、まあ、ちょっとね」

 と、隆は俺の顔に視線を戻すと、苦笑するような笑みを口元に覗かせて答えた。

「例によってオカルト系の情報を検索してたのさ」

「好きだね。そういうの」

 俺は隆の笑顔に誘われるようにして少し笑った。隆は都市伝説系の話が好きで、ことあるごとにそれらの話題を口にしていた。フリーメイソンだとか、UFOだとか、UMAだとか、そういう類の話。荒唐無稽。超科学的な話。でも、まあ、俺もそういった類の話は嫌いではなく、テレビで特番なんかがやっていたりすると、バカバカしいとは思いつつ、つい、見てしまう。

「で、今日はなんのことについて調べていたのよ?」

 と、俺は気になったので水を向けてみた。

「知りたいかい?」

 隆は俺の顔を見ると、不敵な笑みを口元に浮かべて勿体をつけた。

「なんかすごい発見でもあったのか?」

 俺はまんまと隆の誘いにのせられる形になった。隆はもともと口元に浮かべていた笑みを更に一段階深めた。

「いやさ、今日は暇だったから、ずっとユーチュウブの動画を見ていたんだよ。そしたらさ、そのなかでたまたま面白い動画を見つけてさ」

「なんだよ、その動画って?」

 俺は言ってから、思い出してテーブルの上のコーラを手に取って飲んだ。それでコーラは無くなってしまった。俺はいくらか名残惜しい気持ちで、手に持っていたグラスをまたテーブルの上に戻した。

「それはパラレルワールドに関する動画でさ」

 隆は得意そうな笑顔で話し出した。

「達也もパラレルワールドは知ってるだろ?」

 俺は隆の問いに頷いた。パラレルワールドというのは多世界解釈のことだ。俺も詳しいことは知らないんだが、量子力学の世界ではわりとこの考え方は有名らしい。俺の乏しい知識によると、多世界解釈というのは、人間が選択をする度ごとに無限に世界は分岐して増えて行っているのではないかという考え方を言うらしい。たとえば俺が朝コーヒーを飲むか、紅茶を飲むか迷ったとする。で、結局、コーヒーを飲むことにしたとする。すると、このとき、世界は分岐してふたつに増えることになるらしいんだ。つまり、どういうことかというと、コーヒーを飲むことにした俺がいる一方で、紅茶を飲むことにした俺もべつの世界にはちゃんと存在しているらしいんだ。そして更に興味深いのが、その分岐して枝分かれしたもうひとりの俺がまたべつのタイミングで何らかの選択をすると、またその時点で、べつの俺が生まれることになるらしい……と、こんなふうに、この宇宙には途方も無い数の俺、または世界が存在することになるらしい。とても信じられないような話なんだが、偉い学者先生の話によると、これがあながちあり得ないことでもないらしい。

「で、今日見ていた動画なかで、ミチオ・カクっていう、日系外国人の理論物理学者が面白い説を唱えていたんだけど、それによると、パラレルワールドっていうのは、ひとつの空間の上に重なって存在しているかもしれないらしいんだよ」

 と、隆は俺の思考の外で話し続けた。

「それぞれのパラレルワールドにはそれぞれの振動数みたいなものがあって、それによって実はパラレルワールドはひとつの空間の上に重なって存在しているにもかかわらず、分離独立して存在することが可能になっているかもしれないらしいんだ」

「……つまり?」

 俺は隆の言わんとしていることの意味がよくわからなかったので、眉根を寄せて隆の顔を見据えた。

「つまり」

 と、隆は俺の顔を見返して言った。隆の目の見開き具合からして、隆がかなり興奮しているのが伝わってくるようだった。

「つまり、俺たちの目には見えないわけだけど、実は今俺たちが過ごしているこの空間状には、べつの世界がたくさん重なって存在しているってわけだよ!なかには六千五百万年前に巨大隕石の衝突が起こらなくて、恐竜が絶滅しなかった世界だって存在しているだろうから……そうすると……といっても、残念ながらそれを俺たちがこの目で見て確認することはできないわけなんだけど、でも、理論上は、今俺たちがいるこの部屋のなかを、べつの、重なって存在しているはずの空間上では、恐竜が動きまわっている、なんてこともあり得るわけなんだよ」

「それ、マジかよ!」

 俺は隆の話に軽く笑って言った。

「もし、それがほんとうだとしたら、チョー面白れぇな!」

 隆も俺の言葉に楽しそうに微笑して頷いた。

「でも、実際」

 と、言って、隆は真顔に戻ると、言葉を続けた。

「これってもしかすると、パラレルワールドの話なんじゃないのっていう事例が、俺が知っているだけでも結構あったりするんだ。まあ、そのほとんどは例によってネットで見たものだから、いまひとつ真実味に欠ける部分はあるんだけど、でも、ひとつ、直接俺が聞いた話があってさ……それは何かっていうと、昔、俺が付き合ってた彼女がしていた話なんだけど」

「なに、どういうことだよ。それ!?」

 俺は隆の話に思わず前のめりになって訊ねた。

「まあ、これも直接俺が体験したわけじゃないから、やっぱりほんとうかどうかはわからない部分もあるんだけどさ……」

 と、隆は微笑してそう前置きすると、話しはじめた。

「それはもとカノが修学旅行へ行ったときのことらしんいだ」

 と、隆は言った。

「具体的にどこへ行ったのかまではちょっと覚えてないんだけどさ、とにかく、そのとき、彼女は修学旅行で、どこかの城へ見学に行ったらしいんだ。で、途中で彼女はトイレに行きたくなって、それまで一緒に行動していた友達と別れて、ひとりでトレイに向かったらしい」

 隆はそこで言葉を区切った。俺はちゃんと話を聞いていることを示すように頷いてみせた。

「でも、そのとき、妙なことが起こったらしい」

 隆は一拍間をあけてから言葉を続けた。

「妙なこと?」

 俺は隆の言葉を反駁した。隆は俺の言葉に俺の顔を一瞥して首肯すると、言葉を続けた。

「うん、というのは、彼女はトイレに行こうとして、いつの間にか、変な空間に迷い込んでしまったらしいんだ」

「変な空間?」

 と、俺は隆の言った言葉をまたおうむ返しした。

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