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失われた大陸

 僕は今、松橋の住むアパートのドアの前に立っていた。松橋が住んでいるのは、都心からやや離れた、ごく平凡な鉄筋コンクリート造りのアパートだ。僕はもう何度も松橋のアパートには来たことがある。しかし、今回の訪問は、いつもといささかその事情を異にしていた。

松橋と連絡が取れなくなったのは、今から三日前のことだ。ラインも電話もメールも一切繋がらない。まあ、松橋にもいろいろと事情はあるだろうから、一日や二日、忙しくて連絡を取る暇もないということはあるだろうが、しかし、それが三日にも渡って続くと、いささか奇妙……というか、心配にもなってくる。彼に何かがあったんじゃないか、と。いくら忙しいといっても、電話の一本や、二本、するくらいの余裕はあるだろうし……それに、僕には少し気になっていることがあった。というのは、僕たちは、松橋と連絡が取れなくなる一日前、ある奇妙な、一通のメールを受け取っていたのだ。そこにはこう書かれてあった。これ以上、動画の配信はするな、と。届いたメールアドレスは全く見覚えのないものだった。試しに、動画を配信するなとはどういうことか?と確認のメールを送ってみると、そのメールは宛先不明でこちらへ送り返されてしまった。つまり、メールの送り主は、僕たちにメールを送信したあと、何故かすぐにそのメールアドレスを変更してしまっていることになるのだ。

 少し順番が前後するようだけれど、僕たちはユーチュウブという動画投稿サイトを使って、自分たちで作った動画を配信している。そしてそれによって僅かばかりながら収入を得ている。最近はようやく僕たちの配信している動画にアクセス数が集まりはじめたところだった。どういった動画を配信しているのかというと、所謂、ちまたに溢れている都市伝説に、自分たちなりの仮説や、解釈を加えていくというスタイルのものである。

 実は、僕たちと似たようなことをしている連中はたくさんいるのだが、松橋はお笑い芸人を目指しているというだけあって喋りが上手く、そのせいか、似たような動画のなかで、僕たちの作った動画は群を抜いてアクセス数が良かった。しかし、とは言っても、内容が内容なだけに、ヒカキン等の有名なユーチュウバーに比べると、そのアクセス数は微々たるものになってしまうのだが……。でも、まあ、それは仕方のないことだといえるかもしれない。なにしろ、ほとんどの人間は都市伝説になんて興味を持たないのだから。しかし、それはともかくとして、ここで僕たちがどういった動画を作っているのか、もう少し詳しく語っておくと、それは、たとえば、UFOや、フリーメイソンや、アトランティスといった内容についてである。間違っても、口裂け女や、人面犬、はたまた幽霊については語ったりしない。僕たちが興味を覚えるのは、あくまで、地球の裏側の歴史、影で地球……人類に関与、ないしは支配しているのではないかと考えられる人物、団体についてのみである。

 と、こんなふうに言ってしまうと、いかにも僕と松橋のふたりが、何かとんでもない、オカルト狂いの人種みたいに聞こえてしまいそうだが、実はそんなこともなく(まあ、全くそういうことを信じていないわけではないにせよ)そのスタンスは、もしかしたらそんなこともあるのかもしれないよね、もし、そうだったら面白いよね、といった程度の、ごく軽いノリに留まるものである。まさか、そういったことを本気で、ガチガチに、宗教みたいに信じているわけでは、決してない。誤解されても困るので、一応断っておくと。

しかし、動画で都市伝説について語るときは、僕たちは至って真剣に語ることになる。先に述べたような、実は自分たちも都市伝説については半信半疑であるというような態度は御くびにも出さない。というか、出さないように努めている。あくまでも都市伝説は真実であり、これは真実を語っているのだというようなスタンスで、僕たちは動画を撮影していくことになる。そうでないと、見ている側も、見る気にならないであろうし、作り手としても、真相はどうあれ、確信に迫って行くような雰囲気作りは大切だと考えている。

役割分担としてはこうである。まず、喋りの上手い松橋が都市伝説について語り、それについて僕が一般の人間から見た感想や意見を述べていく。そしてそれに対して、また松橋が反論したり、解説を加えたりする、といった具合である。

自分で言うのもなんだが、僕たちの作った動画は、まずまず上手く作れているんじゃないかと思う。少なくとも、最近多い、似たようなテイストの、テレビのバラエティ番組なんかよりは余程面白く仕上がっているんじゃないかと思う(でなければ、これほど、僕たちの動画にアクセスは集まらないだろう)単純に松橋の喋りが上手いというのもあるし、また松橋の編集テクニックが、素人の域を超えているということもあげられるかもしれない。更に言うと、僕の存在もある。その動画のなかの、僕の適度に力の抜けたリアクションや、凡庸な意見は、見ているひとの気持ちを和ませ、楽しい気持ちにさせる役割を果たしているはずだ、と、僕は自負している。……まあ、なかには異なる意見を待つひともいるかもしれないが、それはともかく……。

動画の撮影はいつも松橋のアパートで行っていた。松橋の家は僕の家とは違って鉄筋コンクリート造りになっていて、比較的大きな音や声を出しても、あまり音が漏れたりするようなことがないからだ(その点、僕のアパートは木造で壁が薄く、ちょっとした音でもすぐに漏れてしまう)。また単純に松橋の家には専門の機材があり、そのまま編集作業に入ることができるという利点もあった。

 と、ここで話は戻るが、最初に告げた、例の、奇妙なメールが届くことになった原因について、僕にはひとつ、思い当たる節がないでもなかった。というのは、僕たちはこのところ、ずっとアトランティス文明に関する動画を連続して作っていたのだ。

 アトランティス文明というのは、みんなもご存知の通り、太古の昔に海に沈んだとされている文明のことだ。諸説色々あるものの、一般的には、おおよそ今から一万二千年程前に、大地震によって海に沈んだとされている。そしてその文明のレベルは、高度に進んでいて、現代文明に勝るとも劣らない程であったとか、いや、それ以上であったとか言われることもある。もちろん、大学等のアカデミックな研究機関はこれを否定していて、もし、仮にアトランティスが実在していたとしても、それはミケーネ文明等とそれほど変わるものではなかっただろうというのが定説だ。僕個人の意見としては、アトランティスの文明レベルは、現代文明を凌駕するものだったんじゃないかと思うのだが、しかし、残念ながら、これを裏付ける確固たる証拠は見つかっていない。かつて現代文明を凌駕するような文明があったことを偲ばせる、異物が、辛うじて散見されているくらいのものである。たとえばそれは、その当時の技術水準では絶対に作ることができなかったはずの水晶髑髏や、まだ飛行機が存在していない時代に作られた、飛行機を象ったものとしか思えないような造形品、等々である。といっても、これらの異物も、アカデミックな研究機関に言わせれば、全く取るに足らない、ただのでっちあげや、何かの見間違いということになる。最初に例にあげた水晶髑髏は、十九世紀の人間が十九世紀の技術を用いて作った、ただの偽装品であるとのことだし、また後者の、飛行機を象ったと思われる模型は、古代のひとが単に魚を象って作ったものに過ぎないということになる。と、まあ、万事に渡ってこんな調子であり、古代に存在していたと思われる、超古代文明の痕跡は、アカデミックな研究機関によって徹底的に否定されてしまっている。そして悔しいことに、アカデミックな研究機関を沈黙させることができる程の、動かしようのない証拠というものも、今のところ、見つかっていない。従って、仮にかつてアトランティス文明が存在していたとしても、その文明がかなり高度に進んだ文明であったことを裏付けることは今のところ難しいのだが、しかし、その一方で、アトランティスに関しては、昔からある奇妙な噂があった。もちろん、それは僕たちが普段取り扱っている都市伝説の類ものとあまり変わらないのだが、しかし、その噂は僕と松橋を恐怖させるに十分だった。

 それは、何人とであれ、アトランティスの真相に近づく者は、影の国際機関によって、容赦なくその存在を抹殺されてしまうというものである。だから、僕たちはただの噂に過ぎないとわかりつつも、もしかしたら、何らかの妨害や、脅迫を受けたりするようなことがあるのではないかと恐れつつ、アトランティスに関する動画を作っていた。そして、そんなところへ届いたのが、四日前のメールである。その脅迫とも受け取れる内容。続いて、松橋と連絡が取れなくなるという、現在のこの状況である……。僕としては嫌な予感がしてならなかった。

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