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異世界からの侵入者

「お疲れ様でした」

 鈴木浩介はアルバイトを終えると、アルバイト先であるカフェを出て、自分が一人暮らしをしているアパートを目指して歩き始めた。

 もう時間帯は深夜の十二時近いというのに、まだまだ気温は高く、三十度近くはありそうだった。湿度の高い、人肌くらいの温度に温められた空気が、身体に密着してくるようで不快感があった。

「あちい」

 浩介は顔をしかめた。浩介は早く家に帰ってシャワーを浴びたかった。そしてクーラーの効いた涼しい部屋でくつろぐ……。季節は八月に入ったばかりで、まだ当分のあいだ、この暑さは続くことになりそうだった。

 途中、浩介は近道をしていくことにした。アパートまでの帰り道に、ちょっとした大きな公園があるのだが、そこを抜けていくと、アパートまでの距離を短縮することができるのだ。しかし、近道は時間を節約できる反面、少々問題もあった。というのは、当然のことながら、夜の時間帯のその公園に人通りはほとんどないのだ。だから、下手をすると、途中、なんらかのトラブルに巻き込まれてしまうという可能性も、全くないわけではなかった。たとえば、ガラの悪い、不良少年たちがたむろっていて、からまれてしまうようなことがあったりとか……最悪の場合……通り魔的なものとか……実際に、過去にはその公園でバラバラ殺人事件が起こっていた。だから、浩介はいつもその公園を通っていくことにするかどうか、躊躇することになった。しかし、結局のところ、安心よりも、早く家に帰り着きたいという気持ちの方が先に立つことになり、浩介は毎回決まってこの公園を通って帰宅していた。というのも、公園を通っていくのといかないのとでは、帰宅時間に十分以上もの差が出てきてしまうのだ。それに今のところ、浩介はその公園を通って危険な目にあったことは、幸いなことに、まだ一度もなかった。

 浩介が入っていった公園内はいつものようにしんと静まりかえっていた。もちろん、人影もない。公園内に植えられた木々の葉が風に吹かれて揺れる音だけが、静かに聞こえた。街灯の、オレンジ色がかった光が、ポツンポツンと間隔をあけて、どこか寂しげに公園内を彩っている。

 浩介は怖いので、どちらかというと早足で公園内を歩いて行った。途中、進行方向から黒いものが走ってきたので、思わず浩介は身を固くしたが、しかし、それは黒いジャージを着てジョギングをしている中年男性だった。浩介はホッと胸を撫で下ろした。浩介は気を取り直して再び歩き出した。どうやら、今日も無事帰宅することができそうだ、と、浩介は安堵しかけた。しかし、そのとき、異変は起こった。

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 浩介があともう少しで公園を抜けることができそうだと思った、まさにそのとき、突然、目の前で、青白い閃光が三回程爆発するように光ったのだ。浩介はそのあまりの光景に驚いて歩みを止めることになった。そして浩介が気がついたとき、一体、いつ、どのようにして移動してきたのか、浩介の目の前には、ひとりの女の子が浩介に背を向けるようにして立っていた。浩介は一体何が起こったのかわからず、茫然とその場に立ち尽すことになった。

 すると、しばらくの沈黙のあとで、浩介の存在に気がついたらしい女の子が、浩介の方を恐る恐るといった感じで振り返って見た。浩介は彼女とまともに目が合うことになった。一見したところ、彼女は浩介と同じ、二十歳くらいの年齢に見えた。比較的整った顔立ちをしていて、目は綺麗な二重で大きかった。鼻は高くはないけれど、でも、整った形をしていて、それは何かに対して反抗するようにつんと小さく上を向いていた。そしてその下には、いくらか厚みのある、濡れたような林檎色の唇があった。髪の毛の長さは肩のあたりまでで、真っ直ぐな黒髪だった。身体は見るからに華奢で、ちょっと強く抱きしめたら、簡単に骨が砕けてしまいそうに思える程だった。背の高さは百五十六千センチくらいで、白っぽい、ワンピースのような服を着ていた。

 浩介のことを認めた女の子の瞳のなかに、激しい動揺の光が広がっていくのが、浩介は見ていて手に取るようにわかった。

「……もしかして、見ちゃった?」

 女の子はやや怯えたような表情で訊ねてきた。

「……見たって?」

 浩介は訊ね返した。浩介には彼女の問いの意味がよくわからなかった。

「……だから、わたしが、ここへ姿を現した瞬間のこと、見ちゃった?」

 女の子は再び浩介に質問し直した。

「……たぶん」

 浩介は答えた。恐らく、彼女は先ほどの、爆発するような閃光と共に自分がここへ姿を現したことを言っているのだろう、と、浩介は見当をつけた。

「……」

 浩介の返答に、女の子は黙っていた。浩介が見ている限り、彼女は困惑しているというよりも、とても受け入れがたい現実に思考停止状態になっているように思えた。

「……何か問題でもあるの?」

 浩介は訊ねてみた。

「……見られちゃいけなかったの」

 女の子は伏し目がちに、心持ち小さな声で答えた。彼女の顔はいつの間にか、深刻な、思い詰めた表情になっていた。

「……見られちゃいけない?」

 浩介は女の子の発言の意味がわからなかったので、また繰り返した。女の子は浩介の言葉に堅く強張った顔つきで頷くと、

「……たぶん、信じられないと思うけど」

 と、女の子は目を伏せたまま告げた。

「わたしはあなたから見て未来の人間で、そして、ここであなたに姿を見られてしまったということは、もしかすると、もう、わたしはもといた自分の時代には戻れないかもしれないの」

「……」

 浩介は女の子の発言に呆気に取られて黙っていた。もし、彼女の言ったことが、そのままの意味だとすれば、彼女は未来の世界からやってきた人間だということになった。しかし、常識的に考えてそんなことがあり得るとは到底思えなかった。しかし、その反面、目の前に対峙している女の子の顔に浮かんでいる表情は真剣そのもので、浩介には彼女が自分のことをからかって遊んでいるようにはとても思えなかった。それに、彼女が閃光と共に突然自分の前に姿を現したということを考えると、彼女がたった今話したことは、あながち全くのデタラメとは言えないような気も、浩介はした。

「……ほんとに、きみは未来からやってきたひとなの?」

 浩介はいくらかの沈黙のあとで、恐る恐るといった口調で確認してみた。すると、女の子は目線をあげって、じっと浩介の顔を見つめると、堅い表情を浮かべたまま首肯した。

「……そう」

 女の子は気落ちしたような表情で答えた。

「わたしはあなたから見て、六十五年先の未来からやってきたの」

この物語の続きをAmazonで発売しています。もし良かったら読んでやってください。タイトルは『異世界からの侵入者』ペンネームが、藤崎透となっています。よろしくお願いします。

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