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「天井さがりの部屋」余寒の怪談手帖より

2022年8月17日 有料ライブ「かぁなっきの独りごつ」
にて語られた余寒さんの新作怪談「天井さがりの部屋」の書き起こしに若干手を加えたものです。語り手のかぁなっきさんがリライトして良いとお話していたので載せますが万が一問題等あればご連絡ください。削除いたします。

当該配信を未視聴の方はご注意ください。

 「天井さがりの部屋」

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 怖い部屋の話が手元の聞き取りメモの中にいくつかある。いずれもいわく付きの部屋についての奇談だが、それぞれ別のベクトルで只の幽霊譚とは異なる何かを感じさせるものがあって興味深い。そのうちの一つを今回紹介させていただこうと思う。
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 Aさんの父方の実家はかなり大きな日本家屋だった。家柄としてもそれなりのモノであり、江戸時代からその土地に住んでいたそうだ。とはいえ、そういう旧家にしてはそこまで旧弊的というわけでもなく、むしろ当時なりに先進的であった。その家の人たち――Aさんから見た伯父さん、長男にあたる父の兄が家を継いでいたそうだが――は旧家の一族といってイメージするような閉鎖的な格式ばったところは全くなかった。居間に置かれた大きなテレビで好きな番組を見させてもらったり、台所の、当時はまだ新しかった高機能付きの炊飯ジャーでみんなが騒いだりした記憶を今も鮮やかに覚えているという。ただ、Aさんは内心ではその家のことが苦手だった。家の人たちが嫌だ、とかそういう話ではない。前述のように割とさばけた人たちである。
しかし、Aさんが苦手だ、出来るなら行きたくない、そう感じていた理由はもっとシンプルに、その家に怖い部屋があったからであった。
大きな屋敷の一番奥の方にある一室。もとは客間か何かであったらしいその部屋には「子供が出る」と言い伝えられていた。そう言われると座敷童のようなものを想像しがちだが、そうではない。

「下がるんだってさ、上から。」

逆さまの、向こうを向いた格好の子供。それが、広い部屋の角の方、天井からぶら下がるのだと。昼日中には出ないけれど、夕方以降にその部屋に踏み入ったら、薄暗い中に着物姿で。

「おまけになんでそんなもんが出るのか分からないんだよ。」

そうAさんは言った。なんでも何代も前の帳面には、もうすでにその部屋の噂が記されていたようだが、詳細は何も残されておらずいわくや因縁がはっきりしない。だから、奥の部屋では子供が下がってくるのだ、という事しか分からないのだ。なんとも不気味な話である。
しかし、Aさんが怖かったのはその部屋と子供の噂自体もだが、なによりそれがこの一家の間で妙な受け入れられ方をしていたことだった。
「前にも言ったが伯父さんたちは別に古臭い頭していたわけじゃない。そんなの迷信だ、って切り捨てるとか部屋をつぶしちまうとかするほうが自然じゃないか。もし逆に信じてたんなら、もっとビビるとか開かずの間にして触れないようにするとかするだろう。でも、どっちでもなかったんだ。あの部屋はそういうものだ、確かに出るし見えるのだから仕方がない。変に怖がるものではないって、家の人々は大体がそんなスタンスだった。」
さすがにその部屋を普段使いすることはなかったが、特段入れないように封じるでもなく戸は心張棒のようなものでつっかえをしてあるだけ。開けようと思えば、子供でも開けられる状態だった。
「いくらさばけてるって言ってもな、なんかおかしいというか……。」
普段が先進的で話しやすい人たちだっただけに、余計にそう感じた。
「うちの親父ももともとはそこに住んでたからか、似たような感じで。まあ、おふくろは俺と同じように嫌がってたけど。だから親父の実家にはあんまり行きたがらなかったよ。だってさ、無理もないよ。酒の席になったらさ、当たり前に話に出てくるんだ。」
父方の実家で席を囲んだ大人たちが酔っぱらうと、まるでちょっと懐かしい思い出話をするかのように、その部屋のことが話題になった。大体は、小さい頃にこっそりその部屋を覗きに行って見てしまった、という体験談である。
「俺はもうとにかく怖くて嫌だったから、なるべく聞かないようにしたんだけどさ、どうしたってある程度は耳に入ってくるよな。で、嫌々耳を傾けていたんだが、どうも、その、話してる内容もおかしくて。」
酔い交じりに語られるそれぞれの体験談。それらを聞いていると、どうやらその部屋の子供らしきものは年々年を取っているという事で盛り上がっている。いつも後ろ向きだから分かりにくいが手足がしわだらけになって、髪には白いものが混じり、だんだんとやせ細っていっている。祖父母がそんなことを語っている。そして、伯父の世代に至ると行きつくところまでいって、半ばミイラのようになっていて布を巻いたスルメか黒ずんだ大きな魚の干物みたいだったと。そういうことをみんなで確かめ合って、そして、笑いあっている。話好きな伯母などは噂が気になって、例の部屋を覗きに行った少女時代の話をいつもしていた。曰く、恐る恐る踏み込んでみれば確かに薄暗い奥の天井から無造作にぶらりと、下がっているものがある。それは、兄たちが見たのと同じようにもはや老いを通り越して衰えしなびて乾いているようだったと。酒に弱い伯母は、顔を赤くしながら「でさあ、」と続ける。「でもなんかそれがなんか、顔みたいに見えたんだよねえ。」
顔。逆さになったミイラの背中なのに、それが暗がりの中でこっちを向いた大きな顔のように見えるのだと、伯母は面白そうに言っていた。「顔みたいであって、顔ではないのよね。うまく言えないけれど。」と。すると叔父は、ぐびぐびとビールを飲み干しながら合いの手を入れる。「背中がヒトの顔やら、目玉やらに見える虫があるだろう。虫けらが喰われないためにああいう小細工をやる。偽物の顔もどき。要はああいうもんだ。あれじゃあ、もう子供とは言えないなあ。」奥の間を語る無礼講はいつもその一言に行きついて、ひときわ大きな笑いがどっと沸き起こって終わるのだった。


 「なにがおかしいんだか、なんでそんな話を繰り返すんだか、さっぱりわからねえだろ。だから本当に怖かったんだよ。」Aさんの話に僕は深くうなずいた。そして次の言葉を待ったが、Aさんは眉を寄せたまま、ぐっとコップの水を飲んでムグムグと口元を動かしている。まるで何かを反芻しているように。沈黙に耐えられなくなった僕は、Aさんに聞いた。
「その部屋にAさんは行ったことがあるんですか?」
Aさんは眉を寄せたまま「あるよ」と答えた。
「いとこたちに誘われて、本当は嫌だったけど臆病者と言われるのが怖くて。……まあ、どこにでもある話で、要は度胸試しだな。」
そして自らの手で、つっかえ棒を外して戸を開けて、中を見た。他の部屋とそう印象の変わらない畳を連ねた些か埃臭い一室。薄闇に浸されたその部屋の奥、視線の上、下がるといわれている天井、そこには――……


「なにもなかった。」


Aさんはぽつりと言った。
「なにもなかったよ。子供もミイラも。顔も、それらしく見える影だとか、そういうものはなんにも。」
その時の精神状態からすれば何かそれらしいものを見てしまってもおかしくなかった。むしろ、なにもなくても何かを見たと思い込んでしまってもおかしくない。それくらいの状態だったのに。
「びっくりするくらいね、そこになんにもないって感じてしまったんだよ。」Aさんはそう言い切ってから、「でも俺は叫び声をあげながらその部屋から逃げたんだ。」と続けた。「え?」といぶかしむ僕にAさんは言い聞かせるように「本当になにもない。なくなってるんだ。でもやばかった。何もないのに。……だからだよな。だめだって、わかったんだ。」そう言った。当時を追体験しているのか、Aさんの顔からは血の気がすっかり引いていた。


「暗い部屋の、あの天井。なんの変哲もないあの天井を見てたら思ったんだ。ああ、これ、逆さの子供でもぶら下がっている方がましだって。」

それからほどなくしてその部屋で伯父夫婦が並んで首を吊った。自死の動機も全くないような突発的で意味不明な行動だった。さらに、ぶら下がっていたのはちょうどあの天井の位置で、天井板の一部が壊され、梁に縄をかけて――無理矢理だった。すぐに発見されたのに、二人ともなぜか足が畳につくぐらい体が伸び切った異様な死にざまだったという。残された家族にもいろいろとあって、結局先祖代々残された屋敷は一年足らずで人手に渡った。

「なあ……その部屋の子供って言うのは本当にいたんだろうかなあ」と、Aさんは話し終えてから僕に、というより誰にともなく尋ねた。
「ただの言い訳で、最初から見えてなかったのか、それとも見えてたけどちょっとずつあの人たちが言ってたみたいにそいつが腐って悪くなっていって最後にああなったのか。」
答えられずに、言葉を探していた僕に彼は「どんなに恐ろしいモノでも形があって、目に見える方がましなんだぜ。」そう言って口をつぐんだ。

終わり

*今回リライトさせていただいた怪談はこちらの「かぁなっきの独りごつ」にて、語り手かぁなっきさんの迫力ある語りを聞くことができます。そのほかリライト不可・門外不出のここでしか聞けない禍々しい怪談だらけ、必見です。チケット購入でアーカイブが8月31日まで楽しめます。

また8月21日(日)17時30分からは、星海社から「読むと元気が出るスターの名言 ハリウッドスーパースター列伝」を出版された相槌担当の加藤よしきさんも加わり、さらにハードで禍々しい怪談が分母を襲う……⁈


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