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2020.7.3 6月と、7月の始まりのこと

よっしゃやったるで!という心持ちで始まった6月だったけど、命日の前後ぐらいからだんだんちょっとこれは無理なんでは?という心境になっていき、6月の後半は「心ここにあらずな人です」という看板を掲げて歩きたいくらい上の空だった。命日が近くなると心身共に影響がでる状態を命日反応というらしい。まさしくそれやん。何にせよそういう状態に名前がついているのはいいことだ。そこには先人がおり、それを克服せんとする幾多の努力がある感じがするからね。

1周忌なんだけど気軽に集まれないし特に予定はなくいたが、友達が甘いものやプレゼントを送ってくれたり、家に遊びに来てくれたりした。嬉しい。どろどろのお粥みたいに自分の形がなくなって、何を喋ってどんな振る舞いをしているのか分からないような気持ちになっていたけれど、そういう嬉しい瞬間は、私も一応人間の形をしているという感じがした。

3週間に一回のカウンセリングでは、自分でもびっくりするくらい言葉が出なくてびっくりして、マスクの下でエヘヘと薄ら笑いを浮かべていた。頭で考えることや思い出せることがないわけではないんだけど、うまく言葉に出来ない。まぁでも、私今までちょっとうまく喋り過ぎてたかもしれないな、帰りに自転車に乗りながらそう思って、家に着いたら熱いシャワーを浴びて少しだけ昼寝した。

命日には葬式の話のnoteを書いたけど(2020.6.18 本日の喪主、エミネム)、こんだけエミネムエミネム言うといてほとんどエミネム聴いたことないの何なん?と思って聴いてみた。概ね方向性は間違ってなかったみたいで良かった。またなりたいとは思わないけれど、その時が来たらもうちょっと上手くエミネムになれそう。

山田が死んだ京都にも行った。何となくぶらぶら歩いてみたけど、やっぱり歩いている間もずっと帰りたかったと思う。鴨川デルタでサンドイッチを食べようとしたら、トンビが頭をバシーン!!!と叩いてサンドイッチをさらっていた。はよ帰れ!!と言うツッコミのような気がして、そのまま京阪電車に乗ったらホッとした。京阪電車の座席って何であんなに座り心地良いんでしょうね。

あとは友達と電話をしたり、書きたかった人たちに手紙を書いたりした。会いたいなと思う人のことを考えた。どうぶつの森もめっちゃ息子とやってた。仕事もしたし、ありがとうを言いたい人に言った。言えてない人もいるから言っていく。あと青空カラオケもした。順番に思い出せば日々はちゃんとそこにあるな。

このまま無理無理な日々が続くのかと思ったら、7月1日の朝、iphoneの日付が「7月1日」になっているのを見たら、急に大丈夫なような気持ちになって、その日はビールを買って帰って飲んだ。ツマミがなかったのでとりあえず冷蔵庫の中で目についたバナナを齧ってみたけど、ビールには全然合わなかった。残ったバナナは娘の夕飯のデザートになった。

今日は息子のための電子ピアノが家に届いた。電源を入れて鍵盤を押したら、ポン、と音がなった。構造は複雑なのだろうけど、良いなぁ、鍵盤を押すと音が鳴るなんて。ピアノは全然弾けないのでとりあえす「かえるのうた」を弾いた。

これから6月は多分毎年、無理無理の最悪でTHE上の空の人、になるんだろうなー。めっちゃ嫌。でもまぁ、いずれ7月になるのだと思えば、そこまで悪くもないかもね。

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