『アント・アンド・グラスホッパー・アンド・ニンジャ』

「絵本読んで」
「アリとキリギリス」

「忍殺っぽく」
『「ホホホ…救済ですよ労働は」女王アリは笑みを浮かべた。「組織利益を産みます。経済をね!確かに、働きアリは死にますが、彼らのコストはほぼゼロだから実質プラスです。死んだアリは企業墓地に名誉の埋葬!コンプラ的にも正解ですよ!」』

女王アリの邸宅のリビング。招かれていたキリギリスは戦慄した。命を消耗品めいて扱う思考。マッポーの世の暗黒メガコーポでは一般的なものだが、彼のミュージシャンとしての感性は、女王アリの発言や思考にそれよりも異質な、そして、邪悪な何かの存在を感じ取っていた。

「アイエエエ…女王アリ=サン…一体、俺に何をしろと言うんだ…?」「そんな大それた事ではありませんよ。キリギリス=サン。いつものように演奏してくださればいいのです。…ただし、こちらの用意した楽器でね」女王アリは机の上の楽器を指差した。

机の上のギターには『洗脳』『操れる』の文字!「この楽器を使えば、アリ以外の昆虫も意のままに労働するようになる催眠音波を出す事ができます。貴方の演奏ならば、皆怪しまずに聴くでしょうからねェ…。これで労働の喜びをますます広げられるというものです」

ナムアミダブツ!何たる邪悪な企みか!これでは全ての昆虫が女王アリの奴隷になってしまう!「引き受けていただけますね?キリギリス=サン…」女王アリの邪悪な眼光がキリギリスを射抜く。「い、嫌だ!」だが、おお、見よ!キリギリスは女王アリの要求を拒否!

キリギリスは自堕落かつ享楽主義で本日まで生きてきた。だが、マッポーのジゴクに置かれたアリ達を目の当たりにしたことが、彼の良心を呼び覚ましたのだ!「お、俺は遊び人だ!だが、他人を踏み台にしてまで享楽を味わいたくはない!」勇気を振り絞り反抗するキリギリス!

女王アリは一瞬目を見開いた。そして、薄く微笑んだ。「ダマラッシェー!!」「アイエエエ!!」威圧的なニンジャスラングが放たれ、キリギリスのナケナシの勇気が打ち砕かれる!女王アリの姿はいつの間にか、黒いニンジャ装束に変わっていた!「ドーモ、マダムアントです」

「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「そう、キリギリス=サン。私はニンジャです。あらゆる抵抗が無意味なことは分かったでしょう。では、この契約書にサインを」
マダムアントは契約書を見せつける!そこには、72時間労働、15分休憩の文字!どう見ても暗黒労働だ!コワイ!

「人々に労働の喜びを教えるのは素晴らしい事です。貴方には特に入念な『研修』を施してさしあげます」邪悪な笑みを浮かべ迫るマダムアント!その時、唐突に室内に響くテレビのバラエティ番組の音声!『やっと重いモノが動いて3倍点です!ワースゴーイ!』「…?何です!誰がテレビなど…」

マダムアントは一瞬キリギリスを睨む!しかし彼がテレビを付けた様子は無い。では誰が?バリッバリッ!次に響くのはセンベイを食べる音!ソファーの方からだ!だが、寝そべっているのか、こちら側からは姿が見えぬ!「誰ですそこにいるのは!?」ズズーッ!侵入者はチャを飲む音で答える!

マダムアントは訝しみながらソファの前側に移動した。そこには、ソファーに寝そべる、来客用のチャとセンベイを完食したと思しき赤黒のニンジャ!「き、貴様はまさか!?」「ドーモ、マダムアント=サン。オジャマシテマス。ニンジャスレイヤーです。おちおちのんびりもできんな。この家は」

マダムアントは狼狽しながらもアイサツを返した。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。マダムアントです。な、なぜここでチャとセンベイを…」「気にする所が違う気もするが。ニンジャめいた経営者を探していたらここに行き着いた。それだけだ。見つけた以上慈悲は無い。ニンジャ殺すべし」

「ヌゥ…しかしここで貴方を殺せば、キンボシ・オオキイ!」カラテを構えるニンジャスレイヤーに対し、マダムアントは窓を破り外に跳躍!追撃するニンジャスレイヤー!そこには電柱の上に立つマダムアント!「ニンジャスレイヤー=サン。貴方に資本主義というものを教えてあげましょう。イヤーッ!」

マダムアントのカラテ・シャウトと共に、どこからともなく働きアリの集団が出現!手にはチャカ・ガンやドス・ダガー!バズーカを構えた者もいる!「私のフェロモン・ジツにより、この者達は死をも恐れぬ軍団となった!この世を支配するのは数!囲んで棒で叩かれなさい!」

「「「アバー…」」」覇気の無い声と共に無数の火線と武器がニンジャスレイヤーに襲い掛かる!カラテに精通した読者の方は、ヘルタツマキでアリを全滅させれば良いと思うかもしれない!だが、ニンジャスレイヤー、フジキドはアリ達の境遇を自身のサラリマン時代に重ね合わせていたのだ!

(この者達に罪は無い。サラリマンであった頃の自分のように、働かされているだけなのだ。殺したくは…!)ニンジャスレイヤーは躊躇していた!回避するのみで、ウカツに攻撃できぬ!だが、アリ達に容赦は無い!「グワーッ!」至近距離にバズーカが着弾!ニンジャスレイヤーは爆風を浴びる!

「ホホホ!訳は知らないけど、攻撃できないようね。突撃重点!トドメを刺すのです!」「「「アバー…」」」アリ達が攻撃態勢に入る!その時である!「コナイ!コナイ!スシがコナイ!」力強いギターの音色と共に、搾取を否定するアンタイセイ(反体制)バンド『アベ一休』の歌が響いた!

おお…見よ!キリギリスがギターをかき鳴らしながら、マイクで歌っているではないか!?そして、歌声と共に、アリ達の目に覇気が戻り始める!「ア…、俺達は一体何を…」「ウウ…給料安いぞ…」「身体がイタイ…何連勤だっけ…」ゴウランガ!フェロモン・ジツが解除されたのだ!

「ば、バカなーッ!?フェロモン・ジツが…!?」動揺するマダムアント!それを見たキリギリスは、『洗脳』『操れる』と書かれたギター掲げ、不敵に笑う!「呆れたモンだな!こういう風にコレを使われるのは予想外だったか!?遊び人でも頭は回るんだぜ!」「オノレーッ!!」

マダムアントは激昂しキリギリスにスリケンを投擲!だが、何処から放たれた別のスリケンが迎撃!「ヌゥッ!?」「演奏の邪魔はさせん!」ニンジャスレイヤーがマダムアントに迫る!「な、何をしているのです!ニンジャスレイヤー=サンを攻撃…」マダムアントは命令するが従う者は皆無!

「マヤカシめいたジツで築いたカリスマか。脆いものだな」ニンジャスレイヤーはマダムアントのタタミ2枚分の距離に接近した。「だ、黙れ!社員なぞまた増やせば良いのです!」「…その思考がオヌシの死因のひとつだ。マダムアント=サン。社員の募集はジゴクでするがいい…!」

「「イヤーッ!!」」両者のカラテが激突する!だが、これまでフェロモン・ジツによる集団戦法に頼り切っていたマダムアントに、ニンジャスレイヤーの恐るべきカラテに対抗する力があるはずも無い!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップが右腕を切断!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの回し蹴りがマダムアントに突き刺さり、マダムアントはビルに衝突事故めいて叩きつけられる!「ゴボボーッ!」肋骨がスナックめいて砕け、内臓も破壊!マダムアントは路地裏に落下!「イヤーッ!」「グワーッ!」

降りてきたニンジャスレイヤーはマダムアントの左足を踏みつけ破壊!「アババーッ!」マダムアントは痛みに悶える!「ハイクを詠め。マダムアント=サン」「給料の、いらない、従業員が欲しい」「…それは一般的に奴隷と言うものではないか?」「アバッ…」

マダムアントは次に来るカイシャクを覚悟した。だが、ニンジャスレイヤーは踵を返した。「な、なぜカイシャクしない…!?」オタッシャ寸前のマダムアントは困惑した。「カイシャクは彼等に譲ることにする」ニンジャスレイヤーは歩き出した「彼等…?アイエッ!?」

おお…見よ!そこには、フェロモン・ジツから脱した労働者アリが押し寄せているではないか!「給料未払いッコラー…」「カロウシッコラー…」「無理なノルマザッケンナコラー…!」労働者の怒りに満ちた声が周囲に響く!彼らの手にはボーが握られていた。

キリギリスがギターでシャウトを決める!「経営者を囲んで棒で叩く!」「「「イヤーッ!!!」」」「アイエエエ!!!アバーッ!?」アリ達の怒りの打擲がマダムアントを襲う!「サヨナラ!」しばし打擲音が続き、マダムアントは爆発四散!インガオホー!

「ウオオーッ!」「ヤッター!」「アンタイセイ!」周囲にアリ達の歓声が響く中、キリギリスはニンジャスレイヤーの姿を探した。しかし、彼は何処にもいなかった。「ニンジャスレイヤー=サン…ありがとう…アンタイセイ…」キリギリスはギターを演奏しながら咽び泣いた。

◆◆◆
「キリギリス=サン!そっちの荷物はステージ奥に運んでくれ!」「おう、照明の方も頼むぜ!」数週間後、キリギリスはアリ達と共にイベント会場の設営準備に追われていた。マダムアントの悪行が明らかになり、アント社は解体されたが、イベント運営会社として再建されたのだ。

これまで現実逃避として打ち込んでいた音楽に真剣に向き合うことに決めたキリギリスに、以前の怠け者の面影は無い。雑用であっても懸命にこなすようになった。その姿を、ニンジャスレイヤーはビルの影から見つめていた。このマッポーの世では、この先この会社が生き残れるかは分からぬ。

だが、揺るがぬ信頼は、コーベイン(小判)よりも重い価値を持つ。ニンジャスレイヤーは誰が言ったのかも忘れた言葉を思い出した。アリとキリギリスのユウジョウがある限り、あの会社の未来は明るいだろう。願わくば、彼等に幸あらんことを。

「イヤーッ!」しばらく現場を見つめた後、ニンジャスレイヤーは跳んだ。「期限までに間に合わせるぞ!」「ヨロコンデー!」イベント会場では、キリギリスとアリ達の元気の良い掛け声が響いていた。

『アント・アンド・グラスホッパー・アンド・ニンジャ』終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?