『ザ・ヘリシュ・エレファント』

「文を読んでください」
「かわいそうなぞう」

「忍殺っぽく」
「ザ・ヘリシュ・エレファント
(ジゴクめいたぞう)」

(警告!この物語にはニンジャやトンチキな日本描写が含まれています。原作の印象を壊したくない人は読まないでください!)

『ダイホンエ・発表な!ダイホンエ・発表な!本日我が軍は敵の軍艦を30隻以上撃沈し…』軍のラジオ放送が響くキンザ駅近くの大通り。地を焦がすような太陽の下をカンダ・トシゾウは歩いていた。壁一面には「贅沢はセプク」「我慢すれば勝てる」のポスター。戦時のこの国ではありふれた光景だ。

「欺瞞!戦争には負けている!家族が大事!今こそ停戦…」「ザッケンナコラー非国民!」「アイエエエ!」ゲリラ演説を始めた反戦アナーキストがミリタリーマッポに捕縛される脇を通り過ぎながらカンダは歩き続ける。誰も口には出さないが、この国が戦争に負けていることは実際明らかだった。

いつの間にかカンダは大きな門の前に着いていた。門の上にはライオンやゾウのイラストと、ポップなミンチョ体で『サバナ動物園』の文字。彼は、カンダ・トシゾウはこのサバナ動物園の飼育員なのだ。門の脇のスタッフ専用のドアを開けながら、カンダは溜息を吐いた。

彼の目は虚ろで、痩せこけた顔にはズンビーめいた隈が浮かぶ。過労ではない。精神的なものだ。薄暗い事務所に辿り着いたカンダは園長にアイサツした。「ドーモ、オカモチ園長。おはようございます」「ドーモ、カンダ君」初老の園長は机から視線を上げ、アイサツを返した。

そこでふとカンダは自分の隣の机に花が置かれていることに気付いた。「そういえば、イスズミ=サンは?」カンダは机の主について問うた。オカモチはしばし目を伏せ、顔を手で覆いながら答えた。「今朝のことだ…亡くなった…セプクしていたそうだ…」「…!」カンダは息を呑んだ。

事務所の中をしばし沈黙が支配した。どこからか聞こえる小学校のタケヤリ・トレーニングのシャウトだけが響く。「そう…ですか…」「彼はライオン担当だった。愛情も人一倍あった。それだけに、今回の殺処分が耐えられなかったんだろう…」「分かります…」カンダは絞り出すように言った。

「残っている動物だけでもセンダイに送れないのですか?そのような案もあったのでは…」「ミリタリーマッポからは却下された。センダイも爆撃されれば同じだとね。大型の動物は全て殺処分。決定事項だ」「そんな…」「すまない…ゾウ担当の君にも辛い想いをさせてしまう…」

園長は沈痛な表情で声を震わせた。カンダはキューバ産ゾウのジョーとケインの担当だ。仔ゾウの時から愛情を注ぎ、2頭とのユウジョウを育んできた。その2頭を殺せと言われたのは1週間前だ。まずは毒薬の注射、次は毒餌での殺処分が試みられたが、ゾウの厚い皮膚と高い知能がそれを阻んだ。

注射と毒餌が失敗した時、カンダはもしかするとジョーとケインを殺さずに済むのではないかと期待を抱いた。だが、ミリタリーマッポの次なる提案は餌を与えず餓死させるというものだった。餌を絶たれ本日で5日目。衰弱していく2頭の姿はカンダの精神を酷く病ませた。

「ゴキゲンヨ!皆さん!」その時、突如事務所に場違いな大声と共に男が入室してきた。上等なオフィサー軍服に、胸には金のバッジ。そこには「軍」「警」と掘られ、「非国民を許さないです」と捕捉されている。その肥満体と脂ぎった顔は見る者を嫌悪させた。ミリタリーマッポである!

「ど、ドーモ。これは、ゲスモリ=サン…」「…ドーモ」オカモチとカンダは嫌悪感を堪えながらオジギをした。このゲスモリこそが今回の殺処分の元凶だからだ。しかし、2人にゲスモリに歯向かうという選択肢は無い。それほど戦時下におけるミリタリーマッポとは絶対的存在なのだ。

「殺処分の状況はどうですかな?ライオンのほうは終わったと聞いてますが」ゲスモリはキューバ産葉巻を取り出しながら下卑た笑みでオカモチへ言った。「は、ハイ。ゾウの方は毒物も毒餌も効かず…餓死させる方針となりました…」「オオッ、餓死とは!痛ましいことですな!」

ゲスモリは芝居がかった動きで肩を落とした。無論、タテマエである。オカモチはたまらず声を荒げた。「ゲスモリ=サン!今回の件、なぜセンダイへの移送が却下されたのです!?それになぜ餓死という残酷な手段を!?どうにも納得できません!」

「ムフゥーン…」ゲスモリはおもむろにコルト・チャカ・ガンを抜き弄び始めた。「軍のキャノンで即死させるのは簡単ですが、貴重な弾薬をゾウに使うわけにはいきません。それに、ゾウは実際たくさん食べる!国のためゾウにはオタッシャしていただくしかないのですよ」「ですが…!」

ゲスモリは溜息を吐きながらコルト・チャカ・ガンをオカモチに向けた。「やれやれ、オカモチ園長。いけませんねェ。貴方の愛国心が疑われます。勝つまでは欲しがらない、ですよ?命令には従っていただかないと。それに…『家族は大事』なのでは?」ゲスモリは確信犯的な笑みを浮かべる!

「アイエッ…」妻と年頃の娘を持つオカモチの抵抗の意思は打ち砕かれた。「よ、ヨロコンデー…。直ちに殺処分を…」ドゲザするオカモチを見下ろしながらゲスモリは笑う!「ホホホ!それで良い!ミリタリーマッポの決定は尊重していただかねば!ゾウの死亡のニュース、お待ちしていますよ!」

ゲスモリが笑いながら退室した後、オカモチはカンダに詫びた。泣きながら。「すまない…カンダ君…アア…!」カンダもまた、泣いていた。しばらくして、カンダはZBRアンプルを取り出し、首元に注射した。「遥かに良い…遥かに、良い…」カンダの目がどろりと濁る。

「カンダ君…」一部始終を見ていたオカモチの声は悲哀に満ちていた。勤務中の薬物摂取など本来は許されないが、咎める気にはなれなかった。そのままカンダは事務所の出口へ歩き出す。「カンダ君…?どこへ行く」「ゾウ舎に行ってきます。ジョーとケインの所に」カンダは退室した。

◆◆◆
サバナ動物園、ゾウエリア。キューバ産のゾウであるジョーとケインの住むここは屋根の無い展示エリアと屋根のある獣舎部分に分かれている。今は展示エリアと獣舎部分の仕切りは外され、2頭はそれぞれの場所を自由に行き来できる状態だ。

しかし、もはやそれは2頭にとって何の意味も無い。毒物の仕込まれたジャガイモの入ったバケツを持つカンダは獣舎の中でうずくまる2頭の前に立った。ジョーとケインの身体は痩せこけ、見るからに衰弱していた。その側には昨日与えた毒ジャガイモ。

(やはり、ダメだったか…)カンダは落胆した。せめて、苦しまずに死なせられればとも思った。キューバ産ゾウの優れた知能は毒物をも見分ける。カンダは持っていた毒ジャガイモを目の前に差し出すが、2頭は鼻を伸ばし匂いを嗅ぐのみだ。

2頭のゾウ、ジョーとケインの瞳がカンダを見つめる。カンダは目を逸らそうとした。だが、できなかった。普通の餌をくれないのはナンデ?悪い事はしていないのにナンデ?知性の光を宿すその瞳は、憎しみではなく純粋な悲しみと疑問を訴えていた。

カンダは全身をマチェーテで切り刻まれるような精神的苦痛を感じていた。ZBRアンプルの効果はとうに消え失せ、例えようの無い悲しみがカンダを苛んだ。上空で敵の偵察機のエンジン音が聞こえる。カンダはそれに両手で指を立てて叫んだ!「戦争ヤメロー!ブッダファック!ブッダアスホール!」

空に叫ぶカンダ!だが、その前で、突如ジョーが、そしてやや遅れてケインが、よろめきながら立ち上がった。「アイエッ?」カンダは慄いた。自分に襲い掛かろうというのか?だが、2頭は互いの鼻で握手をしたり、お互いの足を合わせるような動きを繰り返す。「ア…アア…!」この動きは、まさか!?

カンダは思い出した。この動きは、戦争が始まる前、まだサバナ動物園でショーをしていた頃に、客の前で何度もした芸ではないか!?2頭は満身創痍の身体に鞭打つかのように芸を続行する。弱々しい動きで、時に前足を上げながら。「アア…アアア…!」

ああ!ナムアミダブツ!何と言うことか!ジョーとケインは芸をすることで餌を貰おうとしているのだ!まだ、カンダを信じているのだ!カンダの脳裏に平和だったあの頃の光景がフラッシュバックする!大勢の観客の前でジョーとケインとショーをし、笑顔で子供達と記念写真を撮った日の記憶が。

「アーッ!アーッ!」カンダは絶叫しながら号泣!何故ジョーとケインは死なねばならぬのか?こんな自分をまだ信じてくれている2頭をなぜ殺せようか?半狂乱のカンダの頭の中には先程摂取したZBR成分と脳内ドーパミンと感情が化学反応を起こしつつあった!カンダは覚悟を決めた!

「ウワーッ!ウワーッ!待っていろ!ジョー!ケイン!今すぐ餌をやるからな!」カンダは自身の肌着のシャツを破り、『身勝手』の文字の書かれたハチマキを作り、巻く!上司のオカモチに類が及ばぬための配慮である!「ウオオーッ!」そのままバッファローめいた勢いで走り出す!

行き先は園内の動物用食料庫だ!錠前がかかっており、許可無く開けることはケジメ案件だが、カンダはそれを途中で拾った斧で破壊!何たる凶行か!「イヤーッ!」KRAAASH!おお、見よ!中にはジャガイモが大量に積まれている!無論、毒など入っていない!「ヤッタ!」

カンダはジャガイモを輸送用の台車に手際良く大量に詰め込む!そして、台車を押しながら再びゾウエリアに舞い戻った!「ジョー!ケイン!餌だ!餌だぞ!」大量のジャガイモを横たわる2頭の前にぶち撒ける!ジョーとケインはしばし匂いを嗅ぎ、直後、凄まじい勢いでそれを食べ始めた!

「アア…良かった…良かったな…」カンダはその光景を嬉しそうに眺めた。水の入った容器も側に置く。しばし、戦前のような穏やかな時間が流れた。カンダの行為は重篤なケジメ案件だ。恐らくセプクが妥当であろう。勢いに任せた実際愚かで無意味な行為でもある。だが、彼の表情は穏やかだった。

(これでいい…2頭を殺すくらいなら…たとえ自分が死んでも…最後に2頭のために何かして死ねればいい…)「これはどういうことですかな?カンダ=サン?」突如として後ろから響く声!「アイエッ!?」カンダは振り向いた!そこには、腕を組み仁王立ちするミリタリーマッポ、ゲスモリの姿があった。

「実際非国民な!おこがましや!これは反逆行為ですぞ?カンダ=サン。覚悟はできているのでしょうな?」コルト・チャカ・ガンを構えるゲスモリに対し、カンダはドゲザした。ドゲザとは母親とのファックを記憶素子に保存されるのと同じくらいの屈辱的な行為である。

「私の命はどうなってもいい…この場で私をヘッドショット殺してもいい…だから…ジョーと…ケインを…もう少しだけ…生かしてあげてください…私の全財産を餌代にしてもいい…どうか…」カンダは懇願した。「…ゾウの為に全てを捨てると?」「そうです…どうか…どうか…!」

「実際キトクなお方ですねェ…カンダ=サン…。しかし困りました。ゾウには死んでもらわなければならないんですよ。戦争を『もう少しだけ』続けるためにね…」「…エッ?」カンダは困惑した。何だ?何を言っている?ゲスモリは邪悪な笑みを浮かべていた。「それは、どういう…」

「実際、この国はもうすぐ負けます。ダイホンエ・発表のような勝利などありません。貴方も実際信じていなかったのでは?ですが、先方はもう少しバンザイ・ニューク(核兵器)のテストをしたいと言っておりましてねェ…。あと2発は落とすことになっているんですよ」

カンダはゲスモリの話に心当たりがあった。西部地方に新型の爆弾が投下され、多大な犠牲が出たと。だが、ゲスモリはまるで自分の予定のように話している。「ゲスモリ=サン、貴方は一体…」「ホホホ…ついつい喋り過ぎてしまいました。こういう役回りですからね。ストレスも溜まるもので…」

「ホホホホホ…!」次の瞬間、ゲスモリの姿は胸のバッジを除き、グレーのニンジャ装束に変わっていた!「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「ドーモ、カンダ=サン。アイラーヴァタです」狂乱するカンダに対し、ゲスモリは、いや、アイラーヴァタは嘲るようにアイサツをした!

「貴方は実に運が良い。ニンジャの世界を知りながら死ねるのだから。戦争とは我々、ニンジャにとっては果実の収穫めいた物です。技術という名の果実のね!あなた方非ニンジャの血が流れる程に豊かな果実が実を付ける…」アイラーヴァタはゾウの鼻めいた鞭を取り出す!

「ゾウは予定通り殺します。無惨に死ぬ事で国民の戦意は高まる。戦争ももう少し続くでしょう。しかし、こうなった以上は餓死ではなく、私自ら殺しましょう。貴方にはその様をじっくりと見せてあげます」「アイエッ?ナンデ…」「無論、タノシイからです。その後に貴方も殺します」邪悪な微笑!

「や、ヤメテ…」「イヤーッ!」「グワーッ!」アイラーヴァタの鞭がカンダに命中!手加減されているが激痛!「ア、アバッ…ジョー…ケイン…」「ホホホホホ…!実に悼ましい!大事な命が目の前で死んでいく!戦争とはジゴクですね!ホホホホホ!」嘲笑うアイラーヴァタ!おおブッダ!何たる卑劣!

アイラーヴァタはカンダに見せつけるかのようにジョーとケインにゆっくりと近づく!命を繋いだはずの2頭はこのまま無惨に殺されてしまうのか!?もはや正義もブッダも消え果てたか!?「アイエエエ…!」カンダの慟哭が響く!おお、誰でもいい!誰か、誰か!

その時である!「GRRRRR!」突如、ジゴクめいた咆哮が動物園全体に響き渡った!「アイエッ!?」カンダは身をすくめる!「な、何だ!?」アイラーヴァタも周囲を警戒!「GRRRRR!」再び響く咆哮!この世の物とは思えぬ、魔獣のような叫び!

カンダは叫びの発生源を特定した。錆びつきかけた檻に、『メキシコ産ライオン』と書かれた檻。だが、ライオンは既に殺処分され、あの檻には何も居ないはずだ。だが、カンダ見てしまった。檻の奥に光るセンコめいた目を。「忍」「殺」と書かれたメンポを。

「wasshoi!」次の瞬間、檻の鉄格子はスナックめいて消し飛び、破壊と殺戮の魔獣を、恐るべきカラテモンスターを解き放った!恐るべき魔獣はアイラーヴァタを一旦通り過ぎるように横切り、壁を蹴った勢いで強烈なケリ・キックを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!?」吹き飛ぶアイラーヴァタ!

「ヌゥッ…何が…」ショー・ステージまで蹴り飛ばされたアイラーヴァタは、そこで初めて相手の全身を見た。赤黒いニンジャ装束を。センコめいて発光する双眸を。「ドーモ、アイラーヴァタ=サン…」「忍」「殺」のメンポが不気味に光った。「…ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アイラーヴァタです。な、なぜ私の名を…」アイラーヴァタはアイサツを返した。アイサツとはイクサに赴くニンジャにとって神聖不可侵の行為。アイサツされれば返さねばならない。「先ほどあの小虫に名乗っていたであろう」

「忍」「殺」のメンポから老人めいた不気味な声が漏れる。その視線は、アイラーヴァタの胸の『軍警』のバッジに注がれた。「オヌシのその札、見覚えがあるぞ。昨日殺したミリタリーマッポを名乗るサンシタが付けておったな」「何…!?」アイラーヴァタは心臓を掴まれるかのような感覚を味わった。

「き、貴様は何者だ。何が目的だ」アイラーヴァタは問いながら、相手の正体を推測した。数週間前から謎のニンジャ存在が現れ、両軍のニンジャに犠牲者が出ているという噂は聞いていた。では、今自分の前にいるのは。「目的か」ニンジャスレイヤーは喉を鳴らし笑った。「ググ…グッハハハ!」

「知れたこと!ニンジャを殺す!両軍のニンジャを殺す!両政府のニンジャを殺す!ニンジャを全て殺す!」ニンジャスレイヤーは決断的殺意と共に宣言した。「…当然、オヌシもここで殺す」カラテを構えるニンジャスレイヤー!「て、テロリストめ!」アイラーヴァタも鞭を構える!

「イヤーッ!」先手を打ったのはニンジャスレイヤーだ!稲妻めいた速さでスリケンを3枚投擲!「イヤーッ!」だが、アイラーヴァタはゾウの鼻めいた鞭を使い、スリケンを絡め取り掴んで見せた!「グハハハ!多少は芸を仕込まれたか!もう一度やって見せい!」さらにスリケン5枚を投擲!

「イヤーッ!」アイラーヴァタは再び鞭でキャッチ!「イヤーッ!」だが、ニンジャスレイヤーはさらに10枚スリケンを投擲!「い、イヤーッ!」キャッチするアイラーヴァタだが次第に焦りの色が見え始める!ニンジャスレイヤーの手はピッチングマシンめいて回転速度を上げる!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!…グワーッ!?」遂に捌ききれなくなったスリケンがアイラーヴァタに直撃!鞭も動脈硬化症の血管めいて損傷!だが、ニンジャスレイヤーはスリケン投擲を停止!「あ、アバッ…」全身に数十枚のスリケンが刺さったアイラーヴァタは悶える!

「何たる惰弱!かつてゾウニンジャ・クランは数万のツナミめいたスリケンすら捌いて見せたわ!」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「だが、このまま殺すのもつまらぬ。ワシも余興を見せるとしよう。イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのシャウト共に足元の影がうごめく!

シャウトと共に現れたのは、おお…見よ!赤黒い炎のライオンのカゲボウシだ!その数2匹!「GRRR!」赤黒く光るライオンはオーボン・チョウチンめいた光の軌跡を描きアイラーヴァタの周囲を高速回転!アイラーヴァタの全身を引き裂く!「GRRRRR!」「グワーッ!グワーッ!」

回転が終わった後には両脚を噛み砕かれたアイラーヴァタが姿を現す!「アイエエエ…ヤメテ…」「グッハハハ!」ニンジャスレイヤーは答えず手拍子を2回するとライオンのカゲボウシが一つに溶け合い、今度は巨大な赤黒いゾウが出現!「PAOOO!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早くゾウに跨る!「PAOOO!」「どう!どう!」赤黒い炎の手綱に引かれたゾウは前足を高々と掲げた!ゴウランガ!さながら古代インド文明のゾウ戦士が如し!ニンジャスレイヤーの操るゾウはそのまま手近な木を鼻で引き抜き、メイスめいて構える!

「PAOOO!」「グワーッ!」「PAOOO!」「グワーッ!」ゾウの膨大なパワーから放たれるメイスめいた大樹の連続フルスイングがアイラーヴァタに突き刺さる!何たるジゴク・大サーカスか!もはや虫の息のアイラーヴァタにニンジャスレイヤーは無慈悲に宣言する!「グハハハ!ニンジャ殺すべし!」

アイラーヴァタを踏み殺すべくゾウが迫る!だが、ゾウの上のニンジャスレイヤーはいつの間にか、モンペ・キモノを着た少女に変わっていた。フシギ!「アイエッ…?」アイラーヴァタは困惑した。少女はステージの上の『タノシイ動物ショー』と書かれた看板を見つめていた。

「お父さん…お母さん…」ジゴクめいた声ではない、悲しみに満ちた声が響く。「お兄ちゃん…」アイラーヴァタはその人間的な感情に満ちた声に生存の望みを賭けた。「ど、ドーモ。お嬢ちゃん?お父さん達を探しているのかな?」「ドウシテ…」「お、おじさんも探すのを手伝ってあげよう、だから…」

「ドウシテ…」「…?だ、だから助けてくれれば探すのを手伝って…」「ドウシテ!」アイラーヴァタは生存の望みが絶たれたのを悟った。少女の双眸を染めるのは憤怒だった。少女の姿が再び恐るべき死神の物に戻る!「サツバツ!」赤黒のゾウはシャウト共にその巨大な足を振り上げた!

「PAOOO!」「アバーッ!」アイラーヴァタの頭がゾウの前足によりスイカめいて踏み潰された!「サヨナラ!」アイラーヴァタは爆発四散!「ググ…グハハハ!グッハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは狂ったように笑う!物陰から一部始終を見ていたカンダはしめやかに失禁した。「アイエエエ…!」

その僅かな悲鳴を恐るべきニンジャ聴力で把握したニンジャスレイヤーは瞬きをする間にカンダの眼前に移動した。「ほう!観客がおったか」「ヒッ!」ニンジャスレイヤーはカンダの首を掴み、上に引き上げた。「アイエエエ!」「ミリタリーマッポの本部はどこだ」

「あ、アバッ…お、オミヤ・ストリート7番地、ご、51号です!」「よし」ニンジャスレイヤーは瞳孔反応からカンダが嘘を言っていないのを確認した後、手を離した。「wasshoi!」ニンジャスレイヤーは跳躍し、何処へと消えた。カンダはそれを呆然と眺めていた。ニンジャナンデ。何がどうなっている。

時間にして数分ほど後、カンダは我に返った。そうだ。ジョーは?ケインは?急いでゾウエリアに駆け戻る。そこには、ジャガイモを完食し、水も全て飲んで眠っている2頭のゾウの姿があった。「アア…良かった…良かった…!」カンダは2頭のゾウの頭を静かに撫でた。

◆◆◆
『アー…アー…であるからして…これ以上の…戦闘行為は…そのう…我が国のみならず…世界にとっても…実際、良くない…』ニンジャとの遭遇から1週間後の、サバナ動物園事務所。園長のオカモチとカンダはラジオから流れる政府の重要放送を聞いていた。

『エー…なので…そのう…実際耐え難いのを耐えて…エー…忍び難いのを、忍んで…その…この戦争を…そのう…終わらせることを…エー…決心いたしました…ハイ…』「終わったの…ですね…」「ああ…」オカモチとカンダは互いに呆然と呟いた。

あの事件の後、カンダはオカモチにゾウエリアで起きた事件のことを報告した。当初はカンダの自我を心配したオカモチだったが、破壊された檻や恐るべき力で引き抜かれた木、そして何より爆発四散の血飛沫の跡を見て、その出来事が真実だと認めざるを得なかった。

オカモチはミリタリーマッポに事件を通報しようとしたが、電話は繋がらなかった。その後、ミリタリーマッポ本部が何者かに襲撃され、関係者のほとんどが死亡した混乱により、動物達の殺処分の件も宙に浮いた形となったのはカンダやオカモチにとっても幸運だった。

結局、一連の事件は地方のマッポに捜査が引き継がれ、『過激アナーキストが動物園で破壊活動を行い、巻き添えとなったゲスモリは死亡した』という表向きの決着を見た。カンダはニンジャの事を主張しようとしたが、オカモチはこれ以上深入りすべきではないと止めた。それが動物達のためだ、と。

カンダは赤黒のニンジャと、一瞬だけ現れたモンペ・キモノの少女の事を思い出していた。カンダはあの少女にかつて会っていたような気がする。戦前の動物ショー。両親や兄と一緒に、最前列でショーを見ていた少女。もしや、あの少女が?

「カンダ君。そろそろ新しい動物用の食料が来るぞ。受け入れ準備をしよう」オカモチの言葉にカンダは我に返った。「アッ、そうですね。占領軍が出してくれるんでしたっけ?」「ああ、しかし、人間よりも動物の方が優先的とはな」オカモチは苦笑した。

「キューバ産のゾウは貴重ですからね。資産価値も高いと判断されたんでしょう。…ライオンも、イスズミ=サンも、もう少し戦争が早く終わっていれば…」カンダは声を落とした。「…そうだな。だが、彼らだけではない。この戦争でオタッシャした人々の為にも、我々は前に進まねばならん」

オカモチの言葉に、カンダは力強く頷いた。「PAOOO!」遠くからゾウの鳴き声が聞こえる。「オット、その前に腹を減らしている奴らが居たな?」「ええ、先にジョーとケインの餌もやって来ます!」カンダはゾウ・エリアへと元気よく駆け出した。

『ザ・ヘリシュ・エレファント』終わり

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