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カブトムシ〜生涯忘れることはないでしょう〜

私がまだ幼少期の頃だ。

夕食時に兄は言った。

「茄子ってカブトムシに見えるから食べられない。さらにはこの微妙に柔らかい食感。カブトムシの羽根の下のブヨブヨのとこを連想させるよね。」

それ以来だ。

私は茄子が食べられない。

茄子を見るとカブトムシにしか見えなくなってしまった。

さらには30代になった今、虫全般が嫌いだ。

あんなに好きだったカブトムシもクワガタもゴキブリと同じに見えてしまう。

虫は虫なのだ。

多少ルックスと歩行スピードが違うだけでカブトムシもクワガタもゴキブリも虫だ。

これが私の結論だ。

なんなら私の妻は私との初デートの際にゴキブリは前戯をする唯一の昆虫だと夢中に語っていた。

夕暮れの西湘バイパスはまさにピクチャーパーフェクトで素晴らしい景色が私達を包み込んでいたが、妻のゴキブリが前戯をするという熱弁は止まらなかった。

そんな素敵なエピソードを聞いても私の断固たる感情は揺るがない。

私は虫が嫌いだ。


そんな私はいつしか30代も後半になり休日は妻と4才になる息子と過ごす時間とサウナが楽しみな立派なおじさんになった。

見た目だけは未だに20代なのが人類の神秘だ。

そんな、なかなか奥深い私はGWの最終日に家族と神奈川県松田町にある松田山ハーブガーデンに行くことにした。

お目当ては施設内にあるミニSLだった訳だが、ミニSLが発車するまで時間があったので施設内の自然館を訪れた。

そこで私達家族は運命の出逢いに遭遇した。

施設のおばさんがカブトムシの幼虫をくれたのだ。

さらには持ち帰り用に腐葉土を詰めた牛乳パックに幼虫を入れ私達にくれた。

帰りにホームセンターに寄り、飼育ケースと昆虫用マットを買い丁寧に幼虫を育てることにした。

それ以来だ、妻と息子は幼虫に夢中だった。

土に潜ってはモゾモゾと動く幼虫のことをモゾモゾ君と名付け可愛がった。

ガラスのリビングテーブルに飼育ケースを置き、その下に妻と息子は寝転んではモゾモゾ君の生活を毎朝、毎夜覗き込んでいた。

それから約1ヶ月が経ち、モゾモゾ君はいつしかサナギになった。

そしてまた約1ヶ月後にモゾモゾ君は突然カブトムシの姿になっては地上へと顔を出した。

私達は成功したのだ。

幼虫から成虫へと立派に育てあげた。

モゾモゾ君はいつしか家族の一員となっていた訳だが妻は予想外の一言を発した。

「週末にモゾモゾ君を自然へと返そう。」

私は心配だった。明らかに箱入り息子のモゾモゾ君が自然で生きられるはずがないっと。

今日は木曜日だ。

私は金曜日の夜にホームセンターへ行き昆虫用ゼリーと登り木を買い飼育ケースの環境を整えた。

最後の抵抗だった。

それからだ、モゾモゾ君は飼育ケースの中でワンパクに活動を始め息子はモゾモゾ君を可愛がった。

そして週末を迎えた訳だが妻は自然へと返すという斬新な発想を思いとどまった様で何も言って来なかった。

そしてまた2週間が過ぎた。

仕事から帰った私に4才の息子は言った。

「モゾモゾ君に外の世界を見せてあげようよ。」

私は飼育で育てたカブトムシはあまり飛ばないという情報を事前に得ていたので了承した。

でも念の為、モゾモゾ君には白色のペンで×のマークを入れた。

タトゥーみたいなものだ。

まずは庭で遊ばせた。

それから実家に連れて行き母にモゾモゾ君を紹介した。

息子は言った。

「もっと外の世界を見せてあげようよ。」

私達のジャーニーが始まった。

私はモゾモゾ君を登り木に置いては敷地外に踏み出した。

私と息子が歩き出して5分ほど経つとモゾモゾ君の挙動が不審になった。

6本の脚をピンと張り出したのだ。

私は思った。「飛ぶ。」

そしてモゾモゾ君は羽を広げ飛び立とうしていた。

ここで彼を止めることは出来た。

彼の小さい方の角を掴めば良いのだ。

しかし私は飛び立とうとする家族でもあるモゾモゾ君を見て思った。

「気持ち悪いっ!!」

羽の下を大胆にも露出したモゾモゾ君は生理的に受け付けなかった。

さらには飛び立つ際のサウンドが妙に気持ち悪く私の嫌悪感は増した。

だから私は止めなかった。いや止められなかった。

そして、飛べないと聞いていたモゾモゾ君はついぞや空高く飛び立った。

夕暮れの空の下。

モゾモゾ君は遂に自由を手にしたのだ。

私と息子はただただ夕暮れのピンク色の空の下に突如として現れた黒い点を見届けた。

息子は泣いた。

「パパ。モゾモゾ君を探して。寂しいよ。」

息子の一言に正気を取り戻した私はさっきまでの感情が嘘かの様にモゾモゾ君が恋しくなりスマートフォンのライトを照らしてはモゾモゾ君を探した。

明らかに運動不足のモゾモゾ君の飛距離は多分だが短いはずだ、モゾモゾ君は確実に近くにいる。

私は必死にモゾモゾ君を探した。

明け方の街

桜木町で

こんなとこにいるはずもないのに

旅先の店

新聞の隅

いつでも探してしまう どっかに君の笑顔を

1時間ほどモゾモゾ君を探したがどうやらモゾモゾ君は近辺にはいない様だ。

冷淡な息子は家に帰っていた。

そして息子をお風呂に入れている間に妻がモゾモゾ君を捜索したが見つからなかった。

私は言いたい。

多分きっと君には一生会えないだろう。

だからSee you againとは言えない。

Good Luck。

生きろ!!

この不条理な世の中では言葉が1番のリーサルウェポンだったりするが君には言葉はない。

それは多分幸せなことだ。

君はただ純粋に甘い蜜を追い求めれば良い。

辛くなったら戻って来い。


そして次の日、仕事中に妻からLINEが来た。


そこには写真が添付されていた訳だがモゾモゾ君がいた。

私達夫婦は定期的に寺で行われるヨガレッスンに参加しているのだが、その講師のインスタストーリーに白いペンで×のタトゥーをしているモゾモゾ君が確かにいた。

「ベランダにカブトムシがいたので育てることにしました。」

そう書かれていた。

どうやらモゾモゾ君は自然界では生きていけないと判断したのだろう。

私はヨガの講師にDMをしようかと迷ったが、なかなか信頼出来る方だったのでモゾモゾ君の人生を託すことにした。

人は決して1人では生きていけない。

人を殺すのも人だが、生かすのも人だ。

もし人生に思い悩んだら信頼出来る人に頼ろう。

それは決して逃げではない。

我々は生まれ、ただただ生きるだけだ。

死ぬ瞬間まで可能性を信じよう。

カブトムシでさえ分かっている揺るぎない事実だ。

誰にも自分の人生など分かりやしない。

つまりは逃げることはリーズナブルな選択だ。

私は明日麻婆茄子を食べるだろう。

今ならきっと大嫌いな茄子も食べれるはずだ。

モゾモゾ君との出逢い、そしてあっけなく訪れた別れ。

生涯忘れることはないでしょう。

One Love.

この10分後にモゾモゾ君は力強く飛び立った。

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