試練の時があまりに長く。

癒着してた。

感情や感覚は

私が裏切りたくない人と癒着して

個人だけの感覚には程遠く

私になりきれずに苦しんでた。


それに気付いたのは、

前の彼氏と付き合っていて

度々、ケンカをするようになった頃だ。


もしこの感覚が私の感覚で今ぶつかり合っているのならそれでいい。

だけどもし、

この感覚が私じゃない誰かの感覚でぶつかり合っているのならそれは間違っている気がする。


私じゃない誰かの感覚。

ようは、生まれ育った環境の中で与えられた価値観。

自分の価値観と勘違いしてきたもの。

多分、誰にでもあると思う。


私は唯一、母親にはワガママになれた。

だから、

母からの愛情だけは裏切りたくなかった。


世の中は、

8年も付き合っていれば、

できちゃった婚も認めてくれたと思う。


だけど、

出来ればちゃんとプロポーズされて

その上で子供を産み育てたかった。


確かに過保護で心配性の母は

絶大な決定権を持っていた。

それは、私の中で。


理解して欲しかった。

あんたがやりたいようにやりなさい。

と心から思って送り出して欲しかった。

うちの母は、

リスク管理の鬼だと思う。

何事も正攻法じゃないと気が済まない。


それが、

彼女にとっての正解だ。


そんな感覚の元育った私もまた、

正解・不正解に対してシビアだった。

だから、

長年その感覚で生きてきた。


そこからだ。

その癒着した感覚を引き剥がしていく作業が始まったんだ。

気が付いたのは確か、

25,6の頃だったと思う。


口喧嘩が絶えなくなった。

ホントに未熟な私は、伝え方もわかってなくて

とにかく伝える事に必死だった。


ここで、気付くんだ。

私は本当に自分の譲れないもので

こんなに大切な人とぶつかりあってるんだろうか?

と。


彼氏とのケンカにも変化が出て来た。

ワガママでしかなかった言い分が、

譲れない言い分になっていった。


友達や家族の影響をふんだんに受け、
その中で自分のフルイにかけ
残った私の感覚。

誰のものでもなく
私だけの譲れないもの。

私は、自立したくなってたんだ。


譲れないものだから、

覚悟がきまっていった。


いつまでも親の脛かじって楽しんでる彼にも

少しずつ疑問を持ち始めた。

休みの度に会うのに、

もう良い大人なのに、

いつだって彼の実家に泊まるのがイヤになり、


一緒に住めばいいじゃん。

もう大人のお付き合いをしようよ。

と、同棲の話もした。


夜遊びばかりしていた私は、

夜遊びもやめて、

濃い化粧もナチュラルメイクに変えた。


だけどね、

それまでの私があまりにもワガママだったからかな

彼には伝わらなかった。

というか、

それまでの度重なるケンカで、

彼はもうまともに話す気もなくなっていたのかもしれない。


私は私になりたくて

ホントなら彼のそばで私になっていきたかったけど

それは叶わなくて

私が私になる為にこの道を選んだんだ。


それは、仕事という道。

仕事なら義務という言葉が私を護ってくれて

私の思う義務を果たせる。


今、その道を8年歩んできたとこだ。

それなりに恋もした。

でも、

彼じゃない違う誰かを私の相棒に任命するのは

やっぱり簡単なことじゃなかった。


子供のままいるか、

大人になりきってさえしまえば

世間一般の恋人同士にもなれたけど

それならば彼と別れた意味がなくて

彼と別れてまで同じ事する意味も価値も私は見出せなかった。

休みの日は必ず会うとか

暇さえあれば連絡を取り合うとか

こう、

縛り合うみたいなことはしたくなかった。

私の仕事は誰にでもできる仕事だけど

プライド持ってやってることだから

わかったようなこと言われるのも

仕事に口を出されるのも嫌だった。

管理する立場になり、余計にそう思う。

理解も欲しい。

だから、

なかなかこの人にそばにいて欲しいと思える人には出会えなかった。


一人は苦しかった。

不安もあった。

希望を飲み込むくらい孤独な時間もあった。

でも、

間違ってなんかない

って自分を信じて進むしかなかった。


誰もそばにいなくても

抱き締めてくれる腕がなくても

友達もいるし

家族もいるし

仕事仲間もいるし

仕事もある。

どんなに孤独でも私は一人じゃない。

だから、大丈夫。

まだ進める。


何度もそう言い聞かせた。

いざとなったら泣き付いて抱きしめて貰うんだ!!!

と後ろ盾を強く感じながら

みんなの存在に支えられながら

今日まで生きてきた。


会わなくても

電話しなくても

いつでも両手広げて受け止めてくれる友達がいるという心強さは

本当に掛け替えのないもの。


たくさん傷付きながら

たくさん泣いて、愚痴も不満も言って

でも、それじゃ何も変わらないと気が付いて

生産性のないものが嫌いになり

愚痴や不満が糧になる事に気付き

そして辿り着いた今。


本当に全てが穏やかで幸せ。


仲がこじれた友達もそれなりにいた。

私の生き方に傷付き離れていった友達もいた。

だけど、不思議と、

今このタイミングで連絡をくれた。

ホントに何人も。

不思議に感じる。

だけど、

それで更に私は幸せだと感じる。


こんなに時間も経ったのに

きっと不意に私を思い出してくれた。

ずっと不安で

ずっと寂しくて

ずっとこのままなんじゃないかと思ってた私には

本当にありがたい。

もう私は自分の幸せを受け取れる。

だからもう迷わないと思える。

もう失わないと思える。


この何気無い友達たちがいるこの人生が

本当に幸せで

今、集大成で、

だけど、きっとこれからもっと拡大してく。


これから先も通り過ぎるだけの出逢いもあるだろうけど

でも大切にできる。


それが今の私。

長い長い試練の時を戦い抜いた私の今。


だから、みんなが健康で元気で

悲しいことや辛いことがあっても

また笑える日がくること信じて

幸せに生きてほしいし

自分もまたそうありたい。

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