天使がさがした愛

愛をさがしている天使がいました。
もう何年も故郷に帰っていないらしく、
世界じゅうのどこをさがしても
愛は見つかりませんでした。

「このまま見つからなければ、わたしは
地面を歩く人間になってしまうんです」

天使は宵の満月に相談しました。
宵の満月は笑っているようで
笑っていない顔で、何も言わず
大きな楠の木を照らしました。

すると大きな楠の木の葉っぱが
金色に光り出したので、天使は
「ありがとう」と言って、葉っぱを
一枚ずつちぎっては、表と裏を調べました。

何枚も何百枚も調べても、愛はみつかりません。
そして最後の一枚になっても愛は見つからず、
まる裸になった大きな楠の木は
枯れてしまいました。

「ああ、とんでもない事をしてしまったわ!」
天使は空を見上げましたが、宵の満月は
どこかへ消えていました。
 


「どうしたらいいの!」
天使は涙をポロポロこぼして叫びました。
すると南の空のさそり座の赤い星が
キラキラと瞬き、光の粒が急ぎ足でやって来て、
草むらでコロコロと鳴くコウロギを照らしました。

天使はしゃがみ込んで、草むらのコオロギに
大きな楠の木を枯らしてしまった事を話しました。

「木が葉っぱを落とすのはよくあることさコロコロ。
それがちょっと早くなっただけだよコロコロ。
それにほら、おかげでボクの寝床はフカフカ。
だから気にしなくていいよコロコロ」

「それにね、この楠の木もめぐりめぐって
どこかにつながっているんだからコロコロ」
草むらのコオロギはつけ加えて言いました。
そう言われた天使はなんだか安心して
「うん」と、うなずきました。

「でもね、もうひとつあるの。
ずっとさがしているんだけど愛が見つからないの」

草むらのコオロギは驚いて、
「キミは愛をさがしているのかい!
ボクは愛に見つけてもらおうと、ずっと
鳴いているんだよコロコロ」と言いました。

「なんですって!
愛があなたをさがすっていうの?」
今度は天使が驚きました。

「そうだよ、でもこんな草むらを
さがしてくれる愛はないだろうなコロ」

「あなたは愛に見つけてもらったら、
そのあとどうするの?」

「さあ、見つけてもらってからでないと
わからないなぁコロ。キミとボクは
よく似てるけど、全然ちがうんだね。」

草むらのコオロギは茶色くなった葉っぱを
くるくる回しながら言いました。

「キミは愛を見つけたらどうするの?」

「世界じゅうのみんなに届けるの」

「世界じゅうって、この森のこと?」

「何を言ってるの、こんな小さな森じゃないわ。
もっともっと、ひろくてひろ~い世界じゅうよ」

「キミはそんな姿で世界じゅうを周れるの?」

「わたしは天使だから、大丈夫」

「ええっ!天使?」

「そうよ」

「キミはどこから見てもコオロギじゃないか」

「コウロギはあなた。わたしは天使なの」

「そこの葉っぱに乗った水の粒を見てごらん」



天使は水の粒を覗き込みました。

「あなたが映っているわ」

「違うよ、ようく見て」

「まあ、なんてこと!これがわたし?」

そこには草むらのコオロギそっくりの
自分が映っていました。

「わたし、天使じゃなかったの?
世界じゅうに愛を届けるのが
わたしの使命だと思っていたのに・・・・」

「その気持ちは天使そのものだけどね。
現実はそんなものさ」

草むらのコオロギは天使の頭を
やさしくなでてあげました。

「ありがとう。
こんなに悲しいのに、なんだか嬉しいわ」

「それはキミとボクが、なんだか似ている
からだよ。姿はそっくりだし」

「それは言わないで。
でも、わたし、愛を見つけていないのに、
愛の中にいる気がするわ」

「そりゃあ見つけられないはずだね」

「そういうあなたは、もう鳴かなくなったわね」

「うん、なぜだかわからないけど、
もう鳴かなくてもいいような気がするんだ。」

おしまい


 

何日目かの夕暮れ。
宵の満月が大きな楠の木を照らすと、
木の枝に数えきれないくらいの
緑色の葉っぱがつきました。

「あー、よく寝たわい」
大きな楠の木は大きなあくびをしました。

「ところでお月様。この星では
天使はみんなコオロギになってしまう事を、
教えなくてもいいのかい?」

「あの二人はなんだか忙しそうだし、
もうちょっと黙っておこう」
宵の満月は笑いました。

「相変わらず、イタズラ好きなのね」
さそり座の赤い星が笑いながら言いました。

 

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