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#4.2『火のないところに煙は』ーその2:僕の話ー
冒頭にも少し書いたが、僕自身不可解な現象に悩まされている。
いや、悩むほどではないが…。。。
ある日、仕事が終わり床についていると夜中に目が覚めた。
1Fから話し声が聞こえるのである。
僕はその日は連日の会議と資料作成に追われ、
自分が寝ているという意識もないくらいすぐに眠りについていた。
最初は、聞き間違いかと思った。
夢の中かどうか、確信が持てなかったのである。
しかし、段々と目が冴えそれは紛れもなく自分の家で、
寝室の階下から聞こえてくることがわかった。
自分の理解と比例するように、恐怖と確かめたい気持ちが込み上げてくる。
布団の中で2つの相反する気持ちの葛藤が行われた結果、
僕は、意を決して確かめることにした。
起き上がって時計を見ると、時計の針は深夜2時を少し回っていたところだ。
寝室のドアを開けると、先ほどうっすら聞こえてきた話し声や笑い声がよりはっきりと聞こえる。
「なんだよ…やめてくれよ…。」
僕は暗闇に向かって、現実を確かめるように呟いた。
寝室の目の前の階段を一段降りるたび、嫌な汗がじんわりと額を濡らすのがわかった。
階段は半螺旋状になっており、折り返し地点が過ぎて1Fの廊下が見えた。
相変らず声は止まない。
僕は、そこで新たな事実に気がついた。
リビングが、うっすらと明るいのである。
僕が気に入って取り付けた、暖色のダウンライトの色とは違い青白い色だった。
気がつくと、話し声は止んでいた。
しかし、青白い光はリビングから漏れたままだ。
僕はドアに手をかけた。
このドアを開けることで、元の生活に戻れないような気もしたし、
あっさりと戻ってこれるような気もした。
ドアを開ける。
…
………
………………誰もいない。
唯一普段の真夜中と違う点は、テレビがついていた。
「そうか、話し声や笑い声はテレビの音だったのか」
「ちょうど番組が終わったから声も止んだのか」
ほっとした。
だが、僕の理解が脳から全身にわたって追いついた瞬間に、気づいた。
「テレビ…消したよな」
いくら疲れて寝ていたからとはいえ、きちんと歯を磨いて火の元を確認し、消灯した。
間違いない。
じゃあ誰がテレビをつけた。
…
………
いくら考えてもわからなかった。
テレビを消して、寝室に戻る。
結局その日は朝まで寝られなかった。
その後も僕は定期的に同じ現象に悩まされることになった。
週に一度くらいのペースで、夜中にテレビがつくのである。
ひと月ほどそんなことが繰り返されたのち、僕はあることに気づいた。
毎週決まって、木曜の深夜2時ごろにテレビがつくのである。
日中不在の間につくこともなければ、土日や明け方に起こることもない。
必ず平日の深夜だったのだ。
寝起きを起こされたのだ。
こんな簡単なことにも気づかなかったなんて。
しかし気づいたけれど、どうしようもないことに絶望した。
最初にいうのを忘れたが、僕は結構怖がりだ。
流石にテレビがつく瞬間をこの目で確かめる勇気はない。
木曜の深夜2時ごろ…………
僕は、あることに気づいた。
……
…………
…「祖父が亡くなった時間と曜日だ」
その不思議な現象が起こる2年ほど前に亡くなった祖父は、
80歳を超えて大腸癌と診断されて病院に入院していた。
僕は詳しく聞かされていなかったが、かなり末期だったらしい。
進行は早く、あっという間に痩せ細った姿になっていたのが忘れられない。
亡くなった日、僕は夜中に母からの電話で起こされたのを覚えている。
確かあれは、深夜の2時を回っていた。
まさか…
次の日、叔母に確認したところ間違いないことがわかった。
どうすれば良いかわからないが、とにかくお墓と仏壇にお参りした。
「おじいちゃん、どうしたの」
「何かあった?」
と心の中で呟きながら。
その後、自分でも拍子抜けするほどパッタリとその現象は起こらなくなった。
やはり、祖父の仕業だったのだろうか。
僕は亡くなった祖父が好きだった。
亡くなった後もよくお墓へ行ったり今は叔父叔母が住む祖父母の家へ遊びに行っていた。
しかし、仕事が忙しくなり、段々とペースも落ちてきた。
気がかりだったが、どうしても優先順位が落ちた。
寂しかったのかな。
お墓で手を合わせた僕は、
少し雑草が目立ってきた墓石とそこに刻まれた祖父の名前を見てそう思った。
それと同時に、冷たい風が吹いてちょっぴり僕まで寂しくなった。
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