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2022/04/30 僕だけがいつもわからない

何を言っているのか全然わからない演劇を見た。いっしょうけんめい観たけれど本当に全然何もわからなくて、だから、わかったような顔をして拍手をするのもなんだか間違っているような気がして、役者さんたちがお辞儀をしているのをぼーっと見ながら一応ちょっとだけ手をペチペチするふりをした。多分失礼な奴だと思われていたと思う。一緒に観た二人はなんとなくだけどちゃんと内容をわかっていたみたいだった。僕だけがわかっていなかった。だから僕は結局ただの失礼な奴になってしまって、そういう時、いつも申し訳ない。生きているのが申し訳ないとかそういう画力(えじから?えぢから?がりょく?がりょくじゃないだろう、えぢから)のある思いではなく、もっと細々とした、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ああ、ごめんなさい、そういう、で、僕だけがいつもわからない。

その日のお昼には、お世話になったジムを辞めるので最後の挨拶をしに行った。ジムのおっちゃん以外誰もいなくて、ちょっとした世間話とか、新年度からの生活の忙しさとかを話した。おっちゃんは、ジムの会員がどんどん減っていることを嘆いていた。コロナのせいだと言っていた。
「コロナも嘘、宇宙も嘘だよ!」
おっちゃんは大きな声でそう言った。笑いながら(笑ってるんだろうか)言った。おっちゃんはコロナのことを信じていない。宇宙のことも信じていない。おっちゃんが何を考えているのか、僕にはいつもわからない。僕はその帰り道、一人ですっごく笑った。全部馬鹿みたいなシーンだった。

全然わからない演劇を観た帰りの電車、一人、電車(電車!)、電車に乗る前はいつも喉が渇いたような気分になる。じっとしているのが苦手なので、電車が来るまではいつもホームの端から端までをずっと往復して歩いて時間を潰している。その時少しでも自分の足を止めるために(ただ目的が欲しいだけなんじゃないの?)、自動販売機で飲み物を買う。自動販売機の前で飲み物を選んでいる間だけは足を止めることができる。悩んだ挙句、結局甘ったるそうなミルクコーヒーを買ってしまった(甘ったるそうなミルクコーヒーを買ったという事実を買ったんじゃないの?)。ミルクコーヒーは矛盾している。ミルクコーヒーは間違った飲み物だ。わざわざ自分で苦い汁を抽出しておいて、苦すぎるからってミルクと砂糖を入れて必死で苦さを抑えようとしている(そんなこと言いながらいつも飲んでるじゃん、何なんだよ。じゃあ飲むなよ。こういう分かったようなことを言いたいだけなんだろ。演劇が何もわからなかったからその埋め合わせのためにそういう理屈ばっかりこねて、それでつまらない文章ばっかり書いて。何もわかっていないくせに。誰が読むんだよそんなもん(読まれるよ(うるさい)))。喉もあんまり渇いていなかったし、ミルクコーヒーは一口飲んだだけでもう鞄にしまった。僕はやっぱり間違っていた(ホームの端から端まで歩くとか書きながら、今日はホームに来た時点で既に電車が着いていたから別に歩くつもりなんかなかったじゃないか。ただ何となく落ち着かなくて飲み物を買いたかっただけじゃないのか。そうやって小さな嘘ばかり書いているから感情が上滑りして、それを知識とか時間が足りないせいにして書けないふりしてるだけだろ(本当にそんなこと思ってるか?ただ自分を攻撃したいだけなんじゃないのか?))。

「宇宙詐欺ってYouTube知ってるか?」
ジムのおっちゃんはいつか、そう言った。YouTube、宇宙詐欺、検索、そして、「NASAの映像は全部フェイク動画です」「全部CGです」「宇宙飛行士という人たちは弾丸よりも早いスピードで地球を回っている設定なんですって」「そんなこと信じてる馬鹿がいるんですね~」「無重力も全部ワイヤーアクションです」「ほら見てください、下手くそな演技ですね~」「この場面に注目!明らかにワイヤーで服が突っ張ったような不自然な動きです」「馬鹿な工作員たちの猿芝居ですね~」(なんだよ)「恥ずかしいですね~」(ふざけんなよ)「ほら、笑ってください」(くそ!)「これが政府の陰謀です」(くそ!!!!!!!!!!!!)、そう、そう、その、結局それがジムを辞めるきっかけだったかもしれない。表向きは新年度で忙しくなったから辞める、とか言って、結局はあの日からずっと辞めるタイミングを探していたんだと思う。おっちゃんが何を考えているのか、全然わからなかった。僕はいつもわからない。おっちゃんは僕のことをずっと馬鹿な工作員だと思ってたんだろうか(本当にそうか?(人間ってそこまで悪いのか?(意図とか意識なんてあってないようなもんだろう、無自覚に軽蔑されてるんだよ(まあでもそれを態度に出さないでいたってことは優しさなんじゃないの?お前だって嫌いな奴ぐらいいるだろ))))。僕だけが真実を知らなくて、ただ政府の大きな陰謀を果たすための馬鹿な手先として、捏造された映像を作るために無駄な「研究」を続けている奴だと思われていたんだろうか(そうなんだろうか(本当にそうなんだろうか))。

いつか、まだ僕が演劇をやっていた時、人の感情がわからないと先輩に言ったら大勢の人に笑われた(そんなに大勢だったか?(どうせ裏で言いふらして大勢で笑ってたんだろ))。そうなんだろうか。やっぱり僕だけがおかしいんだろうか。みんなわかっているんだろうか。僕だけがいつも何にもわかっていないんだろうか。いつまでも人の気持ちがわからない。僕だけわからない。どういう服を着ればいいかわからない。マナーがわからない。人がいつ怒るのか、怒るときに何を期待しているのか、また誘ってねと言った時に本当はどう思っているのか、楽しかったと言った時にどのくらい楽しかったのか、いつも何にもわからない僕を心の奥ではどのくらい軽蔑しているのか、軽蔑していないのか、わからない。けれど、みんなわかったようにスンとしている。そういう時、いつも申し訳なくて、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ああ、ごめんなさい、そういう、で、僕だけがいつもわからない(こうやって、はじめの段落のフレーズに戻ることで終わった気にさせる、いつもの手癖で適当に終わらせようとしている。だからつまらない。こんな小手先の技術ばっかり身に着けるからつまらない文章になる(じゃあお前が終わらせてみろよ(うるさい)))。

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