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2022/02/24 むかつく


むかつくことが多い。スイートピーという花を買った。

ずっと行きたかった東京都現代美術館に行った。むかついた。寒川裕人さんの作品は素晴らしくて、ほとんど同世代の方がこんなにもすごい作品を作っていて、ああ、すごい、シャッター音、『群像のポートレート』という作品は、シャッター音、じわりと色彩が目に染みこんでくるようで、それがじゅわわり涙に変わり、シャッター音、シャッター音、『黄色い花畑のドローイング』は的確に景色の印象を捉えていて、それが、材料の質感を通して生の体験として、シャッター音、再現、シャッター音、されていて、とても新しかった。シャッター音、シャッター音がうるさい。みんなめちゃくちゃ写真を撮っている。作品の前に立って、手にはスマホ、2秒間だけ作品を見て、スマホを構えて、撮る、念のためもう一回撮る、そしてまた2秒間だけ見る、去る、もしくは、二人組で片方がスマホを構える、もう一人が作品を見ているふりをする、もちろん見ていない、撮る、撮る、別のポーズ、撮る、少しアンニュイなポーズ、撮る、撮れ高の確認、撮影者交代、撮る、撮る、アンニュイな角度、撮る、そういう、鑑賞、というか、撮影会、が、繰り広げられている。あちこちで。ほとんど誰も作品を観ていない。どういうことなんだ。何なんだ。作品を観るために来たのではないのか。むかつく。ルールの範囲内では鑑賞の仕方は自由だから、むかつく。どう観るかは人の自由だから、むかついてる僕の方が間違っているから、むかつく。むかつくことが多い。

スイートピーを買ったのは、近所の、たまたま見つけた花屋だった。散歩の途中で見つけて、何か珍しい花でもあれば一本買おうかと思って、入る、タバコのにおい、しまった、そういう店か、おじさんが出てくる、タバコのにおい、なんだこれは、花にタバコのにおいがうつるんじゃないか、気さくに話しかけるタバコのおじさん、何しに来たんだい、いやちょっと花を一本買おうかと、はっはー、おじさんがいやらしい顔、さては女だなー、おじさんがいやらしい顔、いや違いますけど、おじさんがいやらしい顔、どうやら、花を買うのには理由が要るらしい、男がただ訳もなく花を買うのはおかしいらしい。むかつく。長い世間話を一方的に話してきた後でスイートピーを勧めてきたので、買う。むかつく。気に入ったけれど、買わされたみたいでむかつく。

楽しみにしていた演劇が中止になった。むかつく。出演者がコロナ陽性らしい。むかつく。人命が優先だから、むかつく。人命が優先だから、文句を言ったら人道に反するから、むかつく。むかつくことが許されないから、むかつく。ビールを飲んだ。それでもむかつく。ずっと楽しみにしてた。むかつく。

花を買うのに理由を求められるように、人が存在するのには理由を求められる。だから、あんな風に写真を撮らずにいられないんだと思う。スマホで撮った作品の写真なんか後からじっくりと見返す訳がないのに、それでも撮らないとその場にどう存在していいか分からないんだと思う。ただ、その場に自分がいてシャッターを押したという証拠を残して、それを周りに見てもらって、そういうことを繰り返さないと、生きている感じがしないんだと思う。むかつく。僕らの存在は、その命は、もう耐えきれないほど希薄になっているんだと思う。むかつく。分からないものを分からないままにゆっくりと受け入れていくような余裕は、もうほとんど残されていないんだろうか。むかつく。

スイートピーは小さい花が何層かに分かれて咲いていて、色が濃い下の層から順番に枯れていく。スイートピーは今、下から三層目の途中ぐらいまで枯れてきていて、それは、老いのようだ。創造的人生が十年間だとか、カプローニ伯爵は言っていて、だから、焦りがある。ほとんど同世代の人があんなにもすごい作品を作っていて、どうだろう、僕は、けれど、どうだろう、どれだけ一生懸命作っても、どうせ消費されるだけだろうか、分からないものを分からないままにゆっくりと受け入れていくような余裕は無いのだから、もう誰も観てはくれないのではないだろうか。むかつく。むかつくことが多い。

西の国に爆弾が落とされた。戦争が、むかついた人とむかついた人の争いなんだとしたら、むかつく。むかつく。力を持ってそれを安全なところから振り回す人間はむかつく。

スイートピーってかわいい名前だと思っていたら、ピーって豆って意味らしい。甘い豆。かわいくない。むかつく。

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