ブレイクオントゥースルージアザーサイド

アレは連日真夏みたいに暑い日が続いた2019年の5月の終わりの土曜日。
ワタシは朝食を食べながらぼんやり外を見ていた。
その日も快晴でふと思った。

「海、見たいな」

30分後、ワタシは鎌倉を目指して自転車を走らせていた。

その前年の8月にクロスバイクを手に入れ、遠出してみたいなって気持ちがあって。
なんで今回鎌倉かと言いますと、ワタシが10年ほど働いてたキノトというライブハウスに良く出てもらっていた先輩DJのミックさんという方がおりまして。
彼は数年前に体調悪くして、その後結婚してそのタイミングくらいでDJはお休みすると。
ライブハウスにもあまり遊びに来なくなってそこからあまり会う事が減って。ミックさん大好きだし久々に会いたいなと。
で、彼の職場が鎌倉にある腸詰屋というソーセージと地ビールが売りの店で。
店も気になるしアポナシで行ってミックさんを驚かしてやろうってワケ。
しかしこのミッションの不安要素はアポナシ故に不在の可能性があるってコト。
まあそれならそれでトホホな失敗談として酒の席の肴になるし問題ナシ。
ワタシは早速鎌倉までの道のりを調べた。

ら、どうやら自宅から鎌倉まで53キロらしい。
3時間50分かかるとのコト。
いやいやいやちょっと待て。
新宿で働いてるロックバーまで11キロでいつも25分くらいだ。
1時間で25キロくらいイケるはずでそれなら休憩しても2時間半で着く。
ナビくんめ、ワタシの速さを知らないな。
今日の出勤は16時半だから余裕を見て13時半に現地を出ればオーケーだ。
現在9時。
これならミックさんの店でソーセージをビールで流し込んでも余裕だ。
ワタシはクロスバイクに跨った。

こういう時は疾走感があってスカッとした音楽がいい。
fountains of wayneとFoo Fightersを選んで爽快に進んでいると20分くらいで第1拠点の二子玉川に着いた。
そういや昔ここでバーベキューやってなんでか忘れたけど全裸になって川に入ったっけ。
すっかりその時のメンバーに会ってないけどみんな元気かな。
ちょっぴりノスタルジーになったが旅はまだ始まったばかり。
でももう二子玉川ってことはむしろ2時間くらいで着けるんじゃないか?
と思ってる内に第2拠点である横浜に突入。
横浜アリーナを横目に次の目標地である戸塚を颯爽と目指した。

うーむ、順調だ。これはやはり早く着けそうだ。ミックさんの店と海でもゆっくり出来そうだな。よしよし。
ところが、なかなか戸塚駅には着かない。
道を間違えたか?いや、合ってるな。
地図を見てみると思ったより進んでいない。
そう、車やバイクとは違って自転車はノットオートマティック。
ギアが重いチャリを1時間漕いでペースが落ちていたのだ。
漕いでも漕いでも単調な道に加えて初めての道ってのはなかなかシンドイ。
汗も凄いし水分補給がてら小休止してワタシはペースを上げた。

すると程なくして戸塚駅の表示が。
よしよし、これでもう半分くらいだ。
てコトはいつもの調子なら1時間、ペースダウンしても1時間半。
ミックさんきっとビックリするだろな。

なんて思っていたがどっこい、やっぱり体力は落ちていて予定よりもドンドン遅くなる。
道は果てしなく感じてきていた。
そして気が付いた。
そうです、「何処かへ行く」というコトは「帰らなきゃいけない」というコト。
更に言えばこの日はロク嘘出勤かつ、新人バイトゆうすけとタッグを組んでいるので鍵を持っているのはワタシのみ。
なんとしてでも時間までに間に合わないといけない。
しかしまだ目的地にも着いてないのに限界を迎えつつある。
更に熱中症になったのか頭も痛くなってきたし水分を取っても口はカラカラに乾いてる。
そこで脳内会議が始まった。

「もう自転車をぶん投げて電車で新宿まで行きたいんだけどどうするかな。

いや、ここまで来たんだし頑張ってミックさんに顔を見せるのだ。

いやいや、今こんななのに同じ距離のロク嘘まで辿り着けないでしょ?バカなの?

待てよ?ミックさんの店に自転車を置かせてもらって明日昼間の仕事が終わったら鎌倉にピックアップしに来て家まで帰るって手もあるな。

待てって。仕事終わった後にこの地獄を味わうつもりなのか?やっぱりバカなの?

大体いつもそうだ。オマエは思いついたら後先考えず実行して何回痛い目にあってきたんだよ。

ええーい、うるさい!
此処ではない何処かを求めたり、退屈な日常をブレイクスルーするのはロックの永遠のテーマでしょうが。
なんとしてでも海を見るのだ!」

とか色々考えてると何となく潮の匂いがしてきた。
標識は鎌倉の文字。
やった!やったぞ!もう少しだ!
自転車を漕ぐペースが上がったのも束の間。
疲労で忘れていたが鎌倉に入ってからも目的地の由比ヶ浜までは結構距離があるのだ。
すぐさま気分もペースもダウンした。

自転車を漕ぎ始めて2時間半が過ぎていた。
北鎌倉に突入したがもはや何の為に進んでいるのか分からなくなっていた。
音楽を聴くのも止めた。
長い坂道の途中、ワタシの太腿は痙攣し始めた。
自転車を漕ぐのを止めて歩く事にした。

坂を登りきって自転車で下っていると観光客らしき人達が増えているのに気が付いた。
坂の突き当たりを曲がると店もたくさんで人でいっぱいで自転車を降りた。
ふと手前の店を見ると腸詰屋の看板が。
ミックさんがいるか店内を覗いてみたが見当たらない。
そういや3店舗あるって言ってたな…
こんな汗だくで髪もバッサバサな状態な上に行列のミナサンを横目にミックさんいますか?なんて聞くのも忍びないなぁ。
あ、そういやミックさんの苗字なんだっけ…
ワタシは心の中でミックさんに謝りつつ海を目指した。

程なくして鶴岡八幡宮に着きそこを曲がれば突き当たりが由比ヶ浜だ。
しかし残念ながら身体と気持ちはリンクせず近いはずのその道が永遠に続くように思えた。

懸命に漕いでいると視界が広がった。
2時間50分かけて念願の海に着いたのだ。
家を出る時は海に着いたらビールを飲もう、さぞかし美味しいだろうななんて思っていたが身体はポカリを欲していたので素直に従った。

ぼんやり海を眺めた。
辛かったけど来て良かったなぁ。
やっぱりたまには自然と触れ合わないとなぁなんて思っていた。
そしてワタシは思った。

「よし、ロク嘘行くか」

滞在時間10分。
ワタシは53キロ離れた新宿へ自転車を走らせたのだった。

この日のトータル移動距離120キロ8時間。

ねぇねぇ、誰か一緒に腸詰屋にソーセージと地ビールしに行きましょうよ。
モチロン電車で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?