大人も社会もいいかげん変わろうよ

‪親として指導者として、
指導時に自分の感覚がおかしく感じる時がある。

平等というなの勘違い。
指導者も保護者も子供も。
人として好き嫌いという感情。
そして厳しさ=強さという勘違い。
人の命は最優先。

もちろん厳しさも甘さもなければダメだけど、
厳しさにも方法がある。
暴力は1番わかりやすいダメな方法。
暴言は基準が曖昧な部分はあるけれど、
一人一人その基準は違うし、
我慢の耐性も違う。
そして、方法も考え続けて調べればいくらでもある。
たとえ全ての生徒に当てはまらなくても
1人ずつの方法を探せばいい。

指導者が口だけなのか?
口裏合わせなのか?なんて
保護者はわかっている。
気づいている。
人は自分勝手で
時に過ちを犯す。
自分の意見や考えに自信がないと
人を巻き込んで多数が少数を打ち負かすという
数の論理。
僕から言わせてもらうとバカらしい。
正しい事を言う少数が苦しむなんて
僕個人としては許したくもない。
1人の意見の大切さを簡単に捨ててる気がするから。

話はそれたので戻しますが、
指導者が叱咤激励で言う部分が過度に出て
暴力となる場合には、ゲームの中で子供達は絶対に助けを求められない。
いじめと同じような構図になるから。

いい加減、大人は気づいて行動してよ!
1人でも自分の子供だけでなく、
子供の友達も良いのは良い!
悪いものは悪い!って基準を
一人一人の子供達が持てて、
人と違うからダメ!でなく、
人と違うけれど、
良い部分もあるよね!となるように
変えていこう!

中体連も高体連もそして社会も
部活という枠の中に収まりすぎないで欲しい。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190717-00010000-kanag-soci&p=3‬

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