Brain-Machine Interfaceの面白さと難しさ

修士課程にてBrain-Machine Interfaceを研究しています。今年は少しずつ自分の考えを発信していきたいと思い、noteに投稿してみることにしました。まだまだ勉強中の身ですが、ぜひお読みいただき意見や感想をいただけるとありがたいです。

BMIとは?

BMIとはBrain Machine Interfaceの略で、脳と機械(コンピュータ)の間で直接情報をやり取りする技術の総称のことを言います。近年、脳活動計測やAIによる解析技術が進展し、社会実装が現実味を帯びています。またイーロンマスクが立ち上げたNeuraLinkの影響もあって盛り上がりを見せていると言って良いと思います。

このBMIはいくつかの種類に分けられています。まず目的によって出力型、入力型、両方向型、機能調節型などと分類されます。ここでは主に出力型BMIについて議論したいと思います。出力型BMIでは、脳活動から外部の機械(例えば、ロボットやVRアバターなど)を操作することを目指しています。出力型BMIはいくつかのコンポーネントに分けることができます。

まず第一に、脳活動を計測するデバイスが必要です。計測システムは開頭などの手術が必要な侵襲型、手術の必要がない非侵襲型と分けることができます。侵襲型としては、Neuralinkの開発する髪の毛よりも細い電極が有名でしょう。また、Stentrodeと呼ばれる、血管内に挿入する電極もあります。非侵襲的手法には、脳波やNIRSなどがあります。

次のステップは計測された信号からそこに表現されている情報を解読するステップです。このステップでは様々なデータ分析手法が用いられます。周波数分析などの信号処理や機械学習が代表的です。近年の深層学習やAIの進展を利用して、解読精度が向上しています。

最後に、解読された情報から外部機器を制御するステップです。場合によってはディスプレイなどによってフィードバックすることもあります。

BMIは多様な要素技術を組み合わせることで「脳と機械を繋ぐ」ことを実現しています。では、BMIは何をどこまで実現させているのでしょうか?

SFの実現

多くの人にとって、BMIに対する興味や研究する動機は「SFを実現したい」と言うことではないでしょうか?実は私も、アニメ『ソード・アート・オンライン』からBMIに興味を持ち研究するに至っています。例えば、

  • 念を送ってロボットを飛ばす

  • テレパシーでメッセージを伝える

  • VRアバターを動かす

  • 脳から直接インターネットに接続する

みたいなものが挙げられるでしょうか。実はこれらは「ある程度」実現しているといっていいと思います。例えば、脳活動からロボットアームを動かしたり、文字を打ったり、アバターを動かすことができています。あるいは、脳活動からVR(映像)を動かしたりすることも行われています。最後のインターネットは完全にはできていませんが、コンピュータカーソルを動かしたりスマホを操作する技術は開発されています。

しかし一方で、「ある程度」と言ったのには重要な意味があって、実現したとは言っても様々な制約があります。上で挙げたもののうちいくつかは手術による侵襲型BMIであり、実生活で実現していると言うより研究段階というものも多いです。そのため、まだまだ基礎技術の部分に改善あるいはブレークスルーが必要です。ある意味では、技術を洗練させてやろう、ブレークスルーを起こしてやろうと、全世界で鎬を削っているわけです。

現在ではまだSFの実現まで不十分かもしれませんが、数十年前には夢物語だったものが少しずつ片鱗を見せ始めていて非常に魅力的な分野です。生きているうちに何とかSFの世界を見てみたい、見れるはずだと信じています。

基礎科学としてのBMI

前節では基本的にどちらかと言えば研究者の夢のような話をしましたが、BMIにはもっと真面目な面白さがあります。それは基礎科学への貢献が非常に大きいということです。それはすなわち、「(計算論的)神経科学と認知科学の究極のゴールの一つだから」です。

計算論的神経科学は、脳の構造・機能・ダイナミクスなどを数理的・理論的あるいはデータ駆動に研究する学問分野です。その基本的な方法は、脳をモデル化して実験的なデータを説明したり、逆に結果を予測して実験で検証するというものです。神経科学ではニューロンの活動を記録したり操作するのと同時に行動データを記録することがしばしば行われます。この時、介入したニューロンに関するモデルがあれば実験データを説明・予測できます。例えば、あるニューロンは腕の動かす方向に関連している、別のニューロンを刺激すれば足が右側に動く、などです。

このような研究における一つの究極の目標はリアルタイムに数理モデルを構築し検証することではないでしょうか?それこそがBMIなのです。すなわち、記録した神経活動から数理モデルのパラメータをフィッティングして、それを用いて行動に変換し再び神経系にフィードバックする。一連の流れをその場で見せてしまうことがBMIの真髄だと思います。

ここまではニューロンという微視的な世界の話でしたが、(実験的な)認知科学の世界としても究極のゴールの一つと言っていいと思っています。それは脳にとって全く新しい相互作用の場を用意することができるという点です。人は自分の体を通して環境と相互作用しています。BMIは脳と外部、特にコンピュータと繋ぐことで、コンピュータという新しい環境と相互作用する方法を提供します。コンピュータは人が自由にいじれるわけなので、(ほぼ)任意の環境を与えられるわけです。これは認知機能、特に環境への応答や自己認識の変化などを調べるために強力なツールであることは言うまでもないと思います。

BMIの基礎技術を発展させることは、単に工学や社会実装にとって重要なだけでなく神経科学(特に計算論的神経科学、認知神経科学)にも重要な意味を持っていると言うことです。

BMIは難しい

しかしながら、基礎科学としてBMIを用いることはそれほど容易いことではありません。出力型BMIに絞り、その難しさの一端を紹介したいと思います。

BMIの難しさの一端として、「非定常な超高次元の時系列データ」である脳信号を解析する困難さがあります。大脳皮質には100億を超えるニューロンがあり、それぞれが複雑な力学系で、かつ大規模なネットワークを形成しています。もしこのニューロンたちを大規模に計測したとすると、計測データは莫大な量となり、表現された情報を解読するには果てしない計算量を要します。脳波などによって集団としての活動を計測すれば次元数は抑えられますが、今度は非線形性が増し解析が難しくなります。

もう一つの難しさとして、そもそも脳(皮質)にアクセスすることが難しいと言うものがあります。脳は頭蓋骨や血液脳関門など様々なバリアによって守られている繊細な臓器です。脳に侵襲的にアクセスすることで解像度の高い信号が計測できるとはいえ、慢性的にそれを維持することは困難です。では非侵襲的に計測すればいいかと言うと、今度は解像度やSN比が問題になります。また、解像度とSN比をある程度達成できるfMRIやMEGは装置が巨大かつ高価すぎて日常使用できるものではありません。BMIにおける計測では解像度・SN比・簡便性・低侵襲性を(完璧でなくともバランスよく)満たすものを見つけたいわけですが、修羅の道であることは想像に難くないと思います。

非侵襲な計測によって得られた、とてつもなく複雑でSN比の悪いデータでも、最近のAIの発展なら解決できるかもしれないと思うかもしれません。それはある意味事実で実際に研究されているホットなトピックです。しかし、多くの場合手に入るのは少数の、かつ個人差が大きなデータなのです。大規模なAIにとって悪条件なことは言うまでもありません。

広がりと集結

前章でBMIの難しさを述べてきましたが、これは決してネガティブなものではありません。これだけ困難なテーマに対して、それを解決するために非常に多様な分野から研究者が参入し、解決しようと試みていることが重要なことなのです。

脳活動を計測する機器の多くは電極なので、精度良く信号を計測するための電気電子工学や材料工学が重要な技術となってきました。脳計測を行う電極ですから、通常の電極とは異なる特性が必要です。特に侵襲型では、生体適合性、材料としての柔らかさなどが重要な課題になっています。また記録した信号を処理したり無線通信するための回路やシステムを小型化・低消費電力化することが必要です。これらを解決するため、最先端の工学技術が適用されてきました。

また、信号を解析するため最先端の技術が用いられてきました。前述したように脳信号は非常に複雑なデータです。これらを解決するため、近年では最先端のAIや深層学習が利用されてきました。

BMIは脳活動から表現された情報を読み取る技術なので、当然ながら脳活動と脳内の情報処理の関係を解明し応用することも重要です。実際に、BMIは運動中の脳活動を数理モデル的に研究する過程において発展してきたものでした。

BMIは最先端の工学技術を用いると同時に基礎的な理解の上に立っているシステムなのです。

学際領域としてのジレンマ

多様な技術によって成り立つBMIですが、それゆえのジレンマがあると感じています。技術を発展させ知見を積み重ねていくには、異なる領域で同じ言葉でコミュニケーションをとり、同じ方向を向いて研究を進めることが必須です。一方で、「これが理想のBMI」というビジョンが十分に共有されていないように感じます

BMIの目的は何でしょうか?目的が異なれば、必要とされる技術や許容されるコストのレベルが異なります。一つの答えは医療のためでしょう。脳卒中やALSなど身体に麻痺を負った方のために、「新たな体を手に入れる」と言う目的です。この目的では、ある程度の侵襲性は許容されますが、確かな性能と安全性が求められます。一方で、メンタルヘルスケアのような日常的に使用する想定では絶対的な性能よりも簡便さやユーザー体験が求められます。ゲームやアートのようなエンターテイメントの目的であれば、不確実性や個人差も問題ではないかもしれません。基礎科学に向けたBMIであればある程度の侵襲性は許容される上でできるだけ大規模にできるだけ解像度の高い信号を計測することが求められます。

何のために研究を行い、何を用いてどうやって評価すべきなのか、そしてそれらはどこまで共有できるか?これらを議論することは困難ですが必要なステップです。

以前、知り合いの方に「BMIについて勉強したいが教科書はないか」と聞かれたことがありました。考えてみれば確かにあっても良さそうですが、実はパッと思いつくものはないのではないかと思います。BMIを紹介するための一般書や、個々の要素技術についての教科書はあれど、BMIの歴史や枠組みを体系的に網羅した本はなかなかないように感じています(もし私の知らない教科書があれば教えていただけるとありがたいです)。教科書や一般書の存在は学際領域として参入者を増やすためにも重要なステップなのかもしれません。

生物と機械そして理論の融合

BMIは単に工学的な手法ではなく、基礎科学にも繋がるシステムです。そして、それを実現するためにありとあらゆる知識と技術が注ぎ込まれてきました。私はここにこそBMIの面白さがあると思っています。生物と機械と理論を有機的に繋げる、その接合点の一つがBMIだと思います。これを実現することは非常に難しいことだと思いますが、それだけにやりがいがあり、そして夢が広がっていると感じています。少しでも参入してくれる人が増えることを願っています。

読んでいただきありがとうございました!コメント、拡散していただけると非常に嬉しいです!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?