個人的幕末3大イケメン 〜 中村半次郎 フランス香水と芋侍

個人的幕末イケメン、2人目は中村半次郎。後の桐野利秋だ。
武士の家に生まれながら鹿児島の農村で極貧の幼少期を過ごすが、やがて潘の下っ端として働くようになり、西郷に出会い、その人物に心酔する。もともと読み書きもろくに出来ず、「芋侍」と馬鹿にされていたが、新選組からも怖れられる程の剣術の腕と勉強熱心さで幕末の志士となり、維新後は日本初の陸軍少将にまで上り詰める。その後は下野した西郷に従って自らも職を辞し、鹿児島に帰り、後にあの西南戦争へと進むことになる。

現存している写真を見ても、いかにも快男児という風貌で、実際おおらかで人に好かれる性格だったようだが、私が彼に惹かれるのはその子供のようにまっすぐな純粋さだ。西郷を尊敬し、惚れ込んでいて、ただただ西郷を盛り上げ、西郷に喜ばれることのみを生き甲斐と感じていたに違いない。幕末には暗殺にも関わったと言われているが、このあたり土佐の「人斬り以蔵」こと岡田以蔵が、ひたすら師である武市半平太のために働いたのと似ている。男性という生き物には、これぞ!と思った人物のために心身を捧げて働くことを、至上の喜びに感じるというDNAがあるのだろうか。

男前で人懐こい性格だったから、女性関係は当然華やかであったらしいが、最後は地元で一番古くからの仲のヒサという女性と所帯を持ち、鹿児島で畑を開墾し、穏やかな生活をしたという。しかし、それもつかの間で、時代により西南戦争へと駆り出されて行く。

鹿児島市内中心部にある城山の頂上から少し下ったところに今も小さな洞窟があるが、そこで西郷や半次郎達は最後の5日間を過ごしたという。そして政府軍に完全包囲され西郷は太腿に銃弾を受け、介錯されて自害する。その時間を稼ぐため、中村半次郎も盾となって戦い命を落としたとされている。
実際はこの以前から二人の間はギクシャクしていたというが、半次郎の西郷を慕う気持ちは最後までずっと変わらなかったのだと思う。西郷もそんな半次郎を理解し、受け入れたからこそ開戦に踏み切ったのだろう。例えるならフランス革命における血に染まった混乱期のように、時代が大きく変わる時にはその激しく吹き出すエネルギーを鎮火するために、血を流すことが必要なのかもしれない。西郷もそれを思って人柱となったのだろう。半次郎が惚れ込むだけあって懐の深い男である。

半次郎は結局、いい意味で最後まで「芋侍」だったのだと思う。時代の波に乗り、目覚ましい出世までしながらまっすぐさを捨てなかった。池波正太郎著「人斬り半次郎」では、政府軍との最後の闘いの前、長年縁のあった女性から贈られたフランス製の香水を1瓶全部軍服に振りかけて敵に向かって行った、とされている。その話の真偽は謎だが、それが事実であって欲しいと思わせる、男気と無邪気さのある男なのである。

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