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涙で前が見えません



バカみたいに寒い。






自分でも信じられないが今日でこの会社を退職する。
思い起こせば楽しい7年間だった。


きっと私より残業した社員はいないくらい働いている。
というかお前らもっと労えと思うくらい働いている。
マジでもっと労ってほしい目ついてんのか。


社長にも課長にも部長にもほぼ毎日顔を合わせてるのにまともに挨拶もされない。

私が働きすぎているせいでなんか存在自体が当たり前になってしまっている。
空気だ空気。

なんで毎年の表彰に「空気賞」がないのだ。
当選確実なのに。


そのくせ私が調子を崩すと誰もがキレた。
本当になんでかわからないがお客様までキレた。
誰も私に感謝していないくせに悪態吐きやがって押しつぶしてやろうかと憤慨した。


私の唯一の楽しみは社員の人間観察だった。
社員旅行も休んでほぼ毎日働いていたので観察眼も冴えてくる。
(社員旅行まで休んでいるんだぞ!どうかしている。私への労いを込めて月まで連れて行ってほしい。怖いから社長が先に飛んでほしい。生きて帰ってきたら次は私の番だ)

地味な仕事だが、私がいなければ会社が満足に回らない。
私こそこの会社にいなくてはならない存在なのだ。なのに7年でお払い箱だ。マジで信じられん。
新卒の頃が懐かしい。1年目の自分に会えたらたくさん教えてやりたいことがある。






1年目のお前、そうそうお前だよ。
ピッカピカの新入社員だな。懐かしくて涙が出るぜ。
いいかお前、よーーく聞くんだぞ。


まず、お前は上司のいない部署に配属になる。
お前の就職と同時に前任がやめる。
あり得ないかもしれないが会えるのは一度だけだ。
たくさん話せばよかったとお前は悔やむ。
「おっさんぽい。輝きがない」と勝手な偏見で、シャイなお前は全然話さない。
たくさん話せよ。いい先輩だから。


最初からひとり仕事なのに責任だけ重いような、誰もがやりたくない仕事につく。
だからお前は超焦る。最初の1ヶ月は振る舞い方もわからず、社内でもたくさんの人とぶつかる。

ちょっと手が触れただけで企画部の青山さんに惚れる。
いつもお前に目が合えば焦って前髪を整えるのも、お前に気があるからじゃあない。
2年後の冬至の日、青山さんは経理の蓮水と付き合うことになりお前は泣く。だから淡い期待はしないほうがいい。


それでもお前は毎日真面目に働く。
時に辛いこともあって涙するが、泣いていいのは会社の外だ。
お前は会社の中で泣きすぎだと、いろんな人に涙を拭かれる。
恥ずかしいぞ。だから外で泣いてくれ。


本当に地味な仕事だが、7年後に体にガタがきて退職することになる。
本当にいい会社だったと、お前は泣く。
大きな大きな声をあげて泣く。
恋敵の蓮水の前でも泣く。もうなんの涙か一瞬わからなくなる。



でもその涙はきっと、7年も真面目に真面目に働いてきた自分への感謝と賞賛が詰まった、生涯で最もしょっぱい涙になる。
誰も見ていなくても、理不尽に怒られても、割れそうになりながらギリギリで抑えた心で働いた毎日に伝えきれないほどの感謝を込めて退職する。




特別な体験もない。家が貧乏とか悲しい過去があるわけでもない。体力もそこそこ。立派な趣味もない。見てくれも普通だ。
おまけに不器用だ。たまたまこの会社に入れたようなやつだ。



そんなやつでも頑張っていいんだ。



特別な理由がなくたって、守るものがなくたって、胸張って頑張っていいんだ。



単調な毎日の、ハイライトの隙間を埋めるような、そんな、なんでもない日々を重ねて行くお前は最高に光り輝く。


自分にだけは胸を張れるような7年にしてくれよな。







そうお前は、7年前の私。






今日交換された、ピカピカの自動ドア。


どうも。 サッと読んでクスッと笑えるようなブログを目指して書いています。