その節はありがとうございました
人生ではときどき、不思議なことが起こる。
ぼくが旅行会社に勤めて3年目のある日のこと。会社のエレベーターに乗ると、先に乗っていた年配の男性から突然、「ツアーは売れていますか?」と声をかけられた。
(ああ、うちに来客の方だな)
とわかった。そして、「松本さんはいらっしゃいますか。近くに寄ったもので、社長就任のご挨拶に伺いました」と言うので、これは相当偉い方だなと思いながら、「ご案内いたします。失礼ですが、お名前は?」と伺うと、「JATA(日本旅行業協会)の澤邊と申します」とおっしゃった。
これにはビックリした。
「え、澤邊さんですか?」
「はい」
「あの、ぼく、もしかしたら、大学時代に確かメールを送らせていただいて……」
「はあ……?」
「澤邊さんに、旅の協賛をしていただきました」
「え……?あ……!もしかして、自転車でヨーロッパを旅した……!?」
「はい……!中村と申します」
「あなたでしたか!いやー、お会いできて嬉しいです!」
「こちらこそ、あのときはたいへんお世話になりました」
「まさかここに勤められていたとは」
ほんの1〜2分の立ち話だったが、ガッチリと握手を交わした。
話はその3年前に遡る。当時、大学4年生だったぼくは、夏のヨーロッパ自転車旅を実現するための資金集めに奔走していた。
当時問題になっていた「若者の海外旅行離れ」を、自身の旅と発信によって、少しでも食い止めること。それを旅のテーマに掲げていた。
そこで、「きっとJATA(日本旅行業協会)の方なら応援してくれるのではないか」と思い、少し前に知り合った立教大学観光学部の先生から澤邊宏さん(当時日本人の海外旅行を喚起するプロジェクトのリーダーだった方)のご連絡先を教えていただいた。
そしてメールで想いを伝えた。
すると数日後、澤邊さんからこんなご返信をいただいた。
ありがたいことに、無名の学生に過ぎなかったぼくに、資金援助してくださったのだ。
話を現在に戻す。このエレベーターでの出会いから11年後の、先週金曜日のこと。ぼくが前職の同僚と久しぶりに再会し、日比谷でお茶していたら、彼女が「職場へ挨拶に行く」と言うので、急遽ぼくも一緒に行くことになった。
ロビーの来客スペースのところでかつての先輩や上司と再会を果たし、嬉しい時間になった。そろそろ帰ろうとしていた頃、オフィススペースの一番奥の席に、見覚えのある方が座っていた。
それは、あのときの澤邊さんだった。なんとぼくが退職してから数年後、澤邊さんが社長に就任されたのだ。昨年には社長の座を降りたが、現在も取締役を務められている。ぼくからしたら、「あの澤邊さんが・・・」となんとも不思議なご縁だ。
仕事中なのでさすがにご挨拶は控えたが、お変わりのない懐かしいお顔を遠くから見つめながら、ぼくはまた「その節はありがとうございました」と心の中で唱えた。
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