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その節はありがとうございました

人生ではときどき、不思議なことが起こる。

ぼくが旅行会社に勤めて3年目のある日のこと。会社のエレベーターに乗ると、先に乗っていた年配の男性から突然、「ツアーは売れていますか?」と声をかけられた。

(ああ、うちに来客の方だな)

とわかった。そして、「松本さんはいらっしゃいますか。近くに寄ったもので、社長就任のご挨拶に伺いました」と言うので、これは相当偉い方だなと思いながら、「ご案内いたします。失礼ですが、お名前は?」と伺うと、「JATA(日本旅行業協会)の澤邊と申します」とおっしゃった。

これにはビックリした。

「え、澤邊さんですか?」
「はい」
「あの、ぼく、もしかしたら、大学時代に確かメールを送らせていただいて……」
「はあ……?」
「澤邊さんに、旅の協賛をしていただきました」
「え……?あ……!もしかして、自転車でヨーロッパを旅した……!?」
「はい……!中村と申します」
「あなたでしたか!いやー、お会いできて嬉しいです!」
「こちらこそ、あのときはたいへんお世話になりました」
「まさかここに勤められていたとは」

ほんの1〜2分の立ち話だったが、ガッチリと握手を交わした。

話はその3年前に遡る。当時、大学4年生だったぼくは、夏のヨーロッパ自転車旅を実現するための資金集めに奔走していた。

当時問題になっていた「若者の海外旅行離れ」を、自身の旅と発信によって、少しでも食い止めること。それを旅のテーマに掲げていた。

そこで、「きっとJATA(日本旅行業協会)の方なら応援してくれるのではないか」と思い、少し前に知り合った立教大学観光学部の先生から澤邊宏さん(当時日本人の海外旅行を喚起するプロジェクトのリーダーだった方)のご連絡先を教えていただいた。

そしてメールで想いを伝えた。

社団法人 日本旅行業協会
澤邊宏様

はじめまして。
早稲田大学創造理工学部4年の中村洋太と申します。

立教大学観光学部の舛谷鋭先生からご連絡先を教えていただきました。 突然のメールで失礼いたします。

実は私、来月の8月2日から10月2日まで、『ツール・ド・ヨーロッパ』と題しまして、自転車で西ヨーロッパを一周するという計画を立てています。

旅費を集めるのに十分な時間がなかったため、資金や物資は企業様や個人様からの協賛という形で集めさせていただいています。 150人の個人協賛者と約10社の企業協賛が付きましたが、まだ資金は十分に集まっておらず、現在も毎日のように営業活動をしています。

この旅の一番の目的は、自分のブログを通じて旅の魅力や感動を最大限に伝え、今問題になっている 「若者の海外旅行離れ」 の食い止めに少しでも貢献することです。

ブログはこちらです→http://ameblo.jp/yotacat/
現在、学生ブログランキングというもので76000人中1位を獲得しておりまして、非常に多くの学生を読者に持っています。

私は昨年の春、一ヶ月間ヨーロッパ11都市で和太鼓を演奏した経験がありまして、そのときに、自分が思っていた以上に日本文化が海外で評価されることを知りました。そんな時代に、海外に行かない若者が増えては、日本は益々弱い国になってしまうのではないかと感じました。

このような想いをブログ等で発信しているうちに、舛谷先生とお知り合いになりました。そして、2月に立教大学で行われた 「観光庁『若年層アウトバウンド促進事業』シンポジウム」 を通じて、澤邊様のことを知りました。

パンフレットに、「海外に出かける価値を、若者に押し付けることは出来ないが、海外旅行で得られる貴重な体験を、語り続けたい」 と書いてあるのを読みまして、澤邊様なら私の想いを理解していただけるのではないかと思い、今回メールを送らせていただきました。

大変恐縮ではありますが、もし宜しければ、私の企画に協賛していただけないでしょうか。

お忙しいところ失礼いたしました。
よろしくお願いいたします。

中村洋太

すると数日後、澤邊さんからこんなご返信をいただいた。

「貴方のバイタリティーに感心します。小生の学生時代の貧乏旅行では、考えられなかった発想の旅ですね。貴方のような若者の活動が国境を越えて人と人との結びつきを確かなものにします。こんな行動が大切なのです。健康に留意され、楽しい旅を実現ください。 

P.S. 個人として協賛させていただきます。」

ありがたいことに、無名の学生に過ぎなかったぼくに、資金援助してくださったのだ。

話を現在に戻す。このエレベーターでの出会いから11年後の、先週金曜日のこと。ぼくが前職の同僚と久しぶりに再会し、日比谷でお茶していたら、彼女が「職場へ挨拶に行く」と言うので、急遽ぼくも一緒に行くことになった。

ロビーの来客スペースのところでかつての先輩や上司と再会を果たし、嬉しい時間になった。そろそろ帰ろうとしていた頃、オフィススペースの一番奥の席に、見覚えのある方が座っていた。

それは、あのときの澤邊さんだった。なんとぼくが退職してから数年後、澤邊さんが社長に就任されたのだ。昨年には社長の座を降りたが、現在も取締役を務められている。ぼくからしたら、「あの澤邊さんが・・・」となんとも不思議なご縁だ。

仕事中なのでさすがにご挨拶は控えたが、お変わりのない懐かしいお顔を遠くから見つめながら、ぼくはまた「その節はありがとうございました」と心の中で唱えた。

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