阿賀澤 颯雅:第三話「溺死する部屋」

「そう、三話目は私ね。やっぱり名乗った方がいいのかしら。そうよね、でも新聞には名前載せないでね?ふふ、恥ずかしいのよ。
いい?ありがと。阿賀澤 颯雅(あがさわ そよか)三年C組よ、よろしくね。

墨舟さん、こういう企画任されるくらいだし、怖い話好きなの?違う?まぁ、さっきから震えてるものね、雨に濡れた仔犬みたい。
やだ、馬鹿にしてる訳じゃないのよ、可愛いなぁと思って。
あら、照れてる?ふふふ。

さ、私の怖い話ね…あなた達に聞きたいんだけど、皆は何が怖いと思うの?どういう時にゾッとする?廃墟とかお墓に行った時?トンネルなんかも怖いのかもね。あと、普段居る場所や使ってる所も一人きりだと変に緊張したりしない?
学校って特にそういうの顕著よね。何せ集団で生活してる場所だし…。
でも、昼でも夜でも一人でも大勢でも恐怖を感じるのって『有り得ないこと』が起こった時じゃないかしら、私はそう思うの。

これは私が2年生の時に部活の合宿で校内の宿泊施設を使った時の話なんだけれどね。
…なぁに?部活?女子バレー部よ。今はもう辞めてしまったけれど。どうしてか?さぁ…どうしてだと思う…?……ふふ、たいした理由じゃないのよ。

それで、この学校内の宿泊施設は体育館に隣接してるんだけれど、文化部の生徒や大会に出るまで活躍しなかった部活の生徒達は3年間縁もなく過ごすんでしょうね。
案外ちゃんとした所なのよ、ベッドも沢山あるし、談話室もあるんだから。部活のあとは皆でそこに集まって色々お話したりするの、楽しいのよね。大抵くだらない噂話や恋の話や、たまに怪談話なんかもしていたみたい。
…話が逸れちゃったわ、ごめんなさいね。この合宿がね、大会に向けて夏休みを利用しての合宿だったんだけれど、男子バレー部女子バレー部合同だったの。他の学校はどうなのかわからないけど…問題とか起こっちゃったら大変なのにねぇ……。

まぁ当然泊まる階はわけて、入浴時間もずらしたりと工夫はしてたけれど…食事時や就寝前の談話室は賑わっていたわ。
私は一人ゆっくりしたい気持ちもあったんだけれど、ほら、先輩方もいらっしゃるでしょ?協調性がないだとか言いがかりをつけられても面倒だから用はないけど談話室に残ってたの、そうすると部屋の端に同じように所在なげに座ってる男子生徒が居たのね。
私に気がつくとまるで部屋の中央を避けるように壁伝いにこっちに近寄ってきて隣に座るの。
そしてこう言うのよ。

『姉さん、まだ寝ないの』

って。言い忘れたけど私、弟が居るの。一学年下にね。で、彼もバレー部だったの。そう、『だった』のよ。今は帰宅部。
ちょっと変わった子なんだけど、この合宿の後からことさら変わってしまったのよねぇ………。まぁ、その事はいいわ。

その時、談話室の中央ではどうやら怪談話で盛り上がっていたみたいでね、私と弟も先輩や同学年の子達に腕をひかれてその輪に加わったの。そこで、男子バレー部の先輩が教えてくれた怖い話があってね。
彼曰く『これは何年も前、ここの宿泊施設がまだ出来て間もない頃本当にあった話』なんだそうよ。

先輩が話し始めてすぐ、弟は顔を真っ青にして気分が悪いから、と先に部屋へ引っ込んだの。女子生徒には心配されて男子生徒には臆病者とからかわれてたけど、どちらに対しても鬱陶しそうに顔をゆがめてたわ…思えばこの時から何か感じ取っていたのかも。
それで、先輩の話なんだけど…

この宿泊施設で初めて合宿をしたのがバレー部だったの。朝から晩までそれはもう熱心に練習に取り組んでいたそうよ。実際校長室に行くとバレー部の優勝トロフィーや盾が飾られているらしいから、努力は実ったんでしょうね。
早朝からハードな練習、それが夜まで、寝る頃には皆ヘトヘト、その時の私たちみたいに集まって談笑なんて余裕なかったんじゃないかしら。
四人ずつでわけられた部屋に戻ったら泥のように眠って、また早朝から練習……。今じゃちょっと考えられないわよね、スポコン…っていうのかしら、ドラマとか映画の世界ね。
そうして最終日に事件が起きたの。

早朝ランニング前の点呼で、部員4人の姿が見えなかった。全員同室だったから揃って寝坊しているんじゃないか、と顧問の先生は揃ってる生徒を先に走らせて部長にあとを任せ宿泊施設へと向かったわ。
頭の中は色んなお説教の文句が飛び交ってたんでしょうね。
そして件の4人が寝ている部屋を拳でドンドンドン、と叩いたの。返事はないわ。
先生は怒りに任せて扉を開けたの、それでも4人はきっちり布団を被って横たわっていたわ。

『おい!何時だと思っている!』

部屋が揺れんばかりの怒声で、喝を入れたけれど生徒達はしん、としている。
何か様子がおかしい、と思った先生は生徒を揺り起こそうとした。
そうしたらね…

揺さぶった生徒の口から大量の水が吐き出されたの。

それはそれは驚いたそうよ。当然よね。
よくよく見たらそこで寝ていた生徒達は皆白い顔をしていたんだって。
救急車を呼んだけど手遅れ、全員何故か肺の中に水がたっぷりとたまって亡くなっていたらしいわ。

不思議よね。洗面所は共用スペースしかなくて、部屋の中には水場がないのに…。ねぇ?不思議だと思うわよね…?

もう女子達はきゃあきゃあ言ってたわ、ペットショップみたいでウンザリしちゃうくらい、キンキン声で騒ぐの。男の子達はそれをからかいながらもちょっと顔色が悪かったからやっぱり怖かったのかもしれないわね、大したことないったら…皆子供ね。
そこに先生がやってきてあんまり騒ぐんじゃない、って叱られて全員部屋へ帰るよう言われたわ。

部屋へ戻りながらもずっと、その生徒達が死んだ部屋はどこだったのかしら。なんて考えていたんだけどその答えは案外すぐに出たわ。

夜中にね、ドンドンドンッッと凄い勢いで部屋の扉をノックする音が聞こえたの、何かしらと思って起きてみるとどうやら私達の部屋の扉を誰かが叩いていたみたい、当然部屋には女生徒しかいないから不審者だったらどうしようと思ったんだけれど、扉の外から聞こえた声があまりによく馴染みのある声だったから私は扉に近寄って行ったわ。

『開けて!姉さん開けて!』

弟の声だったの。もう、恥ずかしいやら驚いたやらで、駆け寄って扉を開けたら弟が部屋に駆け込むなり寝ている女の子達を廊下へ引きずり出そうとするのよ。
あぁ、この子とうとう気がおかしくなっちゃったんだ。と思って止めようとしたら

『溺れる!全員溺れるぞ!!』

なんて青ざめた顔で叫ぶのよ、普段そんな大きな声出さない子だから、私も勢いに押されちゃった。なんだかその気になっちゃって、それは大変、じゃあ私も、と同室の女の子の肩を担いでずるずる部屋の外へ連れていったんだけれど、まぁ重たいこと、水をたっぷり吸った布を引きずってるみたいだったわね。
その騒ぎであちこちの部屋の扉が開いて気がついたら殆どの部員が廊下に集まってたわ…

廊下に引きずり出された子達はね、苦しそうにゲホゲホ咳き込んで、水を吐き出してた。

私達の寝ていた部屋が例の部屋だったみたいね。皆ガタガタ震えてたわ。周りの子達はそんな彼女達の背中をさすったり毛布を持ってきて肩にかけたりしてた。顧問の先生が駆けつける頃には集まった部員の大半、泣いていたんじゃないかしら。

その日は皆談話室に集まって震えながら朝を迎えたわ。
以来、その部屋は荷物置き場として使われてるみたい、まだ封鎖しないのが不思議だけど、私はもう部活辞めたし、関係ないわね。

真相?さぁ…そこまでは、興味ももてなかったし調べてないわ。その時の先生も何も知らなかったし。

あら、なぁに?質問?いいわよ。一つ許してあげる。
弟がどうして私達が危険だとわかったか?
さぁ、どうしてかしらね。あの子そういうの答えてくれないのよ。先輩の話最後まで聞いてなかったはずなのに不思議だわ。昔から勘の鋭い子だったし…。
あ、ふふふ、きっと姉弟愛ね、そうよ、そういうことにしましょう。素敵じゃない。
どうしたの?まだ色々聞きたそうな顔をしているけれど……ダメよ、もう一つ答えたもの。どうしても聞きたいなら今度二人きりの時にお話してあげる。ふふふ。

これで終わりよ。大した話じゃなくてごめんなさいね。次の人はきっと怖い話をしてくれるんじゃないかしら。」

どこかで聞いたようなこわいはなし、都市伝説を創作キャラに語らせるだけのノートです。自己満。