若王子 要:第二話「視線」

「二話目は僕かな!もう既に僕のことは知っているかもしれないが敢えて自己紹介しておこう、よ〜く覚えて帰ってね特に女の子は!

僕は若王子 要(わかおうじ かなめ)。若者の若に見ての通り王子様の王子、肝心要の要で若王子 要。三年だよ。」

ばちん、と音がしそうなほど完璧なウインクを決めてみせたその先輩は周りのしらけた視線をものともせず私を見ていた。

こ、こわい…。

優しそうな雰囲気だったから指名してしまったけど…間違いだったかな…。

隣の先輩も凄い目で睨んでる…。

「ん?どうしたんだい、もう一回聞いておく?え?いい?そう。じゃあいいや。それで、怖い話だろう?いいともさ、とっておきを用意してるんだ僕は、ふふ、すくみ上がってしまうかもしれないなぁ〜…あまり女の子を怖がらせるのは本意じゃぁないんだが…今回はその役割を担ってしまったからね!全うするよ僕は。

ところで雪ちゃんって言ったよね。君、駅前にできた新しい喫茶店知ってる?オープンテラスがあって、小綺麗な所なんだけど、今度一緒にどうかな?
いたた、ちょっとお前ふざけるなよ、足だよ足!踏んでるじゃないか!え?脚が長くて?まぁ僕の脚は確かに長いけれどね!何?違う?自分の脚?
お前なぁ…その目は節穴かい…?どう見たって僕の脚の方が…痛い痛い!暴力に訴えるのは辞めないか!?
何?怖い話?わかってるよ、わかってる、全く、少しは世間話で後輩の女の子の緊張を和らげてあげようっていう僕の紳士的な優しさを汲めないのかね…。やれやれ。」

腕を組んでふん、と息を吐き出す若王子さん。
ど、どうしよう…こんな険悪な雰囲気になるとは思ってなかった…止めた方がいいのかな…。
まごつきながらも何とか声を絞り出すと驚くくらいか細い声が出てしまった、慌てて口を抑えたけど皆に聞かれてしまって、一気に顔が熱くなるのが分かった。

は、恥ずかしい……

「ほら、小さな新聞部員さんが怖がってるじゃないの。あなた達のじゃれあいに巻き込むんじゃないわよ。」

涼し気な目元の女性の先輩が私を見て軽く微笑んでくれた。
こ、この人にお願いすればよかったかなぁ…。
そんな私の気持ちをよそに若王子さんは軽く首を振ると、さっきと同じような快活そうな笑顔を向けてきた。

「ごめんよ、雪ちゃん。何も怯えなくていい。こういうのはいつものことだからね、僕は完璧故にやっかまれるものなのさ。安心したまえ、これからとびっきり怖い話を聞かせてあげるからね。

さて、雪ちゃんは、人の『視線』ってどう思う?僕はいつ何時人に見られてもいいような完璧な人間だけれど、勿論誰しもそういう訳じゃない。君は…苦手そうだねぇ、注目されるの、嫌いかい?ふふ、照れ屋さんなんだろうね、顔を見ればわかるさ。なぁに気にすることは無いよ、女の子は恥じらいがあった方がいいもの。うん、実に奥ゆかしい。
それで、僕の話はこの『視線』に関することなんだけどね。

ふとした瞬間に誰かと目が合う時ってあるだろう?不思議だよね、あれ。ばちっと目が合ったのがわかるんだもの。それで気まずくて目をそらす奴が多いと思うんだ、あぁ、僕はそんなことしないよ、笑顔で応えるとも。
ただ、そうだな、あの時は流石にそうはいかなかったけれど…。

一人からの視線、二人からの視線、それくらいならまぁ誰でも日常的に体験すると思うよ。だけどね、これが果たして十人、二十人、そうなっていったらどうだろうか。
群衆の視線だ。何十個の目が見つめてくるのは、君からしたらちょっとした恐怖かもしれないね。
僕は目立つのは嫌いじゃないというかどうしても目立ってしまう存在なんだけれど、それでも何の感情も込められていない目で見られるのは少し気持ちが悪いと思うよ。

これは、僕が授業中に瞑想していた時なんだけれど……え?瞑想だよ瞑想。しないのかい。僕はするよ?色々と思いをめぐらせてね…何を考えているか?その時によって様々だよ。日本の行く末を案じたり宇宙の理について考えたり、その日の夕食のことも考えるかな。
なんだい、君達その顔は、今僕は視線の話をしてるんだよ、君達のその視線、僕には良くないもののように感じるぞ、やめなさい見るのを。あぁ、女の子はいいよどんどん見てね。うん、うん、いいだろう。話を続けるよ。


その日はどんよりした曇り空が窓から見えたよ、昼間から薄暗くてね教室の明かりが反射してまるで窓自体が大きな鏡のようになっていた。
僕は数分おきくらいに窓の外を眺めていたんだ、いつ雨が降ってもおかしくなかったからね。雨が降れば体育のマラソンは延期になるからさ。
今か今かと雨を待ちながらね、僕はまた瞑想にふけっていたんだけれど、ふいに、視線を感じるんだよ。窓の方から。僕は窓際の席だからすぐ横に窓があるんだ。
何だろう、誰の視線だろう、とまた顔を上げて窓を見たのさ。何てことはない、そこにはハンサムな僕が映っていたんだけどね。折角だから前髪でも整えようか、なんて思ったんだ。身だしなみに気をつける男だからね僕は。そうすると、だ。突然何も聞こえなくなるじゃないか、ノートにペンを走らせる音も先生が教科書を読み上げる声も、貧乏揺すりの音も、何もかもが聞こえなかった。そして窓を見ていた僕は驚いたよ。

窓に反射した教室の中、全員が僕を見ていた。

外の曇り空のように浮かない顔をしたクラスメイト達の妙に黒々とした瞳が、全て僕に向けられていたのさ。何の感情もそこからは読み取れない、驚く程無機質な群衆の視線を僕は浴びていた訳だ。

ゾッとしたよ。

慌てて実際の教室を振り向くと、音が戻ってきた、クラスメイト達はそれぞれ顔を伏せノートを取っていたり、退屈そうに欠伸をしたり、カタカタと小刻みに足を揺すったりしていた。

どうだい?怖くないかい?んん?どうしてそんな不思議そうな顔をしてるのかな。
怖いだろ?ほんとに僕のことをクラスメイト達が見てたとしても怖いよ、なんだあの目は。全く、けしからん連中だよ。少しは授業に集中しろって言うんだ…ん?でも待てよ…そうか、授業の手を止めても僕を見ておきたいっていう気持ちならまぁ仕方ないな……僕は罪な男だ…」

一人納得したようにうんうんと頷いている若王子さんはきっと私の疑問には気づいてない。
周りの人達も思ってても言わないのかもしれない…。
言わない方が、いいのかな…気づいてないなら………。

最初に感じた視線の先に若王子さんが映ってたとしたら、窓の向こうの若王子さんは本物の若王子さんがそちらを見るよりも前から、こちらを見ていたって言うことになるんじゃ………

考えたらゾッとしちゃった……
うん、話すのはやめておこう……

「あの、それじゃあ次の人に……」

どこかで聞いたようなこわいはなし、都市伝説を創作キャラに語らせるだけのノートです。自己満。