キャスターという仕事(国谷裕子 著)

著者の生き様に、強く心動かされる本だった。元々、読む計画をしていなかった本だが、この本に行きつくまでには幾つかのきっかけがあった。

(1)自分が関心を持っているSDGs(Sustainable Development Goals: 国連が定めた世界を変える為の17の目標)への取組みに彼女が関わっていることを知ったこと。 (2) いま自分がテーマとしている「世の中の真ん中を知る」という点において、一流のキャスターとしてどんなことを考え報道に携わってこられたかに興味があること。 (3)もしかしたら彼女と直接の接点が持てる可能性が出てきたこと。

この本を読んでよかったと思う点は3つある。1つは、ここ数年、自分の中で良しとしていなかった生き方にも、美しさがあることを知れたこと。2つ目は、複雑化する世の中の真理を探り、出来る限りシンプルに捉えて生きることが大事だと思っていたが、それは必ずしも正しいとは言い切れない考え方について触れられたこと。(これは、元WIRED編集長の若林さんもおっしゃっていた。)3つ目は、プロとしてのインタビューの心得を知れたこと。自分としてもここ1-2年で有識者にお会いする機会を頂けるようになったことや、「傾聴」ということを意識するようになった中で、その準備や話し中の頭・心の有り様について整理出来ていないところがあったのでとても参考になった。

まず1つ目について。著者は元々キャスターを夢見て生きてきた訳ではないみことに驚いた。(アナウンサーの訓練すら受けたことないとのこと。)僕は最近、「夢や高い目標を立て、それに向けて真っ直ぐに努力をし続ける方達」に心打たれてきたし、自分もそう有りたいと思っている。更に言えば、高い目標・夢を持とうとせずに、その場その場で頑張って生きている方(数年前にご一緒させて頂いた上司はその典型だった)に、あまり心を動かされなかったし、疑問を抱いていた。でも、著者はどちらかと言えば後者だ。書籍の中でも語られていたが、「見えないゴールに向かって走り続けてきた」という。決して順風満帆にキャリアを形成してきた訳ではなく、番組を半年で降板させられたことや、世間からの批判も含めた様々な厳しい経験と目まぐるしく変化する社会の有り様に揉まれ続けながら葛藤し、常に何かを問い続けながら番組のアンカーとしての役割を全うするべく一生懸命生きてきたことが伝わってくる。「キャスターとは何をすべきなのか。」これが著者が23年間問い続けてきたこと。四半世紀もの間、一つのことを問い続けながら活動をされきた方の言葉はずっしり重い。

2点目について。人は誰でも不安な時間を出来る限り少なくしたいし、拠り所が欲しいもの。これだけ世の中が複雑化してくる中でも、変わらない真理を見出し、シンプルに考えることが出来れば迷わず生きられるのではないか、とずっと思い、旅や読書を続けてきた。けど、著者はそこに危うさを感じるという。「分かりにくいことを分かり易くするのではなく、分かり易いと思われていることの背景に潜む分かりにくさを描くことの先に知は芽生える」と映画監督の是枝裕和さんが言われたようだが、彼女も「いかに事実の持つ深さと全体像を俯瞰して伝えられるか。難しい問題は難しい問題として受け止めてもらうことも必要。分かったと思った瞬間に人は思考を考えることをやめてしまう。」と言っている。また、テレビは一体感を作り出すパワーがあるだけに、分かり易い表現を使用することで視聴者の情緒に寄り添い、感情の共同体に同化してしまうことの危険性から、多様性の視点・異質性の視点を踏まえた問いかけが大事だという。更に、「テーマに初めて触れた時に感じた素朴な疑問を忘れないようにしている。視聴者の目線に近づける”アマチュア”としての目線と”プロ”としての目線を共存させることで取材者と視聴者を結びつける橋渡し役が果たせる。」という点も参考になった。自分は今、「世の中の真ん中を知る」というテーマを掲げて日々生きているが、これは「フツー目線とプロ目線の両立」と言い換えても良いかもしれないと思えてくる。(良い言葉をもう少し探ってみたい)

3点目について。「インタビューをする際の心得」に関する彼女なりの結論は、「準備は徹底的にする。但し、予め想定したシナリオは捨てること。言葉だけでなく、その人全体から発せられるメッセージをしっかりと受け止めること。そして大事なことは、きちんとした答えを求めてしつこく拘ること。」という。インタビューは真剣勝負そのものだ。僕は、相手の話を聞きながら、「次は何を話そうか。これを聞いたらどうなるだろうか。」をシミュレーションしてしまうことが多い。それにより、相手の話は恐らく半分くらいしか聞けていないことに問題意識を持っていた。相手の表情や声のトーンを掴んでこそ、その人を理解出来るし、それこそ自分が目指す傾聴だと思う。多少、ボールを返すのに時間がかかっても良いではないか。それが丁寧なコミュニケーションかもしれない。また、著者は「インタビューを通して、その人でなければ語れない言葉に出逢えたときに、自分自身が物凄く感動し、それをテレビを通して視聴者に届けられることが本当に幸せ。」ともおっしゃっていた。社内セミナーの開催を担当する自分としても、登壇者のことを調べる時間を通じて(多分社内では一番深く)その方の思想や考え方を知ることが出来、そこから見えてきた魅力が参加者に伝わったと思えた瞬間は誰かの役に立てた気がして何とも嬉しい気持ちになる。 

最後に、キャスターとして追い求め続けた「キャスターとは何をすべきなのか」という問いに対して辿り着いた彼女なりの答えは、「問いを出し続けること。言葉による伝達ではなく、インタビュー相手・視聴者・自らへ言葉を使って絶えず問いかけること。」だという。四半世紀もの間、一つの問いを問い続けた彼女の姿勢に、生き方としての美しさを感じてしまう。著者は「全体から俯瞰する」ことの大切を論じていたが、自分がテーマとしている「世の中の真ん中」なんてものは無いのだと思う。でも、出来る限りそれに近いものを見つけ、何かアクションに繋げられるように、あらゆる事象に自分なりに問い続けながら生きていきたい。

この本に書いてある内容は、以下2011年に日本記者クラブ賞を受賞された際の講演内容においても大分網羅されている。これを観ても、とても丁寧に真摯に謙虚にお話される姿がとても印象的だった。純粋に将来自分もこうなりたいと思えた。著者の今後の活躍が楽しみだ。

今度、事がうまく進んで著者にお会い出来る機会を持てたら、「どう問題の本質を捉えるか」について聞いてみたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?