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引地と北のあいまいなハタチの記憶 #7

このコンテンツは今年12月19日にデビュー20周年を迎えるRAG FAIRとINSPiの歴史を、メンバー引地洋輔と北剛彦が振り返るものです。RAG FAIR、INSPiの活動で思い出されるキーワードとともにその年の活動を掘り下げていこうと考えてはいるものの、人の記憶はあいまいにつき・・・。
後に他のメンバーやお客様から記憶違いをご指摘いただくことも大いにありそうな、そんなリレー記事。毎月半ばと末に更新予定です。特設サイトのHISTORYも合わせてご覧ください。
今回はRAG FAIR編です。写真が見つからず!!!

#7 「うんめー、なTBS社員食堂」 2002年

??? よろしくお願いします。

引地 遅いっ!更新が遅れてしまうのは、君が時間通りこなかったせいだぞ。で、今回のインタビュアーは20年前のひきちくんに戻るのかね?

かとう すみません、20年前の加藤、かとうよしゆきです。

引地 ん??かとうさんか。まず聞こう。なぜ遅れた?

かとう あの、集合場所を間違えました。「なんちゃらセンター駅」だけ覚えていて、行ったら誰もいなくて。すみません。二度としません。

引地 「二度としません」とか言わない方がいいぞ。君はこれからたまにこういうことを繰り返す。

かとう すみません、うふふ。

引地 気持ち悪い「うふふ」だな。まぁそれもこれから繰り返すし、こっちも慣れたもんだよ。

かとう 前回の北さんから「2002年のお話を」ってことでしたが。忙しかったんですか?

引地 2002年は、オリコン1,2位獲得やら紅白歌合戦と表舞台の忙しさは確かにわかりやすいな。この1年で5年分生きた気がする。せっかくだから裏で起きていたことを思い出そう。

かとう 思い出して!うふふ。

引地 ……かとうさんも男らしさを思い出せるといいな。君、出会った頃は1日一升の米炊いて、ガンガン酒飲んでも全然潰れたりしない、そんな男だったんだがな。2002年はまずシングル「ラブラブなカップル フリフリでチュー」のリリースからスタートした。本人たちもびっくり、オリコンチャート5位にランクイン。

かとう おおっ!何か変わりましたか?

引地 話題になったことで歌番組に出演の機会を得られた。ファーストシングルだし、何もかも初めて。カメラリハーサル、ランスルー(予行演習みたいなもの)、本番という3回も歌うんだ〜って驚いたな。

かとう へぇ〜。生活も一変しました?

引地 いや、そこはあんまり。埼玉のアパートから埼京線で都内へ通う日々。終電で帰って、寝て起きて電車乗ってみたいな。次のシングル「恋のマイレージ」のミュージックビデオの撮影は早朝からだったし、都内に出るのが間に合わないのでホテルとってもらったよ。

かとう 「ラブラブなカップル フリフリでチュー」のリリース後にフリーライブも全国でやってますね?

引地 あれは動物園のパンダの気持ちが少しわかった気がしたよ。

かとう え?笹をかじったんですか???いやいや、あれは中の団子を包んでるだけで、食べちゃダメですって、うふふ。

引地 一度だけ言おう、食べていない。そして食べるとしたら、君だ。仙台駅の駅ビルでフリーライブした時かな、吹き抜けのスペースの上のフロアで人がずーっと移動して我々を見てるの。数千人が駅の外まで行列を作っていて、噂ではあれ以降駅ビルでのイベントができなくなったそうだ。申し訳ない。初めて通常の改札じゃないルートで新幹線ホームに連れてってもらったりしたな。

かとう すごい騒ぎだったんですね、その視線を浴びながら笹を……。

引地 かとうさん、今からでも食べたらどうかね。そう、君はお腹が空くと何もできなくなるタイプだ。

かとう そこからすぐに次のシングル制作ですか。もぐもぐ。

引地 忘れもしない、「フリフリ」(お客さんの略称は違うらしいが、我々は「ラブラブな〜」のタイトルをこう略している)でカウントダウンTVの収録にTBSに行った時だ。収録後にスタッフから礼央さんと私が社員食堂に呼ばれたんだ。そこで……。

かとう 笹団子を??

引地 ……。2曲のデモテープを聴かされる。そして、2人で一曲ずつ作詞をしてみないか?と。

かとう それが後の「恋のマイレージ」と「Sheサイド ストーリー」ですか!

引地 そう。礼央さんはそれまでにも作詞経験があるからまだわかるが、私は初めての作詞。「なんでやらせてみようって思ったんですか?」と後に聞いたら、「いとしのエリー」の替え歌「いとしのエリーんご」というリンゴの歌の歌詞を洋輔と礼央で作ったって聞いたから、書けるんじゃないか?と思ったらしい。

かとう 「しぼってもっとジューシー 素敵な飲料水」の響きはウケたらしいですね。それが初の作詞に繋がるとは。

引地 これ、運命の分かれ道というか、この時「恋のマイレージ」(その時は当然タイトルもない)のほうを担当してたらどうなったんだろうかと思うね。

かとう なるほど。どうやって担当決めたんですか?

引地 覚えてないけど、なんとなーく。じゃんけんだったかもね。で、「恋のマイレージ」は割と早く歌詞もできたし、こっちを次のシングルにしようってのは初めからあったから、レコーディングを進めつつ。

かとう 進めつつ?

引地 そのスタジオのブースの外で、ひたすら「書けねー、書けねー」って言ってる私がいるわけだ。まずは歌い出しのサビを決めようとするんだけど、10パターンくらい出してもディレクターから「弱いなぁ〜」のダメ出しをいただくという。

かとう 「抱きしめた」のところですよね?あれはすんなり出てこなかった?

引地 出てくるわけないだろ。作詞が初めてで、しかも「涙ごと抱きしめたこと」なんてありゃしないんだぞ?「書けね〜どうしよう」の涙なら出たけど。

かとう でも書き上げたわけですね?

引地 どっかでスイッチ入れたというか「歌詞の世界」だから、と思ったんだろうね。出来上がったときに「何でこの文体なの?」とか「韻踏むの好きだね〜」とかマネージャーに言われたけど、知らん!替え歌で学んだことしか書き方を知らなかったんだから。

かとう 韻踏みまくりですもんね。

引地 comin’ summerとカミサマのあとに「アリサマ」を使ったんだけどさ、あ、これもearly summer と掛けて。そしたら「『アリサマ』はいいね〜」ってレコード会社のトップの人にやたら気に入ってもらって、歌詞ができてから急遽シングル2枚同時で行こうってなったみたい。

かとう へー!予定外の2枚同時だったんですね?

引地 シングルをもう一枚ってなると大変だったと思うよ。ミュージックビデオとか衣装とか用意しないといけないし。

かとう 「恋のマイレージ」に比べると「Sheサイド ストーリー」はシンプルですよね。

引地 そうなんだけど、あれは「恋のマイレージ」の規模がデカすぎる。家一軒分くらいお金かけてたとか、なんとか。

かとう えええっ!そうなんですか?

引地 ほんとすごかったよ。とにかく「Sheサイド ストーリー」もシングルになったために、その後の人生がまた変わることになる。

かとう オリコン1,2位独占がニュースに。

引地 鹿児島でライブやってたら、そのニュースが届いて「帰ったら囲み取材です」って。

かとう 嬉しかったでしょう?

引地 いや、ただただ怖かったね。この先どうなっちゃうの?と思って、その日の夜埼玉のアパートで膝抱えてたね。おっくんははしゃいでたけどね。

かとう 性格で出ますね。って、まだ埼玉のアパートにいたんですか?

引地 そうだよ。夏の終わりくらいにさすがに都内に引っ越そうと思って家探した。最初に「いい物件見つけた!」と思ったのは、池袋というターミナル駅から数駅、徒歩数分にある新築アパート!

かとう おおっ都会の新築!

引地 それが広さ2畳、トイレ共同でシャワーだけついてるという部屋でだな。

かとう 2畳???家賃は?

引地 2万5000円だったと思う。おっくんが当時2万3000円の風呂なしトイレ共同に住んでたし、なんかその感覚で探し始めたんだと思うわ。

かとう 住んだんですか?

引地 それが埋まってしまってねぇ。よく調べると、会社から帰れない人がとりあえず泊まるセカンドハウスみたいな部屋だったっぽいね。

かとう ……すみませんけど、何だかイメージと違う一年というかあんまり夢がない話のような。

引地 安心しなさい、結果お風呂もトイレもある部屋をマネージャーが見つけてくれたから。

かとう うーん、もっと夢のある話ないんですか?

引地 それまで普通の大学生だったんだから、毎日夢みたいだったけどね。多分周りも、オリコンで1,2位になったからって急に扱いを変えたりするのはよくないって思ったんじゃない?歌番組の収録終わりに、テレビ局の玄関でマネージャーが「はいっ!解散!」って言ったときに、番組のスタッフさんが「え?お迎えの車が来るんじゃないんですか?」とか驚いてたけど、自分たちはそれが普通というか。

かとう 忙しいな、とは思っていた?

引地 それも「こういう世界なんだ、きっとこれが普通なんだ」としか思わなかったよ。ただ、比較対象に「全盛期のキャンディーズはもっと寝てなかった」とかいうエピソードが出てきたときに、「あれ?やっぱ忙しいのか、これ」と思ったり。

かとう 休みなんてない?

引地 ない。あったとしても次の締め切りのことをやるだけ。だから4枚目のシングル「あさってはSunday」のタイミングで上海で開かれたアジア音楽祭に出演するってなった時は喜んだよ。これは休めるんじゃないか?と。

かとう 旅行気分!!

引地 だって、スケジュールに丸一日くらいの余裕があるんだもの。おっくんなんて日本だと街を歩いてて気づかれちゃう時期だし、めちゃくちゃ羽伸ばしてたよ。北くんの「忙しいときどう乗り切ったの?」の質問に答えるなら、
「上海で乗り切った!上海行かなければ、疲れてボロボロだった!」かな(笑)。
いや、待てよ。でもおっくんはサークルの合宿に夜中に顔出したりしてたな、怪物だわ。

かとう さすがに2002年の話題は尽きないほどありますね。長くなってきたのでそろそろ年末の紅白あたりの話を。

引地 紅白ね、事務所で何かリハしてるときかな。電話がかかってきたみたいで決まったよ、と。

かとう やっぱり特別ですか?紅白って。

引地 リハから本番まで人の数がすごい。お祭りって感じもあるし、番組スタッフさんの戦いの場って雰囲気も独特。ごくごく一部の出演者以外は、楽屋が一緒の大部屋なんだけど、差し入れの数もすごい。そして何食べても美味しい(笑)。

かとう ……ごくり。

引地 そこにあったおにぎりを持って帰ろうと袋に入れて、すべてが終わった元日の朝方、家まで帰る途中でおにぎりを落としてコロコロ転がっていったのを追いかけた。青春だね。

かとう やっぱ夢ないじゃないですか!

引地 たぶん、そのあとおにぎりの夢ちゃんと見たよ。

かとう あ、それなら。うふふ。

引地 急にキャラを思い出したっぽいけど、もうそろそろ時間かな。思い出したら2002年はまだあると思うから、そのときに。

そういやあの頃住んでいた部屋は上に大家さんがいてさ、たまにドアに食べ物とか掛けてくれたりして。紅白の時もおめでとうってお祝いをくれた気がする。そういう身近な人の優しさに助けられた一年だったね。


あ、北くんの「忙しいときどう乗り切ったの?」の答えは「身近な人の優しさで乗り切った」に修正しよう。インタビューだし直しておいてね。なんだよ「上海で羽伸ばした!」って。

かとう 一応リクエストは伺いましたけど、ほら僕うっかりするタイプなので、忘れてたらごめんなさい。うふふ。

引地 「うふふ」は思い出せるのに、か?ま、頼んだよ。

かとう INSPiに聞きたいことありますか??

引地 共同生活の話は2002年以外でも聞いてみたいね。男だらけの共同生活ってどんな感じなのか。

かとう わかりました。男だらけの共同生活の話ですね、うふふ。

引地 今の「うふふ」も消すリクエストしとくわ、かとうさんのために。覚えてるといいけどな。

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引地洋輔

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٩( ᐛ )و
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1978年3月20日福島県生まれ。アカペラボーカルバンドRAG FAIRとして2001年音楽の世界にデビュー。以後、音楽つくったり、ラジオでしゃべったり、福島フェスというイベントつくったり、文章書いたりしてます。3日に1度くらいで更新予定。