心の水槽

【忘我】って幸せの頂点だと思う。

我を忘れ、精神と身体が何かと一体化する瞬間。


そんな瞬間、日常にいくつあるだろうな。

僕らは繕って、偽って、踏ん張って生きてる。揺られ、流され、負けじと生きてる。

そんな日常の原動力はささやかな幸せ。

大切な人との時間。美味しいご飯。大好きな趣味。

でも、幸せな瞬間はあっという間に過ぎ去り、心の充電はまたすぐになくなる。まるで水が知らぬ間に蒸発していくように。

そんなのは浴びる幸せだと思う。享受し、消費し、やがて消耗していく。


心のバッテリーの増減に気を揉むような日々から抜け出したいぜ。

もっと絶対的な幸せが欲しいよ。そうだろ。

風呂の湯船に浸かるようなさ、どっぷりと全身を委ねて、憂いも雑念も寄せつけない、誰をも立ち入ることのできない絶対的な幸福の境地がさ。


心っていう入れ物があるとしてさ。そこには水が溜まってるのよ。この水は生きていると徐々に汚れていくわけ。だから、水槽みたいにさ、浄化機つけて常にきれいな状態に保てるようにせっせかと調整するの。そんな毎日だと思うの。

でもさ、いっそさ、汚れた水ごと全部新しいのに取り替えたくない?水槽の中空っぽにしてさ、綺麗な水をいっぱいいっぱいにしようよ。透き通った清い水で心を満たそうよ。それが我を忘れる幸せってことだと思う。心を空っぽにしてそのときは何も感じないけど、我に返って新しい水がたっぷり入ってくるときに生きててよかったって思えるほどの幸福感を感じる。もうあなたは今までの自分とは違う新しい自分。



そんな瞬間たくさんつくりたいな。








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