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平成から令和への「年越し」的改元について

令和1時間前(序文)
令和元年まで残り1時間と迫った今になって、少し氷解したことがあるので、なんとか令和になる前に書き記したい。
(と書いたところで、まだGoogle日本語入力が「令和」に対応していないことに気づいた。私がアップデートしていないだけか。真っ先に「例羽」と出てくるけどこれはどういう意味だろう。)

「良いお年を」/「良い時代を」
きっかけは、今回の平成から令和への改元を前にしての別れの挨拶(具体的には、この10連休前の最後の平日に、同級生や同僚に対してする別れの挨拶)が何かと考えたことである。
気を抜くと思わず「良いお年を」と言いたくなってしまう。
これが適切な挨拶なのか、と思いつつ、なんとなくしっくり来てしまう。しかしやはり理屈が立たないことを悶々と考えていた。(なお、具体的に適切な挨拶は何か、という点は、「良い時代を」で決着を見た。)

「ゆく年くる年」/「ゆく時代くる時代」
この点、改元前日になってこのようなツイートを見かけた。

なるほど、私が悩むきっかけとなった挨拶も、なぜか年越しを引き合いに出していることだったが、ここでは具体的な過ごし方さえ年越しを応用していた。

そういえば今日、平成31年4月30日のNHKの特番の中でも、年越しそばならぬ「時代越しそば」を提供する店、注文する客が実際に映っていた(そもそもその番組名が「ゆく時代くる時代」である。NHKが自ら「ゆく年くる年」のパロディをして、「年越し」を応用して改元を迎えようとしている)。

また、今日の読売新聞の朝刊に掲載されている4コマ漫画「コボちゃん」も、今回の改元を控え、お年玉を孫に上げるべきか思わず悩むというネタであった。

少し遡れば、新元号が発表された4月1日にゴールデンボンバーが発表した新曲「令和」の冒頭に、あの正月っぽい箏曲として名高い「春の海」のメロディが用いられていたのも、新年のイメージがあるのだろう。

あるいは、Twitterで検索をかけると、「あけましておめでとう」に類する言葉、"Happy New Era"などを5月1日になったらつぶやこうとしているツイートも見受けられる。("Happy New Reiwa"というものもあった。元の"Happy New Year"に引っ張られたのだろうが、改元する前から「新令和」なるややこしい概念が生まれてしまった。)

なぜ「年越し」を「改元」に応用するのか?
これらの「年越し」の応用は、肌感覚としてはおおむね自然だと感じられるのは当初に述べたとおりだが、ここまで日本全体で共通した感覚だと考えると、やはりその理屈を整理しておかないのは気持ち悪い。

そこで色々考えてみてはや数十分経つのだが、これが意外と言語化できない。最近何かと書くのをさぼっていたのと、「平成最後」を錦旗に昼から酒を飲んでいたツケのよう。(天皇の話で錦旗を出すのもどうなのかとは思いつつ。閑話休題)

年越しと改元の共通点
まず、年越しと今回の改元の共通点を考えると、次が挙げられる。
・確定期限によって期間が区切られていること。(年越しは毎年の12月31日、今回の改元は5月1日。明治以降の改元、特に記憶に新しい昭和にあっては天皇の崩御という不確定期限であり、事前に待ち受けることが難しかった。まあ平成に産まれた自分には昭和64年1月7日の雰囲気を知らないので厳密には何とも言えないのですが。)
・確定期限にネガティヴなイメージがないこと。(年越しは機械的に日数を積み重ねた結果なのに対し、今回の改元は天皇陛下の退位による。崩御と比較した相対評価があることは否めないが。)
・ある程度長期間であること。(年越しは1年、今回の改元は30年4ヶ月。比べるのが難しいが、1週間や1ヶ月程度では、意味を持ってひとまとまりと認識されにくいのではないか。)
・それぞれの期間が、文化的に一体であると承認されていること。(上記2点目と若干重複する。)

年越しと改元の『決定的な』相違点
しかし、年越しと改元を全く同一視するのは、次の相違点だけで、承服しかねるところがある。
それは、年越しは「一定の期間が経過したこと」で機械的に起こるのに対して、今回の改元は「天皇陛下がその地位を退かれる」という能動的な動きがあることだ。
前回の改元(昭和→平成)が、天皇の崩御、有り体に言えば人ひとり亡くなっているという事実を基礎にしており、聞くところによれば凄まじい自粛ムードだったというが、今回の改元はそれとの対比もあり、また下記ツイートのとおり、退位の意向を示した平成28年8月の天皇陛下のおことばにもその点に触れた部分があったことで、そういった自粛ムードが求められないことが殊更強調されているように思う。

「崩御」ではないけれど
ただ、「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来」た(上記の天皇陛下のおことばから抜粋)天皇陛下が、その天皇という地位を生前に退くという、従来の皇室典範で認められてこなかった方策をあえて示唆したことを見落としてはならないと考える。そこに、どれだけの懊悩と覚悟があったのか、察するに余りある。
単に新たな時代の節目というだけでなく、天皇陛下におかれては現行憲法における天皇の在り方、おことばを受け止めた国民の感情としては天皇陛下の生き方に関する重大な節目である、それが今回の改元なのではないか。

それを、単に「年越し」に当てはめて受け止めるのは、いささか疑問である。さながら特例法の議論で、今回の天皇陛下の退位のみが解決を見て、女性皇族、女系天皇などの議論が先送りされたように、じっくりと検討することの必要な部分に目がつぶられている(あるいは意識されていない)ようである。

改元の双面性、あるいは天皇をどう考えるか。
 と、ゴールデンボンバー。
(まとめ)
改元は、日本という社会の一区切りであると同時に、日本国の象徴という務めとそれを担う方の人生のターニングポイントであると思う(その双面性は、国民の天皇・皇室に対する姿勢の複雑性にも通じるところがあるかもしれない)。
令和の時代には、その点を見落とさない抜本的な議論を行っていかなければならないと、改めて思い至ったところである。

そういえば、ゴールデンボンバーは「令和」を作曲するに当たり、新元号以外の部分をあらかじめ作っておいて、あとから当てはめる形にしておいたのだろうか。それにしては映像(官房長官の会見の真似など)があまりに良くできていて驚くばかり。新たな謎が出てきてしまった。

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