時を超えて守る

「パパ!逃げて!!」

娘の声にハッとして私は振り向いた。
昨夜からの連続雨量は200mm超。
普段サワガニを獲って遊んでいる小川は茶色く濁った水が飛沫を上げ大暴れしていた。
急に流量が減りほっとしたのもつかの間、土石流が襲ってきた。
河原で蛇紋岩を探していた私は土石流に飲まれてしまった。


…という映像を見たに違いない。


娘は「自然災害の怖さを学ぶ」と銘打った自治体のイベントに参加し、ARゴーグルを用いた自然災害の講習を受けていた。
その日は土石流のAR体験をしていたのだが、小学生優先とのことで暇を持て余した私はついつい河原に石拾いに行ってしまった。
そこへ仮想現実の土石流が襲ってきたというわけだ。


危うく娘にトラウマを植え付けるところだった。
講師の先生と妻には後程こっぴどく叱られた。



リニア中央新幹線が開通して早や20年、日本は相変わらず自然災害と戦っている。
人口減少に歯止めがかからない中、過去に山間地まで張り巡らされたインフラはじわりじわりと縮小している。
被災リスクの小さい場所に暮らす気運は高まっており、政府の補助も後押しして実際に移住する人が年々増加しているそうだ。
一方で土着意識の問題があり、先祖代々住んできた土地で暮らすことを望む人も多い。依然として扇状地の川沿いのような被災リスクの高い家を代々受け継いでいるケースもある。


昔と違う点があるとすれば、自然災害への理解であろう。
祖父の時代、自然災害は突如襲ってくるものだったらしい。
それはどんな場所に、どんな現象があるとその災害が発生するか理解が浸透していなかったからのように思う。


先のAR体験もそうだが、自然災害に対する知識は義務教育で叩き込まれるようになった。
その比重は年々高まり、小学3年生の娘の知識は土木工学をかじっている私とそれほど変わらない。
今日のイベントに参加したいと言い出したのも娘だ。


「パパ、本当の雨の日は川に近づいちゃだめだからね。」

まだご機嫌斜めな娘。

「ごめんごめん。そのときは一緒に避難しようね。」
「うん。これ、今度八重子おばあちゃんのとこで話すからね。」


講習を受けた生徒は老人ホームで先生をやるそうだ。
役所のおじさんの言うことよりもよっぽどよく聞いてくれるらしい。
実際この活動を始めてから、地域の高齢者の避難率はうなぎ登りだそうだ。
学習の良いサイクルが回っている。

自然災害へのリテラシー向上と併せて、リアルタイム計測システムも生活に浸透している。
雨量や地盤の変状を常にモニタリングしており、災害発生に対する管理値を超えると各々のスマホに警報が届くようになっている。
同時に各道路の土砂災害発生リスクを算定し、最寄りの避難場所までの最も安全な経路を示してくれる。
万が一土砂災害が発生した際はすぐさま地図上に表示され、自動的に避難路に選定されない仕組みだ。

避難に対する敷居も大分下がっており、60歳以上または12歳以下であれば予報の段階で避難所に行って良いこととなっている。
一人暮らしのご年配の方は「次の豪雨予報が楽しみ」なんて言っているくらいだ。
子どもたちにお菓子を配っておしゃべりするのが楽しいらしい。


日本に暮らす以上、自然災害と向き合っていかなければならない。
これは現在の科学技術で地震や雨を止めようがない以上宿命だ。
今では大多数の人々がこれを理解し、自分たちの暮らす地域にどのようなリスクがあるか把握している。

しかし、まだまだ道半ばだ。
より良くするために我々は考えることをやめてはならない。
それはすぐには実らなくても、将来誰かを守ることに繋がるだろう。


「パパ!虹が出てる!」
空には大きな虹がかかっていた。


#暮らしたい未来のまち

この記事が受賞したコンテスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?