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「ワールドロックナウ」終了。渋谷陽一への感謝とエールの手紙

3月で突然終了する「ワールドロックナウ」

NHK-FMで実に27年に渡って放送されていた「ワールドロックナウ」の年度内終了が今週発表されました。

現在「病気療養中」とされている音楽評論家の渋谷陽一がMCの番組ですが、渋谷さんは最近では「ロック・イン・ジャパン」の主催者としての活動の方が有名かもしれません。

しかし、ある一定の世代以上の洋楽ファンにとっては、渋谷さんは雑誌「ロッキング・オン」の創刊者のひとりで、どこまでも音楽評論家であると同時に、最先端の洋楽を世の中に紹介してくれる存在です。

番組の終了は、単にNHK-AMの停波に先駆ける編成上の都合の可能性もありますが、そのような正式な発表もありません。

なんとなく嫌な予感しかしないため本日はこの記事を書くことしたのですが、大前提としては、当たり前ですが1日も早い渋谷さんのご回復と現場復帰を願っています。

小林克也さんやピーター・バラカンさんと同様、できるだけ長くお仕事を続けて頂きたいと思っています。

いつも番組終了の際は、ご本人から本音のアナウンスがあったんです。

こんな幕引きは渋谷さんらしくないですし、ご本人の声から番組終了の背景を聞きたいです。

ラジオと「ロッキング・オン」時代の渋谷陽一

世の中の多くの人もそうかもしれませんが、筆者はストリーミング時代になってからラジオ番組を聞くことが自然となくなりました。

それは特に00年代に入ってから魅力的な番組がFMから消えたこともありますが、CDやMDの時代からMP3やストリーミングに移行するに従い、ハードウェア的にラジオチューナーが搭載されていた「ステレオコンポ」が必要なくなったことが大きな原因かもしれません。

「ワールドロックナウ」は97年スタートです。そのころは高いCDかレコードを買うしか音源にアクセスできなかった時代なので、この番組もしばらくは聞いていた記憶があります。

MP3やストリーミング以前の時代、地方都市在住の10〜20代の洋楽ファンにとって、ラジオというのは貴重なメディアでした。

調べてみると「ワールドロックナウ」以前は以下の番組に出演されていたようです。

90年4月〜93年3月 NHK-FM「ミュージック・スクエア」
84年10月〜89年3月 東京FM「HITACHI MUSIC&MUSIC」
83年4月〜93年3月 NHK-FM「FMホットライン」
78年4月〜86年3月NHK-FM「サウンド・ストリート」

筆者は80年代末に高校受験勉強をしながら「MUSIC&MUSIC」を聴き始め、その後「ミュージック・スクエア」も熱心に聞いていた記憶があります。

「ミュージック・スクエア」終了後の93年4月から「ワールドロックナウ」スタートの97年4月まで4年間のブランクがありますが、その4年間はBSで「ミュージック・サテライト」というミュージック・ビデオ紹介番組をやっていた気がします。(ネット情報が出て来ず、時期については未確認)

いずれにしても、00年代に入ってMacでダウンロードした音楽をiPodで聴くというライフタイルが普及する以前は、雑誌「ロッキング・オン」を読みながら渋谷さんのラジオ番組を聞き、限られたお小遣いで買うレコードやCDを選定する、というライフスタイルを貫いていましたし、同じような現オッサン世代の方も多いのではないでしょうか。

ストリーミング時代に思う新しい音楽との出会い方

そんなわけで、MD搭載ステレオコンポを使う必要がなくなってから長い間ラジオから遠ざかってた筆者ですが、昨年後半、突如「ワールドロックナウ」を、某アプリでダウンロードする形で聴き始めました。

理由は、ストリーミングが定着して以降、自分が好きな音楽は制限なく聴ける自由は手に入れたものの、他人の視点が介在しないことによって、どうしても新しい音楽と出会えない不自由さを感じ始めたからです。

久々に聴いた「ワールドロックナウ」では、やはり自分では積極的に聞かないアーティストの新譜を知ることができて、とても良かったです。

ただ、自分からラジオ番組をダウンロードしに行くという能動的なアクションがどうしても発生しますので、今風の便利さは感じません。

今後、ポッドキャストなり、オンデマンド番組なり、どのような形になるかはわかりませんが、新譜や旧譜紹介の番組というのは一定のニーズが出てくるのではないかと感じています。

尚、Apple Music にはラジオ機能があり、オンデマンドで聴ける英語の新譜紹介の番組がすでに存在しています。

日本語による洋楽紹介番組も増えたらいいな、と思っています。

病気療養前の虫の知らせ

久々に聴いた「ワールドロックナウ」で聞く渋谷さんの声は、残念ながら覇気がなく聞こえました。下手をすると20年ぶりに聴いたのですから、声の衰えは当然かもしれません。

しかし、なんとか2、3回番組を聞けた後に病気療養のニュースが出ましたので、実はすでに闘病されてた可能性もあります。

病気療養に入る前に2、3回とはいえ生声を聞けたのは本当にラッキーでしたが、これが最後にならないことを切に願っています。

俯瞰的な視点と選曲

久々に聴く番組ではキム・ペトラスやトロイ・シバンの新譜も紹介されており、頻繁にLGBTコミュニティに属するアーティストが取り上げられてました。

これはブログの現状を見ても明らかなので見てみてください。

昔からロックのみならずブラック・ミュージックも積極的に紹介されてきたこともありますし、マイノリティに対する配慮が感じられ、より大きな視点で音楽業界を俯瞰されてきたことがわかります。

渋谷さんのこの音楽に対するスタンスは自分の音楽の嗜好にも大きな影響を受けてきたことを実感しています。

10〜20代の孤独から救ってくれた「ロッキング・オン」

また、10代から読み続けてきた「ロッキング・オン」によって、よくも悪くも生き方を定義づけられてしまったことにも感謝しかありません。

生きづらさで押しつぶされそうだった自分の10代〜20代に、音楽との出会いにより孤独から救われたのも、渋谷さんの雑誌やラジオに依るところが大きいです。

特に「ロッキング・オン」で訳出されていたプリンスの生い立ちについてのインタビューは、自分が周りに馴染めず、好きなことだけを追求していてもいいんだ、と、救われる気持ちで心の中に大事にしてきました。

もちろん自分はプリンスのような才能があるわけでもなんでもなかったわけですが・・笑

フェスでの遭遇


渋谷さんはフジロックやサマソニへも普通に足を運ぶことでも有名でした。

筆者も10年くらい前にフジロックの、確かグリーンステージでお見かけしたので挨拶したところ、見ず知らずの自分にも、とても気さくに、どのアーティストが良かったかなど雑談をしてくれたのを覚えています。

もちろん緊張してたので、上記のような感謝の言葉を十分に伝えられなかったのを後悔しているのですが、多分、感謝されても自分のことは余り語りたがらないような誠実なお人柄という印象を受けました。

その後、サマソニでも「ロッキング・オン」の元編集長である山崎さんと一緒のところを目撃したこともあります。

いくつになっても現場に足を運ぶことの重要性を忘れないスタンスは、いち音楽ファンである自分も目標にしています。

復帰祈願のエール

リスナーを大事にする姿勢を貫いてきた渋谷さんのことですから、ブログやラジオなど、自分のメディア上での説明もなく療養に入られたのは何かしらの理由があると想像しています。

フェスで遭遇した時に直に感謝の言葉を伝えられなかったのは後悔しかありませんが、筆者と同じようなオッサンや若者も世の中にたくさん存在しているはずです。

どんなに病気が辛くても、この御自分のレガシーだけは忘れないでほしいと思っています。

このままフェードアウトせず、文章でもいいので、また声を聞かせてください。

辛抱強く待っています。














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