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今『関心領域』を観る意義と監督のスピーチ

いまだにタイムリーな公開タイミング

ようやく日本公開となった『関心領域』は、アメリカでは23年末に公開され、24年のアカデミー賞で国際長編映画賞を獲りました。

筆者はアカデミー賞前にこの映画を観たのですが、日本での公開があまりにも遅く、授賞式当時の議論に日本人がリアルタイムでついていけないことを非常に残念に思っていました。

しかし、その後の世界情勢の進行により、その議論は今も有効なものとなっています。

皮肉にもこの映画を観る意義が日々増してきていると感じており、今日はこの映画について思うことをまとめてみることにしました。

この映画は、第二次世界大戦中アウシュビッツ強制収容所の隣に住む所長の家庭の話です。

収容所からの死臭が漂ってくる家で、アウシュビッツ強制収容所所長の家族がどのような生活を送っていたのか、ぜひ映画の中で目撃してください。

アカデミー賞でのジョナサン・グレイザー監督のスピーチ

まずは、アカデミー賞でジョナサン・グレイザー監督のスピーチと、その内容に関して巻き起こった議論につい改めて振り返ってみたいと思います。

この映画を観た当初、筆者は恥ずかしながらこの映画の意図していることが理解できず、「なぜ今、ホロコースト映画なのか?」というアホの感想を持ってしまいました。泣

ところが、アカデミー賞の中継で監督のジョナサン・グレイザーのスピーチを聞いて、その意図するところをようやく理解。

それ以来、スピーチの一言一言が胸に突き刺さったまま、現在進行中のガザ情勢の行方に心を痛めています。

アカデミー賞でのジョナサン・グレイザーのスピーチの要旨は以下のとおりです。(訳:筆者)

「本作における選択はすべて、過去の彼ら(ナチス)の行動ではなく、現在の私たちの行動を振り返り、向き合うことを目的に行われています。この映画は、私たちの過去や現在を形作っている人間性の喪失に起因する、最悪の事態を描いています。私たちは、非常に多くの無実の人々を苦しめている占領者(an occupation)が、ユダヤ人であることやホロコーストを利用している(being hijacked)ことに抗議する者として今ここに立っています。10月7日のイスラエルへの攻撃も、現在のガザ侵攻も、すべてこの人間性の喪失による犠牲です。どうやって我々はそれに抵抗すべきでしょうか?アレクサンドラ・ビストロン・コロジエイジチェック…この映画で輝いている少女のモデルとなった女性は、抵抗することを選びました。私はこの賞を、彼女の記憶と抵抗に捧げます。ありがとうございます」 

"All our choices were made to reflect and confront us in the present, not to say look what they did then, but rather look what we do now. Right now, we stand here as men who refute their Jewishness and the Holocaust being hijacked by an occupation which has led to conflict for so many innocent people.” He added, “Whether the victims of Oct. 7 in Israel or the ongoing attack on Gaza, all the victims of this dehumanization, how do we resist?”

上記の監督のスピーチは、授賞式では勇気あるものとして好意的に受け止められたと思うのですが、その後ハリウッドのユダヤ人コミュニティからは大きな反発を招きます。

1000人以上の関係者が署名したと言われるオープンレターの要旨は以下です。

「何千年にも遡り、国連によっても承認されている国家を守ろうとしている先住ユダヤ人の人々(=イスラエル)を、『占領者』(an occupation)と表現することは、歴史を歪めるものである」(訳:筆者)

“The use of words like ‘occupation’ to describe an indigenous Jewish people defending a homeland that dates back thousands of years and has been recognized as a state by the United Nations, distorts history.”

ここではイスラエルとパレスチナの歴史詳細については省きますが、歴史を考えるとこのオープンレターの主張も当然の内容に思えます。

ジョナサン・グレイザー監督自身もユダヤ系であり、同胞のユダヤ人国家であるイスラエルを”an occupation” とどうして表現したのか、その真意は簡単に推し量れるものではありませんが、どちらにせよ勇気のいる発言だったと思います。

スピルバーグの立場

同じくユダヤ系でホロコーストを描いた『シンドラーのリスト』を監督したスティーブン・スピルバーグは、上記のオープンレターには署名せず、以下の発言をしています。

「私たちは、テロリストによって犯された10/7の凶悪な行為に対して激怒すると同時に、ガザでの無実の女性と子供の殺害を非難することもできる」(訳:筆者)

We can rage against the heinous acts committed by the terrorist of October 7 and also decry the killing of innocent women and children in Gaza.

グレイザー監督を支持する映画人

また、グレイザー監督を支持するオープンレターにも500名近くの署名が集まっており、その中にはイーサン・コーエン監督も含まれています。

ケン・ローチ監督はグレイザーの発言を「勇敢」で「大きな価値があるもの」としています。

傍観者になってはいけないという強いメッセージ

グレイザー監督のスピーチからもわかるように、この映画は、当初筆者が思ったような、単なるホロコースト批難の映画ではありませんでした。

ウクライナやガザで起こっている強制収容所の隣で優雅に暮らす家族は、テレビやSNSで流れてくる戦場の悲惨な様子を傍観しつつも幸せに暮らす私たちの直接的なメタファーになっています。

筆者は、全米の大学で起こっている抗議運動を見ながら、けして傍観者にならず、声をあげて行動に移すことの重要性を今、強烈に感じています。

グレイザー監督の来歴

実はジョナサン・グレイザー監督は特定の層にとっては90年代から馴染みのある名前です。

90年代というのはアーティスティックな映像作家がこぞってビッグネームのアーティストのミュージックビデオを競って発表していた時代で、ジョナサン・グレイザーも、ミシェル・ゴンドリーやマーク・ロマネクらと並んで注目されていた映像作家です。

Radioheadや、Massive Attack、UNKLEなどの強烈に特徴的なミュージックビデオを作っていた人で、筆者は大好きだったのですよね。

MVの中ではジャミロクワイのVirtual Insanityが一番有名かもしれません。

また2013年の『アンダー・ザ・スキン』も一風変わったSF映画になっており評価が高いので一見の価値ありです。

本作『関心領域』も、得体の知れない恐怖感と冷たい余韻が残るホラーテイストが強く、上記作品の延長線上としても観ることが可能です。

リンゴを地中に埋め込む少女は誰なのか?(ネタバレ)

最後に、映画の中で赤外線カメラで撮影された、リンゴを地中に埋め込んで回る少女の描写があるのですが、謎を残したまま映画は終わります。

調べると、この少女は、監督もスピーチの中で感謝を捧げているアレグザンドラ・ビストロン・コロジエイジチェックという実在の人物とのこと。

彼女は12歳でポーランドのレジスタンス組織に属していたそうで、リンゴはアウシュビッツの飢えた労働者のために地中に埋めていたそうです。

グレイザー監督が90歳の彼女と話した数週間後に亡くなってしまったということですが、彼女の人生はこの映画の中に刻まれ多くの人が目撃することになり、運命的なものを感じます。

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