【百年ニュース】1920(大正9)8月11日(水)河村幹雄(35)が異例の若さで九州帝国大学工学部長に就任。河村は海軍予備校出身。のち多くの国防論を発表。1930(昭和5)福岡自宅に私塾斯道塾を開くも翌年46歳で没した。同塾で学んだ麻生太賀吉(麻生太郎の父)が斯道文庫として継承、蔵書は現在慶應義塾に。

画像1 帝大の慣習を破って 河村幹雄博士の学部長
画像2 「名も無き民の心」を読む
画像3 河村幹雄
画像4 名も無き民のこころ
画像5 日米不戦論
画像6 斯道文庫は慶応義塾図書館に

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