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その人生の意味を知りたい「不思議な少年」

さてと 元気出していこうかね…

あの人と違って私の旅にはゴールがあるんだから!

(不思議な少年/山下和美/講談社/7巻P265)

不思議な少年

「不思議な少年」は、永遠の命を持ち自在に姿や性別を変えられる少年が、時空を超えてさまざまな国や時代に現れ、ときに介入しながら人間の生きる姿を見つめ続ける1話完結型(例外有)の短編集だ。

永遠の力を持ち、人間では持ちえない力を操る少年は、人間からすると「不思議な存在」だ。しかし少年から見ても、限られた短い人生の間にさまざまな生き様を見せる人間は「不思議な存在」だ。

そして少年はいつもなにかを捜している。

最初の一文は、「不思議な少年」の7巻に掲載されている「ヨコハマ・リリィ」から抜粋している。

舞台は第二次世界大戦で敗戦し混乱を極めている日本。誰もが生きるだけで精いっぱいのなか、リリィは米兵向けの娼婦として生計を立てながらバラック小屋でひとり生きている。

意外にもそこに悲壮感はなく、彼女は自らを「お姫様」と称し、娼婦仲間からも奇異の目で見られている。

お姫様である自分に相応しい王子様を求めるリリィが出会ったのが、米兵のジェイムス。傲岸不遜なのに、時折なにかを捜し求めているような遠い目をするのが印象的なイケメンだ。

リリィと体だけではなく心も繋がったと思いきや、ジェイムスは帰国してしまうという。「いつか戻ってくる」という言葉を残して。本来であれば、な曖昧な約束を信じるべきではない。しかしリリィはその約束を何年も年十年も信じ、街角の娼婦をしながら、ジェイムスを待ち続ける。

実はジェイムスは米兵に扮した不思議な少年だ。結婚適齢期を過ぎ、おばあさんになったリリィの前に本来の姿で現れる。「いつか戻ってくる」という約束をついに果たしたのだ。

リリィは何十年も待ち続けながら、気づいていた。少年が永遠の旅人であり、ひとつの場所に留まる存在ではないということ。

かつてジェイムスに預けた思い出のオルゴールを返してもらいながら、ふたりの一瞬の邂逅が終わりを迎える。少年はなにかを捜す旅に戻るし、リリィも自分の人生の旅を再開させる。

山下先生の美しい絵がなければ、リリィは何十年も宛てのない約束に固執する恋愛依存症の狂女だ。

しかしジェイムスであった少年と再会したその姿は、自分の意志で待つ生き方を貫いた自立した強い女性だった。

終わらない旅を続けている少年に、リリィはやさしく「行きなさい」と声をかける。自らとの約束に人生を費やしたリリィに少年は、切なげな表情を向けながら決意したように頷き去っていく。

リリィは何十年もを費やした愛と一瞬の別れに、涙を流さない。
どんなに愛していてもどんなに心を通わせていても、それぞれの人生がありゴールがある。リリィは残り短い人生のゴールに向かって、ひとりまた歩みだす。その凛とした背中に読者は涙せずにはいられないのだ。


※たくさん読んできた漫画のなかで、私がいちばん涙した漫画なので、その素晴らしさを言語化しようと思ったのだけど、ただのネタバレあらすじ説明になってしまった。悲しみ。

ちなみにいちばん涙した映画は「ヘドウィグアンドアングリーインチ」なので、最後にひとりになる物語が好きらしい。

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