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「熔ける」 井川意高 著 幻冬舎文庫

全ての事象に揺らぎがある。その揺らぎが、いつどんな形でどんな大きさで起こるのかは、誰にもわかりません。


もし、幸運にも揺らぎの波に乗ることができれば、「マジック・モーメント」(魔法の時間)と呼ばれる奇跡的な連続勝利が起きることもあります。それはとても奇妙な瞬間です。打つ手打つ手がピタッと決まります。


現実の世界では、「運も実力のうちだよ」なんて言われ、奇跡的な瞬間は薄められ、全ては統計的にありうる範囲におさまります。

でも、マジックモーメントは起こるのです。再現性がないので、科学の範疇では解析できませんが、必ずどこかで起こるのです。

多くの人は、そこに顔を出しているマジックモーメントを起こす揺らぎに気づかない、あるいは気づいても取りこぼしてしまう。

ギャンブラーは、マジックモーメントの魔力に魅せられのめり込みます。マジックモーメントの秘密を知り自分のものにしたいのです。でも、それは決して自分のものにはなりません。


徹底的に負けた経験は、それ、すなわち、「決して自分のものにならないマジックモーメントの真理」を知るチャンスになるかもしれません。それは、「マジックモーメントを引き寄せることはできない」ということです。


でも、僕らにできるかもしれないことがあります。それは、「マジックモーメントがやってきた時、それを最大限に利用し、波が去ったら素早く撤退する」ということでしょう。


元大王製紙の創業者一族の社長会長で、カジノで106億8000万円負け、会社の金を使い込んだ(最終的には自腹で返したとのことだが、地位も会社も失ってしまう)井川意高氏は、マジックモーメントの魔力に魅せられ抜け出せなくなったのかもしれません。それがギャンブルの恐ろしさです。


マジックモーメントの魔力に絡みとられないためには、

1、これ以上勝負してはいけないというリミッターを設けること

2、負けが混んだ時は「見(ルック)」に徹すること

3、一発逆転に頼らないこと

でしょう。


あの阿佐田哲也さんも、「自分の勝負はトータルで8勝7敗」というようなことを言っています。でも、マジックモーメントに魅せられていたのでしょうね。マジックモーメントがいつまでも続くという小説を書いています。


著者がギャンブルにのめり込んでいくところは興味深かったです。会社の経営の話も出てきますが、そこは僕にはわからないし、あまり興味もありません。


マカオで多くのカジノを所有するカジノ王スタンレー・ホーは、おそるべき経営者だと思いました。 「客が勝って帰るのは怖くない。客にはいくらでも勝ってほしい。負けた客がカジノに来なくなるのが一番怖いのだ(p.201)」は、彼の名言です。

著者の井川さんにも名言がありました。


『「バクチをやる人間は、結局のところ皆バクチに向いていない」のだろう。皮肉なことに、「バクチをやらない人間ほどバクチに向いている」のである。(p.195)』


僕は、ギャンブルをだいぶ前に辞めました。理由は、自分の人生のほうが面白いギャンブルだと思ったからです。そして、人生の中で、ごくたまにマジックモーメントが訪れます。振り返ってみれば、そのいくつかを取りこぼし、時々モノにすることができました。人生ってそういうものなのでしょう。


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