モラン『百言集に関する占星術的注記』65


cfr. J. Morin, Remarques Astrologiques, Paris 1657, pp.116-119: En la moindre conionction, la difference de la moyenne conionction: & dans la moyenne, la difference de la plus grande conionction.
「この寸言は占星術の大いなる秘密のひとつと信じられてきたものだが、マルキ・ド・ヴィレンヌ氏がこの秘密について説いたところによれば、多くの者たちはこの頁に憤激し、これに何か意味を求めても無駄だといい放った。いずれわたしも、『ガリア占星術』25、「宇宙の成り立ちについて」で語ったところに準じて、語っておきたい。その典拠については当該個所を参照願いたい。
さて、まず、プトレマイオスはここで小合、中合、大合の相違について教えているのではなく、これらをどのように用いるかを語っている訳でもない。
二点目として、この寸言はガリマティアスに他ならず、何も教えてくれない。大、中、小合が何のことであるかについて合意を得ることもできず、これを説明しようとして混乱を示しているだけである。
三点目として、占星術師たちによれば大合は土星と木星の火の星座の中での合、これはそれに先立つ水の星座の中での合につづくもの。中(合)は火と水を除く星座の三角相とは異なる三角相の星座での合。そして小(合)は
先の三角相と同じ星座(?)の中での合であるとド・ヴィレンヌ氏は言うが、小を中から、中を大からさまざまな理由をつけて区別する必要はない。
第一に、小、中、大合(と呼ばれるもの)は、その意味および効果においていずれかが他に依存しているようなものとして、上下の序列をつけられるものではない。というのも一々の惑星の周回の規則性と他の惑星との会合周期
は、ただ周回にあたってだけその効果と意味をもつ。それゆえ、同じ惑星との規則性および会合周期が、先の諸効果と連続性のある力能と意味とをもたないなら、すべては変わってしまう。これはその惑星にとって偶性である。
第二に、惑星間の第一にして主要な合(会合)は、太陽と月の合であり、これらは主要な惑星であり、太陽の衛星である諸他とは独立している。太陽と月の合は、その効果と意味においてそのいずれか(太陽もしくは月)に従属するものではない。この寸言によれば、両光球の大、中、小の合には、土星と木星について謂われるのと同じ道理があるに違いない。それゆえここまで触れてこなかった諸衛星、つまり主たる独立した諸惑星についてばかりか、他の衛星である火星、金星、水星が土星と木星のように特権的なものであるとは言わない方がよい。
第三に、ここでは月について説かれるところ、および太陽の年周運動について説かれるところは関係がない。ここで謂われる合の数々は土星、木星、火星、水星の相互の規則的な会合周期のこと。月との蝕が土星、木星、火星、金星、水星との合のことであるなら、これらは太陽の年周運動の規則性に従うものとなる。ここにおいては、これに先立つ土星、木星、火星、金星、水星との合によって生まれる諸効果が勘案されねばならない。年周運動の間に認められるこれらの惑星の合については『ガリア占星術』で理拠づけた。あらためてこれについて詳論しないが、善霊はさらにこれを超え(て持続し?)、これについてはここで明かし得ない理拠が見出されるだろう。
第四に、この寸言に関連してド・ヴィレンヌ氏が諸帝国の創建についてものがたることには証拠がない。諸帝国がどの三角相のもとに創建されたかについては触れられているにしても、これから何g知られるかについては何も言
われておらず、中合のうちの相違の多寡についても示されていないから。王国と町の創建について「補遺註」で語ったところによっては、合のあれこれは判断し得ない。この註解のさまざまな点については、これ以上時間を無駄
にすることなく、黙すことにしよう。

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