【後編】ChatGPTを用いたリーマン・ショックとモラルハザードについての学年末テスト問題の解説記事
前編では、リーマン・ショックについて授業で取り上げることを意義について書きました。後編では、「リーマン・ショックが起こったのはモラルハザードによるものなのか?」という問いに対するChatGPTの回答の抜け漏れを指摘する試験問題の解説をしていきます。この問題は一見すると難しそうに思えますが、授業でリーマン・ショックの背景やそこに至った経緯、また影響を与えたとされるモラルハザードという考え方を授業で学んでいるので、多くの生徒はしっかり自分の言葉で答えられていました。このnoteでは、試験に至る前の、授業内容について要点を絞って紹介していきます。
リーマン・ショック前夜の金利・住宅価格の推移
まず、リーマン・ショック前夜の関連するマクロ環境のデータを紹介します。米国FF金利とケース・シラー住宅価格指数の推移です。
ここで生徒に学んでほしかったのは、歴史は繰り返す、ということです。経済や金融もしかりで、景気浮揚のため金利を引き下げ、その期間が継続することで世の中に出回るキャッシュが過剰(過剰流動性)となり、バブル経済になる。さらに、その後、加熱した経済を沈静化させるために金利を引き上げることで、経済が急速に冷え込み不景気になる、ということがこれまで何度も起きていました。それがこのFF金利の推移から見て取ることができます。グラフ内のグレーの部分が景気後退期で、低金利期間後の利上げした後にグレーの部分に入り、このグレーの期間中に金利が引き下げられていることがわかります。
高校生にとってリーマン・ショックは10年以上前の出来事なので、授業でもできるだけ生徒の身の回りや現在に引きつけて理解することが大事だと考えています。例えば、新型コロナによるロックダウンや消費・物流停滞による景気低迷をテコ入れするために、2020年に各国の中央銀行が金利を引き下げました。
生徒に、金利が下がるとキャッシュが出回るのだけど、その結果、バブルとなったもののは?と問い掛けました。生徒からは、「ビットコインかな?」という答えが。そう、正解ですね。もちろん、お金が向かった先はビットコインなどの暗号資産だけではないですが、2020-2021年に価格が大きく上がったものの代表例はビットコインで、生徒は通貨の機能と役割の授業の中でビットコインについても学んでいます。
ところが、この低金利は長くは続かず、2022年には日本を除く各国の中央銀行は金利を引き上げていきます。その理由は?と聞くと、インフレーションに対応するためでは?という反応。そう、そのとおりですね。だとすると、低金利の期間が続き経済が過熱した後に金利を引き上げるとどうなのか・・・?「この後、景気が悪化しそう」ということで、残念ながら景気循環の波で、この後、世界は不景気に向かいそうです。その兆候はすでにちらほらでていますね。。
住宅ローンをめぐる取引の仕組み
国際的な金融危機につながったリーマン・ショックは、サブプライム・ショックとも呼ばれるように、サブプライム層への住宅ローン融資が回収不能となったことが背景にあります。サブプライム(Subprime)は、プライム層ではない低所得者向け融資のため、返済可能性が比較的低い、リスクの高い取引になります。なぜ、そのような回収ができないかもしれない人へお金を貸したのか。その背景として、先ほど挙げた低金利の環境下において、少しでも高いリターンを金融機関が求めたこと、また、貸付の際に担保となっていた住宅価格が上がり続けていたため、サブプライム層であっても住宅ローンの借入れや借換えが可能であったことは、授業の前半で確認しました。
実は、それ以外にも、サブプライム層への住宅ローンの継続的な貸し出しを可能とした仕組みがありました。その仕組みを授業では順を追って見てきましたが、このnote記事では最後のスライドのみご紹介します。
このスライドに至る流れを簡潔にまとめると次のとおりです。
金融危機前は、低金利・金余りのため住宅バブルが発生し、サブプライム向け住宅ローンが活況を呈す
サブプライム・ローンは高リスクだが、住宅ローン業者は債権を金融機関に売却することで、現金化&リスク移転が可能となる
金融機関は、複数の住宅ローン債権をまとめ、金融工学を駆使して高利回りの証券化商品に仕立て、投資家に売却した
ここでは、リスクが他者に移転することで問題の所在が不明確になること、また債権売却と証券化商品の売却により現金を受け取ることでそれが新しいサブプライムローンへの原資となり、規模がどんどん大きくなったこと、さらに金融派生商品を組み込んだ複雑な証券化商品の価値は非常に算定が難しく、そのリスクを誰もが見誤っていたことを確認しました。
ちなみに、授業では、やや難しい内容ですがCDOやCDSなどについても学んでいます。
Too big to fail(大きすぎてつぶせない)
リーマン・ショックが発生した遠因としてリーマン・ブラザーズ証券を始めとする金融機関の経営陣の心理に、「うちが破綻するような事態になれば、金融システム全体への影響が大きすぎるため、政府や中央銀行が最後は救援してくれるだろう」という期待があったと言われています。それを端的に示すものが、この「Too big to fail(大きすぎてつぶせない)」という言葉です。最悪の事態を回避できるだろうから、リスクをとっても大丈夫だろうという勝手な思惑は、まさにモラルハザードといえます。この点については、ChatGPTも回答の中で指摘しています。
ちなみに、この「Too 〇〇 to 〇〇」という表現では、ちょっと大喜利っぽく、他にも〇〇に当てはまる表現を思いつく限り挙げてみてください、と聞いてみました。授業中に硬軟織り交ぜるための英語学習に関連づけた息抜きです。
生徒が考えやすいようにと、私が挙げた例は次のものです。
次に挙げたものは、生徒の発言の一例です。
こんな感じで、授業中に脱線した息抜きをすることもありますが、生徒の発想力にはいつも驚かされます。
さて、元の話題に戻ります。Too big to fail に示されるような大手金融機関の経営陣のモラルハザード以外にも、リーマン・ショックを引き起こしたモラルハザードはあるのでしょうか?
ChatGPTが指摘しなかったモラルハザードの例
さて、ここまで引き伸ばしてきた解説記事における解説です。以下に箇条書したものが、生徒による回答を多少修正し整理した上で配布した回答例です。
Mortgage brokers were willing to lend funds to high-risk subprime borrowers without appropriate documentation because they were able to sell such mortgages to banks. (住宅ローン業者は、リスクの高いサブプライムの借り手に、適切な書類なしでも喜んで資金を貸し出した。なぜなら、貸した住宅ローンを銀行に売却することができたから)
Investment banks purchased risky mortgages because banks could transfer the risks by selling complex securitized products to investors. (投資銀行は、複雑な証券化商品を投資家に販売することでリスクを移転することを見越し、リスクの高い住宅ローンを購入した)
Subprime borrowers asked for a loan knowing that they were not eligible and not able to repay, but didn't mind as property value was increasing. (サブプライムの借り手は、借入れ資格がなく、また返済できないことを知っていたが、不動産の価値が上昇していたため気にとめず住宅ローンを契約した)
このnote記事では、触れませんでしたが、実際の授業では格付け機関についても取り上げています。教科書にも登場する機関ですが、名称から想像できるものとは異なり、政府機関や国際機関ではなく、民間企業であること、手数料は投資家ではなく証券者商品を発行する銀行から受け取っていること、などを補足しました。そのため、試験問題に対する回答では、以下のようなものもありえます。
Credit rating agencies rated securitized products as high ratings upon the request of banks who pay fees to the agencies without close investigation into the underlying assets. (信用格付け機関は、裏付け資産を綿密に調査せずに、格付け機関に手数料を支払う銀行の要請に応じて、証券化された商品に高い格付けを付与した)※これは広義のモラルハザードといえます
以上が、ChatGPTの回答から不足しているモラルハザードを説明せよ、という学年末テストのお題への解説でした。自分の言葉でしっかり書けている生徒も多く、ChatGPTにはまだまだ負けないところを見せてくれました。ChatGPTはまだベイビーみたいなもの発言もありましたしね。
これからも、教育現場でのChatGPTの有効な活用法を模索していきたいと思います。