草方良月
1話完結の、ショートショート小説を集めました。現代小説からファンタジー、ミステリーやホラーまで、幅広いジャンルを揃えています。
万華鏡職人を志す主人公、詩乃の成長物語。周囲の反対や対立にも心折らず、自分の信じる道を歩む決意をした主人公。主人公だけでなく、主人公の周りの視点からも、各々の人物の考えや内面を深く掘り下げていきます。
小説以外に徒然なるままに綴っています。
緑溢れる庭園や、心癒される水辺の風景。大好きな庭園を訪れた際の1コマを、写真として保存しています。
総合商社を辞めてまで、私がドリンクのキッチンカー販売を始めた理由。それは、あの日木根さんに飲ませてもらった一杯の生姜レモネードがきっかけだった。――生姜レモネードによって紡がれる、救いの循環の物語。
路上や街中で、ふと猫を目にしたとき――。 紅を思い出すことがある。 幼い頃の私を救ってくれた、あの勇敢な猫のことを。 わずかに赤みがかった身体の色から、紅、と近所の人には呼ばれていた。 「紅、また来たんかい?」 「ほら、紅。エサだよ」 近所に住む人たちに、その猫は共通の名前で呼ばれていた。 ある時は、ミャーオと鳴いてすり寄っていくかと思えば、またある時は、ぷいっと知らんぷりしてそのままどこかへ行ってしまう。 不思議な猫だった。 猫らしいふてぶてしさと愛嬌が
私の中で、その人は『猿田彦の安住さん』という名前だ。 大学入学と同時に上京し暮らし始めた街で、そのまま就職。学生時代のアルバイトよりまとまったお金が入るようになった私は、それまであまり行かなかったカフェに通うようになった。 なかでも行きつけになったのは、駅の反対側にある、家から十五分ほど離れたところにある猿田彦珈琲だった。 コーヒーの味が好きだし、何より店の雰囲気が私にはちょうど良かった。堅苦しすぎないし、かといってくだけすぎてもいない。程よい緊張感を保ちながら、同時
夢を見た。 一番印象的だったところだけ、覚えている。 すごく、綺麗な女の子が出てきた。 中学に入学した当初、当時クラスで一番きれいだった子に似たような雰囲気・容姿だったような気がする。 「ちゃんと、君のことを考えてくれて、君のためを思ってキツいことを言ってくれる人を好きにならないと駄目だよ」 彼女が、僕にじっと視線を向けながら言ってる。そんな様子を視界の端で感じた。その言葉に胸が震え、僕は彼女を直視できなかった。 「ねえ、私と付き合おっか」 続いたその言葉に、心
静かな夜だった。 まるで、何か事が起こる前触れのような静けさで、胸の奥のざわめきが離れなかった。 「私、このシェアハウスから出ようと思う」 詩乃に、最初にそう打ち明けた。彼女が一瞬、息を呑んだように動きを止める。 「そう……なんですね」 私に向き合い、詩乃は笑顔をつくった。 「おめでとうございます。念願の、声優デビュー叶いましたもんね!」 ここから出よう。 そんな思いが、デビュー前、いつの頃からかあった。ちょうど、詩乃との距離が縮まり、仲良くなり始めたくらいのこ
沈みゆく夕暮れの空を見上げながら、ミヤタ・コウイチはため息をついた。 明日から、また休日。 目の前に茫漠と広がる予定の無い日々を思うと、何をしてどう過ごせばいいのか分からず、途方に暮れる。 そんなぼんやりしたコウイチの手首が、ブルッ、と震えた。リストウォッチに、今付き合っているアンドロイドのユーリから連絡がきたのだ。リストウォッチから、ホログラムでユーリの顔が映し出される。 「今、何してルの?」 何の前置きもなく、電話に出るやいなや、彼女はそう訊ねた。 「いや、特
11月11日。 35歳の誕生日を迎える前日、七瀬恭介は頭を抱えていた。 朝からふさぎこんでいた。身体が重く、気持ちが晴れない。鏡に映った自分の顔が、不満を溜め込んだような目で睨む。自分自身に睨まれて、恭介は立つ瀬がなかった。 会社をやめたい。 そんな思いを、入社当初から抱いていた。 このまま人生を終えるのかと思うと、やるせないような悲しような、何ともいえない感情に胸が覆われる。 俺のやりたいこと、それは――。 宙を仰いだ後、だらんと首を下に俯いた。 俺は、画
小説だけでなく、日記やエッセイ、または日々の徒然的なことも投稿したいと以前から思っていました。 ただ、今こうして、その最初の徒然的なことを書くにあたって、とても残念なことがあります。 それは…… 眠い!!! まさに、これに尽きます 笑 たしかに眠たい。でも、何か書かないと……。 強迫観念にかられ、指が打鍵の上を走ります。 今日書かないと、これまで頑張って来た努力が水泡に帰してしまう……。 書かないと、書かないと、書かないと……。 もし今日、書かなか
本当に得体の知れないものを見た時、人はそれが何かは分からず、ただきょとんとする。 もしくは、理解できないから認識することもできず、つまりいつもと違う、その異変に気づくことさえない。 しかし、ごく稀に、どういうわけか頭の中に妙な違和感を残して記憶に残ることがある。 ふとした時にその妙な違和感の正体に気づき、初めてゾッとするような恐怖に襲われるのだ。 今村将太が経験したのは、そんな恐怖だった。 月末、たまたま仕事が立て込んだことで、将太は毎日残業が続いていた。 夜
月曜の朝8時50分、いつも通りの時間に工房に入ったときだった。 「おはようございますっ!」 キレのある声に、俺は耳を疑ったよ。だって、その声を出していたのが詩乃だったからね。 あいつは、もともと元気溌溂といった性格でもなかった。それでも、まあ工房に入って半年、少しはいっちょ前に自信をつけてきたみたいではあった。 それが、なんというか……その日は前のめりになってるな、て感じたんだ。 「おはよーございまーす」 そんなあいつの調子に合わせるのが嫌で、俺はわざと間延びした
「空が落ちてくる」 頭上を見上げ、彼が言った。そして、落ちてくるはずの空に向かって、真っ逆さまに吸い込まれていく。 「助けてくれー。うわぁー」 「誰かあー。助けてー」 彼だけではない。周囲にいた人が皆、叫びながら深い青に呑まれていく。 恐怖と絶望をその瞳に映し、悲鳴を上げる人々。そんな人々とは対照的に、私の足は、あたりまえのように地面に吸い付いて離れない。 やがて、耳をつんざいていた悲鳴もおさまった。 青かった空は、人々の血の色を飲んだように、赤く夕日に染まった。
憧れていた、大好きだった人の凋落を見たい――。 そう思う私は、歪んでいるのだろうか? 「あの人、鬱になって会社休んでるらしいよ」 昼休み、ひそひそと交わされている女の子同士の会話に、私の耳はそばだった。内緒声のトーンは、かえって他人がギリギリ”聞き取れる”大きさのもので、だからこそ秘密は公の共通認識となって、人々の間に伝播していく。 同じくその話が耳に入ったらしい、友人の園美(そのみ)が心配したように私に視線を向ける。 「亮子」 みなまで言わず、ただ私の顔をじっと
ガチャッ、とドアを開けられた音に、過剰なほど心が反応した。 鼓動が、早鐘を打つ。 誰かが家に帰って来て、玄関に上がる気配が続く。フローリングの床が軋み、短い廊下を進む様子が伝わった。 個性は、足元にも宿る――。 声優を目指し耳に聡かった玲奈にとって、誰の足音か聞き分けるのは普段なら容易だった。今のこの時を別として。そわそわとして落ち着けない視線が、リビングに入ってきたばかりの人物にぶしつけに向けられる。 「詩乃……」 思わず吐息が漏れた。リビングに入った詩乃から
私の弟は、とびきり優秀なのにどこか抜けている。 忍術学校に在学中は、抜群の成績で周囲からの注目を一身に集めていた。座学でも実技でも、弟の右に出る者はいない。そして、こう言っては何だが、弟はそれなりに見栄えも良く、女子からの注目度も高かった。同じ学校に通う姉としては鼻が高く、私自身の容姿はそれなりにも関わらず、『あの弟の姉』ということで、自然と私の評価も吊り上げられていた。 弟の人生は、何もかも順調に思われた。そう、歴代トップの成績で、総代として忍術学校を卒業するまでは
親にたて突くような反抗的な態度に、私は我慢なりませんでした。 いつから詩乃は、こんな屁理屈をこねる身勝手な娘になってしまったのでしょう? きっと、夫がいつまでも甘く、また、詩乃も悪い友達に影響を受けてしまったせいかもしれません。さっき立ち寄った、なんとかハウス? とかいう数人が共同生活をするアパートに住んでいた人たちも、ちゃんとした定職にも就けてない、チャラチャラした頭の悪そうな子たちでした。 こんな子といたら、うちの詩乃はますます悪い影響を受ける――。 私はそう心
熊谷浩平がアジトに戻ったとき、そこはすでにもぬけの殻だった。かわりに、突如ドアが音を立てて開かれ、瞬く間に数人の男が部屋に飛び込んできた。 「警察だ。両手を上げろ」 ガード付きの透明なアイカバーで顔面を覆い、大きな盾を持った青い制服姿の男が叫ぶ。 「警察だ、両手を上げろ」 再度、その男の声が空間を裂く。自分の周囲を数人の男が取り囲み、盾と警棒を持って身構えている。 浩平は、驚きのあまりその場に立ち竦んだ。男たちの青い制服の真ん中に刻まれた、POLICEの文字。それが、
目の前に座る詩乃が、ぶすっといら立ちを募らせるように無言で私たちを睨んでいた。不機嫌そうに思いつめたその表情は、まるで私たちの顔を鏡に映したそのもの。我が身に降りかかる理不尽に胸の奥で怒りを募らせる性格は、私と千香(ちか)、両方からの遺伝かもしれない。 そんな娘の溜め込んだ感情を爆発させたのは、妻が放った一言だった。 「もう知らん! 勝手にしたら!」 隣りで千香(ちか)が金切り声を上げると、詩乃が身を乗り出した。 「勝手にするに決まってるじゃん! だって、私の人生だよ