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ひとりでも多くの人に聴いてほしかったアスリートたちのことば。


「みんなと考えるメンタルヘルス」(主催・トヨタ財団)という国際フォーラムでおこなわれたシンポジウムに参加しました。

ぼくは「よわいはつよいプロジェクト」のメンバーとしてすこしだけ登壇させていただいたのですが、このシンポジウム全体の3時間があまりにあっというまで、(陳腐な表現になってしまいますが)感動してしまいました。

同時に、このイベントの内容をもっと多くの人に知ってほしい‥‥!と純粋に思いました。登壇されている方々の話に何度も「わかる‥‥!」「なるほど!」「おもしろい‥‥!」とうなずきながらメモを取り、人の話をナマで聴くということの醍醐味を感じていたいい時間だったからです。

そこで、ひとりでも多くのアスリートや部活をしている学生たち、ひいては仕事や家事、育児や介護などをしながらメンタルヘルス(こころのあり方)について日々悩む人たちに、このシンポジウムの内容を届けられたらと思いました。

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まずは、田中ウルヴェ京さんのお話です。とにかく明るくポジティブで人を惹きつける魅力のあるお方。そしてご自身の競技生活と研究内容、社会の理想と現実の課題を何度も往復してきたからこそであろう、体重の乗った重みのあることばが印象的でした。

たとえば、「なぜ勝ちたいのか?」「勝った先にどうなるのか?」を自問自答することの大切さのお話。

お話をお聴きしながら、アスリートのみならず日々なにかの「目標」に向かっている人に向けて、「その目標は誰から与えられているもの?」「なぜその目標を達成したいの?」ということを立ち止まって考えることの重要さを感じました。

また、

・「ウェルビーイング」とは、「自分が(あるがままの)自分として心地の良い状態」のことであり、「Well-having」でも「Well-doing」でもなく「being」

・自分が自分であること。それは、「つくる」というより、「(自分を)掘っていく」ことである

『人生は私に何を求めているのだろうか?』という逆説的な問いも大事

さらに、「スポーツをするこどもの親御さんの心得」というお話も非常に勉強になりました。

「どんな状況でも、目の前の子だけをオッケーと思っていて欲しい。セキュアベース、つまり『安全基地』の存在であること。親は良かれと思って介入してしまうけれど、『ただそこにいるだけで役に立つ』ような存在。いわば、家に帰ってきたこどもにとってあちこちにプラグのある充電器の役割を果たせるといいですよね」「現役当時、勝っても負けても同じ顔でいる人の存在がありがたかった」ということばも印象的でした。

ほかにも、アーティストグループに対してのメンタルヘルスのリテラシー教育として、「誰か1人が体調が悪くなったときに『ヤバい‥‥』じゃなくて、『な る ほ ど ね』って反応できるといいね」とお話されている、というエピソードも「な る ほ ど ね」と学びがありました。

なにより、ウルヴェ京さん、司会進行がとてもうまくて‥‥コミュニケーションのバランス感覚に非常に長けてらっしゃり、そんなところもとても勉強になりました。

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石川佳純さんも会場にいらっしゃっていて、SNSやニュースにおける誹謗中傷について、ある人に相談したところ「言論の自由もあるから我慢するしかない」といったことを言われ、傷ついている自分とのギャップや、それをどう受け入れていいのか悩まれていたことを率直にお話されていました。

このお話を聴いて、本来はフラットであるインターネット社会において、どちらか一方が優位に(好き勝手に)発信できる(しやすい)環境があるなかで、本当の意味での「対等な言論の自由」というものは存在しているのだろうか、ということを考えさせられ、インターネット社会における表現のルールの整備の必要性も感じました。

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有森裕子さんとは控え室でたくさんお話したのですが、とても印象的だったのは「『アスリート』っていうけれど、そんな人はいないと思うんです。すべての人間とおなじように『人生をよく生きるため』の手段のひとつが私たちはスポーツだっただけで、まずは『人』なんだっていうこと」というお話。同時に、「スポーツというものは『社会とともにあること』が大事なんだ」というお話も面白かったです。

そして、もっとも興味深かったのは、有森さんが陸上をはじめた理由や、社会人になった時点でもまだ無名の選手だったというエピソードでした。そこからのぼくの気づきは、「人は、人のことばで傷つくこともあるけれど、人のことばで道がひらけることもたくさんある」ということでした。いいコーチ、いい先生との出会いは、人生をも変えてしまうものだな、と。

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松田丈志さんのお話は、「ああ‥‥!」と共感と感心の嵐でした。

「メンタルって『強い、弱い』というモノサシじゃない。スキルのひとつだと思ったんです」

「アスリートはメンタル強い、って言われますが、そういう面もあればそうじゃない面もあるというのが本当のところ」

「水泳の恩師からずっと『水泳が人生の全てじゃないよ、その後の人生のほうが長いよ』と言われていた」

自分が泳いでいる意味を考えるキッカケがあった」

「かつては、『頼れる人は自分だけ!』とストイックにやっていたけれど、それだと、いざレースのときに疲れていた。一方、オリンピックで結果を出していた他の選手と自分のちがいは『オンとオフの切り替え』だと思った。リラックスが大事だと思って、積極的に高校時代の友人と会ったりもした」

「そういったストイックさのようなものは、振り返ってみれば必要なものだったのは事実だけれど、長すぎるとダメだと思う。そういうとき、必ずその道のスペシャリストがいるので、その人たちに頼ることが大事だとわかった。アスリートとして限られた時間で成長するために、専門家たちの『こうやった方がいいよ』のアドバイスをもらうことが大事だと」

「アスリートは常に自分のカラダを会話しているので、フィジカルな怪我だと、こういうときはここに痛みが出るなどの予兆がわかり、ストレッチしたり治療したりその対処ができる。同じように、メンタルも予兆に気づくこと、対処のツールを持つことが大事だと思う。1日のうちに、5分でも自分と向き合う時間、自分の心の状態を手帳に書くなどをするといいかも」

なぜ自分はこの競技をやっているのか?を自分で言語化できている人は強い。いつの間にか誰かのためにやってしまうことがあるから」

「アスリートは孤独だからこそ、他者との関わりをつくることが大事

‥‥などなど。

松田丈志さん、思慮深くかつリーダーシップのある方で、お話の内容のみならずその立ち振る舞いも勉強になりました。

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以上、まだまだ他にもいいお話がたくさんあったのですが‥‥。

ぼく個人の感想としては、「この日、ここに集まったアスリートのみなさんの学ぶ姿勢」に驚いていました。登壇していない時間は会場の聴衆のひとりだったみなさんですが、人の話を聴く姿勢、メモをする態度がすごいんです。ずっと「コーチ」のような存在の人から真剣に学んできた経験があるからなのでしょうか。

さらに言えば、「ここに集まったアスリートのみなさんの言語化能力がすごい!」と思いました。常日頃から自身のカラダ、そして自身の心と自己対話されているからなのか、誰かに指示されて言わされているようなことばではなく、その人から湧いてくるようなことばの数々に、何度も心を動かされました。

このようなたくさんの学びを気づき、素敵な人との出会いを与えてくださったトヨタ財団のみなさま、本当にありがとうございました。いつか「あの日があったから」となるような、忘れられない一日になりました。

思えば、ぼくがこのシンポジウムの登壇できているのは、「よわいはつよいプロジェクト」という名前もないときにこの構想に声をかけてくれた畠山健介さん(日本ラグビー選手会 2代目会長)のおかげであり、もっとさかのぼれば、その選手会の立ち上げに声をかけてくれた廣瀬俊朗さん(日本ラグビー選手会 初代会長)のおかげであり‥‥おふたりにも、改めて感謝をした一日でした。

そして、なにより「よわいはつよいプロジェクト」をこれまでつくりあげてきた仲間たちにも感謝いたします。これからも、がんばります。